第68話 バレンタインデー
放課後はカフェに寄り道したりダーツしたり、休日は水族館に行ったり外食したりラジバンダリして過ごしていく。高校生っぽい。
そうしていくうちに一月は終わって二月の中旬を迎えた。学年末試験を控える中、世間がどこか浮ついた雰囲気を漂わせるのはとある一大イベントがあるから。二月と言えばあれでしょ、バレンタインです。チョコを渡し渡される日で、男子が落ち着かない一日だ。
現在、俺のクラスでも男子ズはソワソワして挙動不審。特にヤバイのは、
「はいお前ら席に着けー。今から荷物検査をする。女子は全員、僕にチョコを差し出せえぇ!」
ジャージを着て竹刀を持つ麺太が咆哮をあげる。机の上に乗って目をギョロギョロと爬虫類みたく蠢かす姿は彼の必死さを物語っていた。
普通にしてもチョコは貰えないと悟ったのだろう。体育教師のフリをしてチョコを没収するという意味不明な方法を実行している。
プライドを捨てた姿は哀れで、そして誰一人として相手にされていない。
「見て見て久土っ、向日葵君が必死すぎてちょーウケる」
俺の机に座る金城。吠え猛る麺太を携帯で連写してはケラケラと笑う。
「可哀想だからチョコあげてやれよ」
「えー、なんであたしがー?」
「お前から貰えれば最高に嬉しいだろうさ」
現に男子の何人かは金城の方をチラチラ見て様子を伺っているぞ。
でも金城はそれらもお構いなし。面倒くさそうに携帯の画面をたぷたぷしている。
「やーだ。友チョコも控え気味だし、ましてや向日葵君には絶対あげたくない。マジありえないしー」
「きえぇい! チョコレイトディスコ、チョコレイトディスコぉ!」
「心が壊れたな。他クラスへの侵攻を始めたぞ」
机から飛び降りた麺太が教室を出ていき、隣のクラスから奇声と悲鳴が聞こえる。迷惑かけてすいません。
そんな麺太の奇行に驚きもリアクションもせず、金城は携帯を見たり爪の手入れをする。時折、思い出したように俺の頭を撫でていつも通りだ。
今日バレンタインやで? 女子だって多少は思うところがあるんじゃないのか。
「ちなみに久土はチョコ欲しい?」
「そりゃ義理だろうと貰えるなら普通に喜ぶ」
「へー、興味ないフリすると思ったのに意外~」
「無関心アピールは逆に恥ずかしいからな」
興味ないね、とクラウドさんみたいにクールぶっても本当はティファさんから貰いたいんだろ?と見透かされるに決まっている。だったら麺太のように開き直った方が……いや、ないな。あれ一番惨め。
「私から貰えたら嬉しいって言ったよね。それって、久土も?」
「女子から貰えるなら誰でもいい」
「渡し甲斐がない奴めー。じゃあ久土にあげるのやめる」
……なん……だと? 今の俺の顔は『一護 なんだと』で検索よろ。
目線を上に向ける。そこには、市販のチョコを手に持ってニヤニヤ笑う金城。
となれば俺が次に起こすべきアクションは一つだ。頭を下げて床にめり込ませる。
「すみませんでした金城様。実は超がつく程チョコが欲しいです。こんな卑しい俺にどうかご慈悲を! 何卒チョコレイトディスコぉ!」
「はい連写~」
頭上からカシャシャシャと連続で聞こえるシャッター音。ぐ、ぐううぅ。バレンタインを逆手にとって男子の純情を弄ぶだなんて酷い!
チクショー! こうなったら俺も発狂して他クラスへ侵攻してや
「はい、あげる」
へ? 金城はニコッと笑うと俺の頭にチョコを乗せた。無駄にサラサラな髪を滑り落ちたチョコが俺の手の平に収まる。
「え、本当にくれるのか」
「それ久土用に買ったやつだから。えーと、なんだっけ……か、勘違いしないでよねー、それー、義理チョコなんだからねー」
「いや演技力ゼロか」
清々しい程の棒読みだった。しかもテンプレ王道のツンデレ風の台詞。
「まあ実際かなり嬉しい。ありがとな」
「お返しはスイーツバイキングで」
「三倍どころの騒ぎじゃないんですけど」
「財布もってくれよ、お返し拳十倍だぁ!」
「ちょっとクオリティの高い声真似やめろ!」
ツンデレキャラの時は棒読みだったくせに悟空は真剣に演技するのかよ! お前の頑張りポイント謎だわ!
と、チャイムが鳴る。金城は机から降りると「お返し楽しみにしてる~」と言って自分の席へと着いた。
……ちなみにチョコを貰ってからずっと男子達に睨まれている。恨みと殺意が色濃く滲み出た視線が俺に……こえぇ。ブツブツと「久土死すべし」って聞こえるし。
「直弥がチョコ貰っているうううう!? きえええぇ! 没収だ寄越せオラァァ!」
韋駄天台風の如く荒々しい足取りと剣幕で迫り寄る麺太の顔面。
キモイ! これは本気でキモイ! 誰かR指定のタグ持ってきてぇ!
「唾飛ばすなっ、汚いし麺臭い!」
「誰から貰った、誰から貰ったんだあぁぁ!」
「き、金城だよ」
「金城さんか。いいなぁ」
「急に真顔になるなよ!」
「ぎええええぇムカつく!」
「緩急がえぐい!?」
「チョコレイトディスコおおぉぅ!」
この日、クラスメイトは全員再認識した。クラスで一番ヤバイのは向日葵麺太だと。




