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第69話 盗み聞きも盗み見も良くない

 麺太の常軌を逸した奇行は授業中も継続。


「今の英文を訳してもらう。では向日葵」

「アイウォントゥーチョコレイト」

「全然違う。マイケルが市役所への道を尋ねている場面だ」

「ギブミーチョコレイトアンドマイケルファック」

「向日葵、マイケルに謝れアンド校庭十周」


 麺太が出てからしばらく経つと校庭から遠吠えのような奇声が聞こえた。教室中がザワつき、体育教師が息を切らしながら飛び込んできた。


「こ、ここのクラスの向日葵が叫びながら全力疾走して手に負えん!」

「申し訳ありません私の責任です。今すぐ行きます」


 英語教師が自習と告げて体育教師と共に去る。学年末考査を控えた今の時期に自習ってどうなんだ。まあいいや。

 授業を自習に追い込む程の麺太の狂気に感謝して机にベッタリと突っ伏す。自習という名の睡眠学習をしまーす。目を閉じておやすみなさい。

 ……とはならない。今日がバレンタインデーだから。今も男子達はソワソワしている。君らソワソワ好きだね。

 ちなみに俺もソワソワなう。閉じたフリして目を少し開けて前方をチラ見。視線の先には、


「久奈ちゃん、一緒に自習しよー」

「ん」


 金城と一緒に勉強兼お喋りする久奈。俺の幼馴染である。付き合いは長い。十年以上だ。

 だというのに、俺はまだ久奈からチョコレートを貰っていない。

 ……おかしい、おかしいよ。毎年登校する際には渡してくれたのに今年は何もなかった。貰えて当然と調子乗っているわけじゃないけどさぁ、いつも貰っていたから気になって仕方ない、仕方がなぁい!

 なぜだ、幼馴染のよしみであげるキャンペーンを卒業したの? 中学生になった途端にクリスマスも誕生日もプレゼント渡さねぇよバーカと高笑いした母さんのように、高校生になったから幼馴染チョコはもう渡さないってノリなのか!?


「ねーねー、久奈ちゃんはチョコあげた?」

「まだ」

「おっ、渡すつもりなんだね~」

「タイミング逃した……」


 金城と久奈が何やら話している。くっ、この距離だと遠くて聞こえない。何を話しているんだ!?

 頑張れ俺の聴力、声を拾うんだ。最大集中。耳よ、些細な音も聞き逃すな!


「きえええぇ! 僕は! 止まらない! 女子からチョコを貰うまで!」


 校庭にいる麺太の声が教室にまで届くうるせええええぇ! 黙れクソ麺! 久奈達の会話が聞こえないから叫ぶなアホ麺! クソアホ麺!


「舞花ちゃんは渡したんだよね」

「そだよー。でも安心して、あたしのは義理」

「……本当?」

「なぜ疑うし。あたしは久土なんて気にかけてないよー」


 今久土って聞こえた! 金城が言った! うおおおぉ、俺の話題なのかあああぁ、何を話しているんだああああ。


「……舞花ちゃんはライバル」

「いやいや違うし」

「むう……」

「もしかして嫉妬? あらら~、久奈ちゃん可愛いっ」

「ま、負けないもん」

「だから違うってー。それより渡すの頑張ろ~」

「ちゃんと渡せるかな……」

「大丈夫だって、普通に渡せばいいのだよ」

「……顔がニヤけちゃうの。なお君いつも喜んでくれるから」


 今なお君って聞こえた! 外の麺太の叫び声でほとんど聞き取れなかったが確かに久奈が言った!

 うぐごごごおぉ、やっぱり俺のことを話しているのかあああぁ、何を話しているんだああああ。


「なお君の笑顔を見ると私まで嬉しくなって……」

「じゃあ笑えば良かろうに」

「駄目なの。私は笑わないって決めてる」

「何やら事情がある感じっ。今の久土には内緒?」

「ん。絶対に内緒」


 ぐぐっ、時間が経つにつれて教室全体が騒がしくなる。ワイワイガヤガヤ、俺の四方は雑談で満たされて遠くの久奈達の会話が聞こえない。

 こうなったら目だ。読唇術で会話を読み取る。読唇術は初挑戦だけど実は先天的に読唇術の才があったと信じて目を見開け! カッ!


「早くしないと渡しにくくなっちゃうよ~?」

「ん、頑張るっ」

「ファイト! ……ところでさっきから久土がこっちをガン見なんですけどー」


 あぁ駄目だ分からん。どうやら俺に読唇術の才は潜在してなか、って金城がこっち見た!?

 あかん、盗み聞きしているのがバレる。俺は慌てて目を閉じて寝息をぐーぐー、うーんもうミルミル食べられないぃ。お母さん、どうして今年はサンタさん来ないのぉ?


「久土」

「むにゃむにゃ」

「起きてるっしょ」

「う、うーん。あずきバーをメイン武器に異世界転生は無理だよぉ」

「どんな夢だし。あーあ、今あたしすごい格好しているんだけどなー」


 そう言って服の擦れる音が聞こえる。

 すごい格好……金城が? な、なんだろ。


「恥ずかしいけど、久土なら見てもいいよ」


 ……もしや、スカートをめくってパンツを見せているのでは? それはすごい格好だハレンチだめっちゃ見たい!

 だが目を開けたら寝たフリがバレるし、あぁどうしたら……。


「今日は青色なのー」

「マジかよ」


 目を開く。

 そこには、腕組んで仁王立ちする金城。快活な笑顔に影を差して冷たい目が俺を見下ろしていた。青のパンツは見えない。


「スカートを触っただけだし♪」

「おのれ騙したな!」

「嘘じゃないよ、望み通り青色だよ~。久土の顔を、真っ青にしてあげちゃう」


 金城が手を掲げると女子達が集まってきた。統率された軍隊の如く。

 ……あ、これは金城の勝利の方程式、多数対一の状況!


「チラチラ見るのは良くないよー。サイッテ~」

「久土君最低」

「サイテー」

「最低最悪」

「サラサラの髪が気に食わない」


 金城がサイッテ~と言って火蓋が切られた。一斉に襲いかかる俺ディスり。ひえええぇ!?


「ツッコミに長けていると自負した顔がムカつく」

「ゲロ吐く時の悲痛げな表情がムカつく」

「なんで男子のくせに髪サラサラなの。ムカつく」

「とりあえずムカつく」

「ムカつく」

「久土君+向日葵君=」

「ムカつく」


 ムカつく何回言うの!?

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