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第81話 覆面戦隊メンクイジャー

 十六年生きてきて毎回後悔する。終わる直前になって毎回嘆いてしまう。なぜもっと遊んでおかなかったのか、なぜ時間は休みの最初に戻ってくれないのか、と。

 今日は春休み最終日。明日から学校だ。……う、うぅ、どうじで休みはあっどいう間なんだよ゛お゛ぉ゛ぉぉ。

 キャンプ後は久奈と遊んだり一人でゲームしたり生産性のない堕落した日々を過ごしていた。意識高いとまでは言わないがせめてバイトの一つでもすれば良かったと後悔の念が押し寄せてくる。何もしてねー。

 ……いや、後悔しても時間は巻き戻らない。今を必死に生きるんだ。この最終日を優雅な一日にしようではないか。


「ねえ見てよ直弥っ、覆面戦隊メンクイジャーだよ!」


 だというのに、どうして俺は子供に混ざってヒーローショーを観ているんだろうか……。

 隣には麺太。目を輝かせて前方のステージへ熱い声援を送っている。


「なんだこれは」

「何って覆面戦隊メンクイジャーじゃないか」


 ショッピングモールの一階、設置された大きなステージの上ではカラフルなヒーロースーツを身に纏った五人が華麗に動き回って黒タイツの敵と戦っている。

 分かるよ、これって所謂ヒーローショーってやつだろ。俺が聞きたいのはなぜ子供向けのイベントを高校生の俺らが観ているのか、そして覆面戦隊メンクイジャーとは何なのかだ。聞いたことねーよ。


「今流行りの戦隊モノだよ。リーダーの麻婆刀削麺レンジャーを筆頭に様々な麺類をコンセプトにした英傑の集まりさ!」

「こんなのが日曜の朝を覇権しているのか」

「放送時間は二十六時だよ」

「誰が観るんだよ!」

「あっ、ジャージャー麺ジャーがこっちに来る!」


 麺のマフラーを翻したヒーローが観客席へ降りてきた。なんだその名前、とんでもなく言いにくいじゃんか。


「誰か一緒に戦ってくれる勇気ある戦士はいないかい」


 ジャージャー麺ジャーが問いかけるも子供達からの反応はなく、どことなく漂う「ヒーローショーって言うから来てみたら思ってたのとなんか違う」的な空気に子供達の深いため息が重なった。

 こいつぁ酷い。いつか見た月吉漫談以上に静まり返っている。


「はいはーい! 僕やります!」


 このまま白けると思った矢先、大きな声をあげた大きな子供がいた。……麺太だった。挙手してブンブンと振るい、その目の燦爛たるや三歳児並みの無邪気さ。


「あぁ、是非頼むよ!」

「任せてくださいっ。さあ直弥も行こう」

「あっはは~、俺と絶交しようと言っているのかな?」


 思いきり睨みつけるも麺太には効かず。ジャージャー麺ジャーと二人して俺の両手を引っ張ってくるので全力で拒絶する。ふざけんな! 羞恥プレイにも程があるわっ。

 ぐおお、引っ張るなジャージャー麺ジャーこの野郎。俺は絶対に出な


「むむっ、君も来てくれるんだね。ありがとう!」


 背後から羽交い絞めにされた。


「だ、誰だ」

「俺はミドリムシラーメンレンジャー。君のような戦士を待っていた」

「いや誰だよ!? ミドリムシって緑色枠を埋めるのに必死じゃねーかあぁ!」


 予想外の背後からの強襲。俺はミドリムシラーメンレンジャーに拘束されてステージの上へと連れていかれた。

 か、勘弁してくれ。こんな誰得戦隊ヒーローショーの舞台に高校生が出ちゃったよ。超絶恥ずかしい、恥ずかしさのあまり自害したくなる。己にザキを唱えたいよ!


