第80話 一瞬の笑顔
今、久奈が……
「気のせい」
「ぐぬへ!?」
目つぶしを食らった。あ、あ、あああぁぁ目があああああああああ!?
「痛い痛い痛いぃ!」
ぐぬおおおぉ何も見えにゃいぃ! ピンポイントで両目を突きやがったな!? 咄嗟にしては精度が高すぎませんかねぇ!?
「あ、ごめん」
「あ、ごめん、で済むかぁ! 代えのきかない器官を攻撃するんじゃありません!」
「でもほら、人体錬成を失敗したと思えば」
「真理の扉を開いた大佐か!」
目があぁ、果てしない痛みが両目の中を駆け巡りゅううぅ!
「う、うぐ、何も見えない」
「今はもう真っ暗だからね」
「故に怖いわ。花火が打ち上がり終えた今は仕方ないとして光のあるところに移動しても見えなかったら怖いよ。そしてそれを確認する術が今はないってのが何よりも不安だよね!?」
今目が見えていないのは暗闇のせいか、またはマジで失明したのかが分からないという謎の恐怖が襲いかかっているんだわこれ! おお、おおおおぉう!?
ち、ちょ、手を貸して。何も見え……
むに。
「……ん?」
手を伸ばしたら何かに当たった。これは、一体……?
「な、なお君」
「ああ、悪い……このまま肩を借りてもいい?」
「……」
何かに触れておかないと不安なんですわ。手を伸ばしたら丁度久奈の肩に当たったのは僥倖であります。ちょいとこのまま支えになってもらおう。
「ふー助かった」
「……そこ、肩じゃない」
「はい?」
肩じゃ、ないとな?
え、久奈の声がする方向や俺らの位置とこの感触からして肩だと判断したのに……肩じゃないとな?
じゃあ俺が触れているこれは一体?
「ん、っ、や、そこ……っ」
なんで久奈はそんな声出しているんだ。何その官能的というか、嬌声と呼ぶべき艶やかな声。
「な、なお君駄目、っ……まだ心の準備が……」
よく触ってみると、なんか肩にしては柔らかいような。最初は骨っぽい感触だと思ったが妙に指が沈むというか、これじゃあまるで……。
…………電流が走る。脳の検索にヒットした単語は『ラッキースケベ』で……えーと、まさか……?
「あわわわっ!? ご、ごめん!」
ヤバイヤバイヤバイ。今俺が触っていたのは久奈のむ……ごほんごほんんんんんっ。や、やっちまったああぁぁ!?
「マジでごめんなさい! そ、その、悪気があったわけじゃないんだ」
「……」
「ほら俺今目が見えないじゃん? だから触っただけじゃ分からなかったというか、あと小さくて分からなか」
「なお君のエッチ」
すいませんでしたああああああぁ!
「肩と間違えるなんて最低」
「お、おっしゃる通りです」
「……むぅ」
あ、やっぱ拗ねる声は俺より久奈の方が圧倒的に上手くて似合っているね、ってそうじゃなくて!
どさくさに紛れて久奈の、む、むむむむむむ、ねを触ってしまった……。しかも肩と誤認してしまうという最低最悪な発言。何やってんの俺ぇ!? そりゃ久奈も怒りますわ!
「何度も触った……」
「か、確認しようと思って」
「誰にも触らしたことなかったのに」
「ホントマジですいませんっした! 両目にトドメ刺していいんで勘弁してください!」
徐々に回復してきた両目をガッと見開く。さあ一思いにぶっ刺しておくんなしっ、さあどうぞ!
「いいよ、許す」
「……へ? ゆ、許してくれるの?」
「ん。私もさっき目つぶししたから」
お相子ってことか。お、おぉう。良かった。
……今思うと、めちゃくちゃ柔らかったな。久奈サイズであんなにもすごいのか。いや、久奈だからこそか。
やはり貧乳は最こ、ごふんごふん俺のアホがああぁ! 砂浜に向けて頭突き。煩悩よ消え去れぇい!
