第78話 『はい』を選択するまでストーリーが進まないやーつ
海を背景にバルコニーでバーベキューが始まった。肉が油を垂らしじゅうじゅうと焼ける音が食欲をこれでもかとそそり、白く織った炭の割れ目から覗かせる紅蓮の火色が夕日の代わりに辺りを照らしてくれる。
タレつけた肉を頬張り、片手に持つ缶ビールを呷る。その場の補正もかかって大人達は喜びに肩を震わせた。
「ぷぱぁ! バーベキューは最高やな、ですね~、おほほっ」
母さんが俺の焼いた肉をパクパクと食べる。時には俺の皿からも肉をスティール。
キャンプ場到着直後は無邪気にはしゃいでいた母さんは柊木夫妻と合流してからは恒例の猫かぶり状態になった。でも一時的なもので、今はバーベキューとビールの美味しさで自分ん家モードが綻び始めている。
喋り方がおかしくなっているぞ。あと俺の肉を奪うな!
「柊木さん達もどんどん食べてください。焼く作業は直弥に任せましょう」
「え、交代制じゃねーの?」
ススス、母さんが近づいて耳打ち、「黙って焼けや」と言われました。酷くね!?
「楽しいなぁ」
「そうね、うふふ」
久奈夫妻も笑顔絶えず箸と酒が進み、二人の間では久奈がモグモグとウインナーや野菜を食べて家族団欒していらっしゃる。
柊木家も久土家も楽しそうだ。その光景を見たら自然と自分のやるべきことが分かる。徹しよう、焼くことに! 守ろう、両家族の笑顔を!
才気溢れる焼き技術を披露してやる。網の下、炭の状態を観察。火力が強い部分には肉を、弱いところには野菜を置く。肉と野菜をバランス良く配分し、トングを駆使して絶妙の焼き加減でひっくり返す!
バーベキュー検定準二級レベルだ。まあバーベキュー検定なんて存在しないけど~、って思い一応調べたらマジで実在してビックリした。奇特な検定があるもんだなぁ。
「携帯見んなや。はよ焼け」
「耳打ちで脅すのやめい」
母さんの鋭き小言が鼓膜に刺さる。はいはい焼きますよ焼けばいーんでしょ。モンハンで肉焼きセットを使用した時のBGMを脳内に流す。じょーずに焼けました~。
と、久奈パパが俺の元へ。既にアルコールが回っているのか、濃い桃色の頬の上に描いたような笑みを浮かべ、やや怪しい呂律で話しかけてきた。
「お肉はまだかな」
手にお皿を持ち急かしてきた。ただし自分が欲しいのではなく久奈に渡したいらしい。小声で久奈久奈と呟いている。
「はい直ちに」
「早く。早く。ハリー」
「ポッター」
「何か言ったかな?」
黒い笑みを向けられた。す、すいません。
待たせると喉元掻っ切られる恐れがあるので慌ててお皿に肉を盛っていく。お肉、ウインナー、野菜は……そうだ、久奈が苦手なピーマンを入れてやろう。いつも俺に嫌いなトマトを食べさせやがって、意地悪してやるぜ。プチ復讐~。
「お待たせしました」
「すまないね。ありが……直弥君」
「はい?」
「久奈はピーマンが嫌いなんだ。なぜ入れた」
表情に影が濃くなる。目元を痙攣のようにピクピクさせているのは酔ったせいじゃない。怒っているのだ……おぉうこれヤバイパティーン!?
「幼少からの長い付き合いである君が久奈の好みを把握していないわけがない」
「あ、そ、その」
「君は久奈に嫌がらせをしたいと。そういうことかね」
「いえ滅相もございません! ひ、久奈に苦手なモノを克服してもらおうと」
「必要ない! 久奈は食べたくないモノは食べなくていいが我が家の家訓だ!」
どんな家訓だよ! 娘を甘やかしすぎぃ!
「この緑の悪魔は私が処理する」
「緑の悪魔て……」
久奈パパが指でひょいと摘まんで口へ運ぶ。その後ろでは久奈がチラチラと見て緑の悪魔がないことを確認していた。うんうん、と頷いている。こ、こいつぅ!
