第75話 春だ、海だ、キャンプだっ
学年末考査は赤点なしでした。いやっっっっっっっほおおおぉう!
その後は春休みになりました。いっっっっっっっやっほおおおぅ! 嬉しいぜきえっへへへ。うひひひいええぇぇいいいっ! はーい錠剤飲みます。
『やあ直弥! 一緒にラーメン屋を百軒食べ歩き行脚しようよ!』
エア精神安定剤を服用して冷静になった俺は麺太からのメッセージを既読無視。しかしすぐに追撃が届いた。
『無視しないでよ~。いつ空いてる? 明日と明後日はどう?』
二日でラーメン百杯を食べる気かよ。塩分過多で死ぬわ。苦行には付き合ってられないんで、はーいブロックします。
悪いな、そんな暇はない。俺は麺太をブロック設定にし終えて視線は窓へ。
走る車の外、立派なヤシの木の並木道の奥に青く澄んだ海が広がり、春になったとはいえ薄着ではまだ寒い海沿いにはちらほらと人の姿があった。
「オフシーズンでも思ったより利用客はいるんだな」
「せやな。オマエコレハコベ」
「なぜボビー口調?」
フロントで受付を済ませた後は荷物を運び、丘の上に建つ木製のコテージへと入る。吹き抜けの綺麗で洒落た広い空間の室内、天井の窓ガラスから差し込む太陽光が木の壁を明るい橙色に染める。
今日から一泊二日のキャンプだ。泊まるオートキャンプ場は海浜公園と呼ばれ、丘の上からはどこまでも続く壮大な海を展望出来る。季節が春とだけあって比較的予約は取りやすかったらしく、こうして丘の上の一番良い部屋に泊まれた。ロケーションが素晴らしいです。
「着いたぞだきゃっほーい! じゃあ私と父さんは釣りに行くから直弥はバーベーキューの準備頼むわ」
なのだが、荷物を置くや否や父さんと母さんは息子を放置、ウキウキと釣竿を持ってコテージを飛び出ていった。
普通は家族揃って仲良く準備をするものじゃないだろうか。完全に置いていかれたよ雑用押しつけられちゃったよ。
「はぁ……別にいいけどさ」
文句を垂れても父さんと母さんはもういない。メバルやらカサゴやら釣ってきてもらおう。焼いてもいいし、数たくさん釣れば人数分の刺身にでもできる。人数分、つまりは六人分だ。
「なお君はお皿洗って。私は野菜切る」
俺の肩をちょんちょんと指で叩いた久奈がパーカーの袖を捲ってキッチンに立つ。包丁を洗ったり材料を手に持つスムーズさが、彼女が普段から料理をし慣れていることを語っていた。
そう、久奈がいる。というのも今回は久土家と柊木家合同のキャンプだ。
久奈の両親は久奈パパに仕事が入ったので後から合流することに。久奈を乗せて久土家は一足先にキャンプ場へ着いた次第。
「えーとお皿お皿……おぉ、炊飯器がある。設備良いな」
「なお君、お皿はそこの棚の中ね」
「なーぜ既に食器の位置を把握しているんだ」
「女の勘」
「女の勘の汎用性高いな!?」
コテージは六人用で、お風呂やトイレ付きに加えてエアコン完備と充実しており、電磁調理器のコンロは三口があって冷蔵庫は二つ。快適に過ごせそうだ。
キッチンで久奈と並んで準備を開始。
「バーベーキューに適した切り方とかあるの?」
「あるよ。全部網羅している」
「すげーな」
「ん、私はすごい」
「あら自慢げ」
久奈が慣れた手つきでタマネギやカボチャがカットされていく。あ、でもピーマンを切る時は嫌そうにしていた。あなたピーマン嫌いだもんね。
……改めて久奈の格好を見る。黒猫のイラストが描かれたピンク色のパーカーは丈が長めでゆったり、その下からデニムのショートパンツをちょっとだけ覗かせる。足を出しちゃって、あららまぁ健康的ですわね。
「それ寒くない?」
「寒い」
「だよな」
「麗らかな春に期待しすぎた」
「春を責めてあげないでっ」
これからだから、春が本気出すのこれからなんだって! 三月の中旬を過ぎたのに気温が上がらない、そのくせして花粉が猛威を振るって鬱陶しいけどこれかが春の季節だから! ディスイズスプリング!
「夜はもっと寒いぞ。ちゃんと着込んでおけよ」
「後で借りる」
「借りるって何を?」
「……」
問いには答えてくれなかった。こらこら難しい年頃かっての☆ スルーしちゃ駄目だぞ。俺も麺太をガン無視したけど。
その後も久奈と作業を進める。のんびりとした空気の中、野菜を切る小気味良い音が耳撫でて肩触れる温もりに心安らぐ。