「それに、なお君ならいい。……なお君にだけ触ってほしいから」
「ぐおおおおおおぉ!」
「……聞いてる?」
「砂が口に入った! ぺっ、ぺっ! ……え、何?」
「砂に頭突きしても大してダメージないよ」
「それもそうだな。よっしゃ、岩のあるところに移動しようぜ。そこで頭蓋を叩き割る」
「私もう怒ってないからしなくていい」
久奈がそう言うなら……ふっ、命拾いしたな俺の頭蓋。
まさかのラッキースケベに「あら俺もしかしてラブコメの主人公?」となったが煩悩を滅して心を落ち着かせる。
幼馴染の胸を肩と勘違いするなんて最低だ。もう二度と間違えてはいけない。つーか触っちゃ駄目!
「本当にごめん」
「ん、許す」
「許されたっ。さて、じゃあ……なんだっけ?」
さてと言ったが、何かを忘れてるような……? とても大事なことを……あ、
「そうだ! さっき花火が上がった時、久奈笑って」
「笑ってない」
俺の言葉は途中で否定された。
確認するべく慌ててロウソクに火を点けるが時既に遅し。照らされたのは無表情。いつも通り、ベーシック、ニュートラルな久奈だ。
「待て。今は違ってもあの時は」
「笑ってない」
「間髪入れずに否定しますね……」
「笑ってないもん」
ツーン、と顔を背けられる。その姿は断固として笑っていないと告げていた。
う、う~ん、一瞬のことだったから俺も絶対にと確信持って言えないんだけどさ。
「うー、でもやっぱり」
「笑ってない。気のせい。なお君はエッチ」
「ぐっ、それ言われるとキツイ」
「ん。今のなお君は私に頭が上がらないはず。おとなしく引き下がって」
「はひぃ」
結局、気のせいだということに結論に。
他にも、久奈ママは何を言おうとしていたのか、線香花火の時にも笑っていたよな?等の疑問もまとめて不問にさせられた。
言及する資格がないのだ。胸を触った、そう言われちゃあ俺は黙るしかありませぬ! ぐぬぬ、もしかしたら最大級のチャンスだったかもしれないのに。
「暗闇だと思って油断しちゃった」
「油断って何が」
「んーん、なんでもない。もっとこっち寄って」
「はいはい……」
「……もう一回触る?」
「触りません!」
先程のハプニングがフラッシュバックするから近づくのは精神衛生上よろしくないんだが久奈の要望とあれば肩と並べる他ありません。
再び久奈と肩をくっつけて線香花火をする。時折チラッと横目で観察するが、久奈の無表情が崩れることはなかった。
「さっきのは幻」
「幻だったのね」
「ん」
幻覚だったかー、そっか。残念だね。
そんなわけあるか。俺がお前に関することを見間違えるわけがない。
あの一瞬、視界いっぱいに映った久奈の顔は……紛れもなく、超絶可愛い、笑顔だった。
「でも……しっかり向き合って笑わせないと意味ないしな」
呟けば久奈が「どうしたの?」と尋ねる。俺はゆっくり久奈の方を向き、今の感情をさらけ出すかのように満面の笑みを浮かべる。
そうさ、俺は久奈を笑わせたい。二人でいることがたまらなく嬉しくて幸せな時に出てしまうような、そんな笑顔を見てそんな笑顔で笑い合いたいんだ。
「久奈。俺、絶対にお前を笑わせるからな」
「……ん」
さっきのような刹那の瞬間ではない。二人が向き合って、堂々と笑わせる。……まあさっきのもガッツリ正面向き合っていたんだが。い、いやいやそうじゃなくて。あれはノーカンだ。
もっと、ちゃんと、しっかりと。笑わせて、あいつの笑顔を見てみせる。
「なお君見て、線香花火」
「またそれかい。寧ろなんで飽きないの?」
……たった一瞬だったけど、幻と否定されたけど、すげー嬉しかった。すげー幸せだった。
なぜなら、やっぱり久奈の笑顔は、
「なお君? どうかした?」
「んーん、気にしなくていいぞ」
「それ私の真似」
「たまには俺も久奈みたいに可愛いやつやりたいのさ」
「……可愛い? 私が?」
「おう」
「……ホントなお君はズルイ」
「えぇー……?」
最高だった。
久奈の方がズルイよ。あんなの見たら惚れ直すに決まってるだろ……。