バーベキューが終わり、後片付けも終わり、夜更けてキャンプ場は闇に覆われる。陽が落ちてぐーんと下がった気温からは春の穏やかさを微塵も感じない。
たらふくお肉を食べた後はみんなで花火をしよう! ……って予定だったんだけど、
「久奈は可愛いなぁ……ひっく」
「あははっ、っっ……っか……!」
まず柊木家、久奈の両親はお酒の飲みすぎと笑いすぎで動けそうにない。この光景、正月にも見た覚えがある。
続いて我が久土家だが……もうね、酷い。
父さんはまだ分かる。今日は買い出しや運転をして釣り、色々と働いて動いて疲れたのだろう。今は安らかな寝息を立てて安らかな髪をさらけ出している。俺は将来安らかな髪にならないようサクセス頑張ります。
問題は、母さんだ。
「がっ、があぁ……ぐごごっ……!」
コテージの室内、何も敷いていない床の上で寝転がりのたうち回り、ガサガサの掠れたノイズ音のような苦悶の悲鳴をあげていた。
「ナオヤ、ワタシ、ヲ、コワセ」
「悪の組織によって人体実験された悲劇の主人公みたいな声出すな。アルコール過剰摂取は自分のせいでしょうが」
「吐いてしまいたい……」
「おとなしく水飲んでろ!」
床にペットボトルを叩きつけて盛大にため息。はあああぁぁあぁ~。
柊木家には見栄を張りたくて上品に振る舞うくせして結局は酒に溺れるんだよな。俺はこういった人間にならないよう気をつけよう。そしてサクセスする。ハゲにはなりとうない。
「なお君、洗い物終わった」
「あぁすまんの」
久奈がタオルで手を拭く傍ら、俺は手を掲げて感謝の意を示すと木製テーブルの椅子に腰かけて頭上を見る。オレンジ色の照明に照らされた広い天井が開放的だ。
いいなぁ、宝くじ当たったらこういった別荘を買いたい。あとデカイ犬を飼いたい。アホが夢見る典型的なお金持ちのイメージ。
「ん」
「おう」
「ん」
「……おう?」
椅子座る俺の横に立つ久奈は「ん」と呟いて立つ。一通り片付けが終わったんだからどこか座って休憩すればいいのに。
「え、何」
一分程様子見で何も問いかけなかったが久奈は動かない。
これは俺が何か尋ねないと物語が始まらないと思い問いかけると久奈は腕を伸ばして指先を外の闇夜へ向ける。
「花火したい」
「ああ、花火ね。大人達が色々と残念だからもう無理だろ」
引率してくれる大人がいれば行くけどさ、見てよこの惨状。ちょっとしたゾンビ映画みたいになっているよ。俺の母さんに至ってはボビー口調も超越したカタコト言葉で嗚咽を漏らす。
「残念だな。諦めよう」
「花火」
「はい出た。それ村長が洞窟のモンスター倒してくれと言うやつ」
西の洞窟に棲む凶悪なゴブリンを倒してくれと頼んでくる村長に『はい』と答えるまで物語が進まないやつだ。ふざけんな村長、じゃあ金寄越せ、なんで毒消し草しか渡さないんだと不満漏らしたプレイヤーは多い。
そんなイエス促す村長みたく、久奈は俺が頷くまで延々と問い続けるつもりなのだろう。
「花火する時は保護者がいないと駄目だろ?」
「花火」
「俺らの両親は疲れているし今回は諦めようって」
「花火」
「……キュイを倒したベジータの台詞は?」
「きたねえ花火」
「答えるんだね! なんかありがとう!」
「花火」
ああ駄目だこりゃ、久奈は完全に花火したいモードだ。淡々と無表情で花火と言うこの子を納得させる術はない。俺が折れるしかないのだ。
「でもさすがに俺ら二人で行くのは……」
「任せて直弥君、私が同伴するよ」
久奈ママが復活した。笑いすぎたせいなのか、頬肉が上がって顎が外れそう。せっかくの美人が台無し、いやそれでも美人だ。これ二回目。
「大丈夫っすか?」
「平気よ」
ニコリと微笑む久奈ママ。これは普通に映える笑みなんだけどね。久奈ママは娘の肩に手を乗せて柔和な笑みを浮かべる。
「それに久奈が花火したくてしょうがないもの~」
「花火」
「あらら張り切っているわね」
「花火」
「空に消えてった」
「打ち上げ花火」
「ぶはは夏祭り、今は春なのに夏祭りあっははは!」
ゲラゲラと笑って涙流す久奈ママ。こんな調子で本当に大丈夫なの……?




