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第66話 久しぶりの久土と久奈

 麺太は不服らしい。ブーブーと豚さんみたく文句を垂れている最中なう。最中なうって造語は変だな。頭痛が痛いみたい。


「おかしいよ金城さん。僕と直弥は最高だったはずだ!」

「最低の間違いじゃない?」

「せめて頑張ったんだからもっと褒めてよぉ!」

「あたし的にも全然面白くなかったよー。イラッとしたから石とか槍を投げたいもん」


 どの部族だ。

 まあ正直、俺は点数なんてどうでもいい。関さんや長宗我部からの評価は気にならないし今も負け惜しみを言っている月吉は眼中にすらない。

 ……久奈に笑えてもらえなかった。他のどんなことよりも、それが一番辛い。

 はぁ、やっぱり駄目だったか……。


「今回は結構頑張ったんだけどなぁ」

「仕方ないよ直弥。寧ろ悪い部分を指摘してもらえて良かった。改善点はたくさんある。次に活かそう」

「お前の前を向く強さどうした。香車か」


 麺太の立ち直る速さがすごい。元気を取り戻しすぐさまネタ帳を開く。


「やる気満々だな」

「僕らの最終目標はエムワンでしょ」

「ちげーよ何やる気になってんだ!」


 ガチで漫才をやっていくつもりはねーわ! 今後どれだけ頑張っても久奈が笑ってくれるとは思えない。じゃあやる意味が俺にはない。

 だが麺太は燃え盛る一方。座れと執拗に促してくる。俺座る。


「今日もガッツリやるよ~! やっぱり麺要素をもっと入れるべきだね」

「向日葵君ストーップ。久土は帰らせるから駄目」


 金城が割り込んできた。麺太を押しのけ、俺に席から立てと促してくる。俺は座ったり立ったりラジバンダリ。古い。


「邪魔しないでよ金城さん。僕らはエムワンに向けて走り始めたばかりなんだ!」

「一人でやればー? これ以上久土の時間を奪わないで。つーか久土のアホ」


 なぜか罵倒された俺。え、えぇ……?


