第76話 海沿いをお散歩
食材の下ごしらえを終えて小休止。というかガッツリ休憩。休暇だもの、のほほ~んとしましょ。
「海に行かないの?」
ロフトで寝そべっていると久奈がやって来た。ハシゴを登って顔をひょこっと出している。可愛いな、頭撫でたい。
「明日行けばいいじゃん。移動と準備で疲れたので寝ーまーすぅ~」
移動中はうつらうつらと夢見心地だったし、準備も久奈がしてくれて俺はほとんどやっていないので別段疲労は感じていませんが今は寝たい気分なのです。だって春だから。え、理由になってない? この世の全て理があるわけじゃねぇんだよ黙ってろカス。急に口悪くなる俺~。
「海行かないの?」
「だから行かないって」
「海行かないの?」
同じ質問を何度も投げかけてくる。無表情で淡々と聞かれて軽くホラーなんですが……。ええー、あなたもしかして海に行きたい感じ?
「海行かないの?」
め、めっちゃ見てくる。久奈の澄んだ瞳が俺を見つめて……うぐぐ、でも無視だ。
「ねえ、なお君」
「……」
「なお君」
「……」
「な」
「分かった分かった! 行きますよ行けばいいんでしょ!?」
根負けした。たぶんこの子は俺が了承するまで延々と耳元で問いかけるつもりだ。とんだバックグラウンドミュージックだよ。快眠なんてとてもじゃない。
諦めて上体を起こす。はいはい、じゃあ行きましょか。
オフシーズンとあって人は少ない。でも少しはいる。みんなキャンプが好きなんだね。きっとバーベキューがしたいのだろう。俺もバターコーン大好物です。バターとコーンの相性が良すぎるんだなぁ。
「海だね」
「そーだな」
キャンプ場のフリーエリアを抜けて車道を渡った先、しっとりサラサラとした砂浜を歩く。コテージにいた時より潮風が濃厚に吹きつける。濃厚に吹きつけるって表現は変か。自分の語彙力にテヘペロ。
心の中で舌をペロッと出す俺と、ショートパンツを穿いた足の露出が多い久奈、二人並んで砂をサクサクと踏み鳴らして海へと近づく。澄み渡るブルー、寂しげな波の音に乗って風がびゅうびゅうと吹く。
「なお君泳がないの?」
「何その罰ゲーム。お願いだからさっきみたいにエンドレス問いかけはやめろよ。いいか、絶対だぞ、フリじゃないぞ!?」
春になったからといって気温が『つるぎのまい』のようにぐーんと上がる道理はなく、陽光の温かみが増した程度では気温は先月と大して変わらない。おまけにここは海沿い、普通に寒いのだ。泳げるかいっ。
「いいから散歩しようぜ」
「泳がないの?」
「泳がない! 俺がいつワクワク笑顔で海パン穿きましたか!? 穿いてないでしょ」
「学校では吐いているけどね」
「言葉遊び! 西尾シリーズか!」
「?」
俺のツッコミは久奈には響かなかったらしい。きょとんと首を傾げている。すいませんでした、もう少し分かりやすい例えツッコミ目指して精進します。
波の音が心地良く、柔らかい日差しが砂浜を白く輝かせる中、のんびりゆっくり足を進める。他の人達も同様に歩いたりシートを敷いて寝そべったり、中にはビーチバレーに興じる人もいるがやはり泳ぐ人は皆無。そりゃそうだ、寒いもの。
「……」
「久奈寒い?」
「ん……」
「だよな」
どう考えてもそのパーカーとショートパンツでは冷たい潮風を防げないと思う。個人的には久奈の健康的でスラッとした生足を拝めてガッツポーズしているけど。
夕刻前、時間が経てば気温はさらに下がる。久奈は遂に自身の肩を抱いてブルブルと震えだした。
……しゃーね、風邪ひかれても困る。
「ほらこれ着ろよ」
俺は上着を脱ぐと久奈の方にかける。ついでニット帽も被せる。ニット帽って良いよね、髪型が決まらない俺にはもってこいだ。
「あ……」
「これで少しはマシだろ」
「……」
久奈がこっちを見ている。
これはあれだな、頬を染めて照れながら「あ、ありがとう」って言う流れだ。なんと甘酸っぱい。素敵だね。
ただしライトノベルなら。ラノベだったら大抵のヒロインはちょっと優しくしたら堕ちてしまうが、ふふっ、俺の幼馴染なめんなよ。今も普段と同じ無彩の表情だ。
そして俺を見ている。正確には、俺のズボンを見ている。
「足元が寒いの」
「……だから俺のズボンを寄越せと」
「ん」
「追い剥ぎか!」
なんつー奴だ、俺に変態になれと? ズボンまで渡すのは紳士の域を超えて露出狂じゃん!
「でもほら、パンツなら海で泳いでも大丈夫でしょ? 私もあったまるし」
「ウィンウィンだよみたいな言い方するなよ俺にメリットないわ!」
「なお君泳がないの?」
「それやめろ!」