「わぁ~、僕らメンクイジャーと戦えるんだね!」

「テメェこのクソ麺太、後で覚えとけよ」


 観客席から突き刺さるキッズ達の冷ややかな視線に耐えつつステージ上を注視する。敵役はベタに黒色のタイツ姿、まあ及第点だ。

 問題は正義サイド。カラーは基本の五色だが手袋や装備等のアイテムが麺でできており全身の至るところから麺が飛び出している。キモイ以外に言うことがないっすね。


「さあ勇敢な少年よ、俺達と力を合わせて敵を倒そう!」


 リーダーの赤色がテンション爆裂で雄叫びをあげる。俺はしかめ面で応対。


「お兄さん時給いくら?」

「日給五千円だ」


 答えるのかよ。


「ちなみに交通費は出ない。福利厚生もない」

「裏事情そこまで知りたくないんで早くやりません?」


 買い物中の主婦やカップルからも視線を食らっている。汗顔の至りだよ、至れりつくせりだよ!

 一刻も早く舞台から降りたい。パパッと終わらせよう。


「で、何すればいいんですか」

「シフトは勝手に組まれるし他県での営業なのに朝五時集合は無茶だよ……」

「話聞いて? 愚痴はもう控えましょ?」

「しかも前任のカレーうどんレンジャーと桃色そばレンジャーが交際してバックれてさ」

「どんだけ裏事情抱えてんの!?」


 職場環境が劣悪すぎるだろ! 人気もないんだからもう辞めろよ!


「チャラチャラした大学生がカレーうどんやりたいって言うから嫌な予感はしてたんだよなぁ……案の定、紅一点の桃色そばレンジャーと付き合ってすぐに消息不明だ」

「もういいです黙ってください」

「カレーうどんなだけにドロドロな関係だね、ふふっ」

「お前も黙ってろ麺太! 何ちょっと上手いこと言いましたみたいな顔してるのぉ!?」


 麺太を突き飛ばしてヒーロー達を睨みつける。さっさとやろうぜ!? 子供達が石を投げようと構えているぞ。


「早く指示してくれ赤レンジャー」

「赤レンジャーではない、麻婆刀削麺レンジャーだ」


 うるせぇどっちでもいいわ。


「では俺達に続いてポーズを取ってくれ。まずは腕を左に向けて」

「はいはい」

「次は頭上へ掲げて」

「おう」

「そして右方向へズバッと倒す」


 麻婆刀削麺レンジャーに従ってポーズを取る。


「これを繰り返す。左上右、左上右だ」

「ゼルダの子守歌じゃねぇか」

「とうっ!」


 俺のツッコミを無視してリーダーの声と共に戦隊五人と麺太が跳躍した。


「必殺・もっと給料上げてくれアタック!」

「それは悪の組織じゃなくて上司にアタックしろよ」


 俺のツッコミは再びスルー、五人と麺太は床に着地。人間が普通にジャンプしただけのアクションだったのに、敵の黒タイツの足元で爆発が起きた。


「ぐあーっ、やられたあぁ!」


 激しい破裂音と煙、火花が散る。その衝撃に合わせて黒タイツ達は悲鳴をあげて後方へと吹き飛んでいった。

 ……こういうディテールにはこだわるのか。爆竹の費用を演者のバイト代に回そうよ。


「す、すごい! 僕、感動のあまり涙が止まらないよ!」


 敵を撃退したことに満足した麺太が興奮してガッツポーズする。あーそうだねー良かったねー。


「ふっ、麺をこねるだけが俺らの仕事じゃない」


 だろうね。一部のメンバーは麺以外に女体もこねているんだろ。


「我らは覆面戦隊メンクイジャー」


 そうだね。桃色そばレンジャーは面食いだったね。


「敵は伸びても麺は伸びず! どどん!」


 ヒーロー達と麺太が並んで決めポーズ。ジャジャ~ン!と音楽が鳴ってショーは終了。

 舞台上の演者達がお辞儀をすると同時に、観客席から一斉に石が飛んできた。


「応援ありがとう!」

「いやちげーよただの投擲だ!」

「日常茶飯事だ。心配無用、我々は衣装でガード出来る」

「俺は普通の服なんだが!? ちょ、子供達、や、やめ、石は普通にダメージでかいからやめて!」


 無表情で投げられる石を必死に避けながら俺のテンションは最低値にまで下がる。

 これが俺の春休み最終日……む、虚しすぎる。優雅とは何だったのか。ただただ後悔の念が押し寄せて、せめて時間よ今日の朝に戻ってくれと嘆くばかりであった。


「直弥決めたよ。僕、将来ここに就職する」

「いいから今は防御に徹しろ!」

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