「金城、俺も反省会くらいはしたい。だから先に帰っていいぞ」

「うるさい! 久土のメタリック馬鹿!」

「メタリック馬鹿!? なんでメタル化した!」

「はいはいもういいから久奈ちゃんと一緒に帰りなさい。以前のように」


 以前のように? よく分からないんですが……って顔を俺がしていたらしく、金城は盛大な溜め息をついて頭を抱えている。

 な、なんだよ、メタリック馬鹿の俺でも分かるよう説明しろよぉ。


「ちょっと待ちたまえ、僕が柊木さんと一緒に帰る。さあ柊木さん、あんな面白くない奴なんて放っておこうよ」


 月吉が気さくに微笑んで久奈の元へ近寄る。

 土日のジェントル麺より点数が低いくせになんで平然といつもの調子でいられるんだ。お前こそ反省会しろ。一人反省会しろ。


「あぁもう邪魔だなぁ」

「あいつは俺らに任せて」


 金城二回目の溜め息を聞いて長宗我部と勅使河原さんが立つ。二人は呆れながら月吉を両側から挟むと腕を掴んで持ち上げた。


「な、何をするんだい長宗我部君」

「お前はこっち来い。一緒に囲碁部に行くぞ」

「い、嫌だ。僕は柊木さんと、って勅使河原さん力強くないかい!? 僕の腕がミシミシ鳴っているんだが!?」

「じゃ、失礼しました」


 長宗我部が頭を下げ、勅使河原さんが片手のみで月吉を持ち運び、囲碁部の三人は教室から出ていった。続いて関さんが鞄を手に取る。


「私も帰る。じゃあね。……あ、久土君のアホ」

「P.S.みたいに付け足すな!」


 関さんも帰り、教室に残ったのは久奈と金城と俺と麺太。木金土日。


「ほら久土と久奈ちゃんも帰りなよー」

「だから俺は反省会があるから」

「……はぁ~、ちょっとこっち来なされ」


 金城に連れられて教室の端に移動。赤みを帯びたオレンジ色の陽が光差す窓際で金城が蛇のように目を細めて小さく唸った。


「あんさー、いい加減にしろし」

「な、何が」

「漫才に熱中しすぎ。久奈ちゃん放置しちゃ駄目でしょ」


 金城が横目で教室の真ん中を見た。俺も視線を横へ流すと、そこには前のめりに机へ向かってネタ考える麺太と、こちらをじぃーと見つめる久奈の姿。

 あの子むっちゃ見ている……ビビった。


「ほら、久奈ちゃんすっごく寂しそう」

「そうか? いつもあんな感じだろ」

「なんでそれが分からないのっ。最近一緒にいないじゃん。登下校もバラバラだし」

「朝練と放課後練習があったからな。久奈には先に帰れって言ってた」

「だからじゃん! 久奈ちゃんが何回久土に帰ろうって言ったと思ってんの。何度も久土に話しかけてきたのにそれを全部全部……漫才があるからって無下にしてさー!」


 言われてみると確かに最近久奈といる時間が少なかったような。

 コンビ結成から二週間、久奈と登下校する頻度は急激に減った。


「でも常に一緒ってわけじゃないしこれくらい……」

「ホンット馬鹿っ。何が久奈ちゃんを笑わせたいよ、だったら一緒にいてあげろし!」


 金城の強い語気、剣幕に体がのけぞってしまう。な、なんで金城がそんなに怒っているんだよ。


「久奈ちゃんが怒らないからあたしが代わりに激怒しているの」

「うぎぃ!? 頭撫でる力が強いって!」

「いいから黙れし。とにかく久奈ちゃんと帰れ~!」


 うおっ!? 金城に背中を押されて室内の中央へと体が進む。最後にはドンと押されて目の前には久奈が……。こ、こっちをすんごい見てくる。


「なお君」

「は、はい」

「……」

「……なんすか?」

「お疲れ様」


 いつものように静かな口調、いつものように無の表情。声にも顔にも、感情表現を出すことなく久奈は話しかけてきた。

 こいつが寂しがっている……う、うーん、やっぱ普段と変わらないと思う。

 でも、金城の言うことに従っておこう。後ろからプレッシャーを感じる。下手なこと言えば部族レベルの槍が投擲される気がする。背中ブッスリの予知は回避せねば。


「あー、久奈」

「何?」

「まあ、なんだ。一緒に、帰ろうぜ」

「んっ」


 言ったと同時に久奈が俺の袖を掴んで引っ張る。いつものようにぎゅっと、いつものようにくいくいと。


「行こ。バイバイ舞花ちゃん」

「ちょ!? 急に引っ張るなって!」


 久奈が出入り口へと歩く。歩くと言うか早歩き。そんなに早く帰りたかったの!?


「久奈ちゃんバイバ~イ」

「直弥待てよっ、まだ反省会が」

「向日葵君は黙ろうねー。また女子全員で罵詈雑言リンチするよ?」

「ひっ、す、すいません!? 黙るので暗黒微笑やめてください!」


 教室で金城と麺太が何やら言っているのを見て廊下に出た。夕日でオレンジ色に染まる床を踏み、静穏な廊下に二人分の足音が重なり響く。

 と、久奈が口を開いた。


「なお君、寄り道しよ」

「いいけど何するんだ」

「ケーキ食べたい。カップル限定のケーキがあるの。それと最近オープンした雑貨店に行きたい。ダーツとカラオケもしたいし、それに」

「リクエスト多くない!?」


 結構な注文量っすね! 放課後で全てやるのは厳しい。

 しかし久奈の口はまだ止まらない。


「一緒に新メニュー食べたい。寄り道したいし、なお君と観たい映画もあって遊園地や水族館にも行きたい」

「ちょいちょいちょい!? お、落ち着けって、最後の方はどう考えても無理だから。はーどすけじゅーる!」


 やりたいことだらけか! 週末の二連休を丸々使うプランニングか!

 ど、どうしたんだよ急に。一体何が…………へ?




 ぎゅっと握られる、俺の手。

 久奈の手が袖口から下へと落ちて、俺の手を掴んだのだ。


「なお君と一緒にいたい」


 肌と肌、指と指が重なり絡み合う。え、ひ、久奈?


「一緒に」

「わ、分かったって! 一緒にいるから!」

「ん」


 一階に下りて昇降口へ。その時だけ手を離したが、靴を履きかえた途端久奈が素早く手を握ってきた。んな急がなくても逃げませんってば。

 ……一緒に、か。こうして肩を並べて歩くのは本当に久しぶりだ。


『ホンット馬鹿っ。何が久奈ちゃんを笑わせたいよ、だったら一緒にいてあげろし!』


 金城に言われた言葉が頭を駆ける。直後に、ここ二週間の自分の言動を思い返す。毎日話しかけてくれた久奈をあしらい、断ってばかりだった自分を。

 ……何やってんだ俺。


「その、ごめんな」

「どうしたの?」

「最近一緒に帰ってなかったから……」

「ん。寂しかった」

「す、すみませぇん」

「だからこっち向いて」


 言われた通り久奈の方へ体を向ける。


「両手広げて」

「? おう」


 すると、


「……っ!?」

「んー」

「久奈……なんで抱きついているのん?」

「補充」

「へ?」

「ありがと。行こ」

「お、おぉう、うん」


 離れたらすぐに紡がれる手と手。


「もう遅いね。寄り道は今度にする」

「そ、そうか」

「今日は帰ろ」


 教室を出る際は早足だった久奈の歩はやがて緩やかになって今じゃ普通に歩くより遅い。

 俺もそれに合わせてゆっくりと歩く。今にも止まりそうな速度で。


「久奈」

「ん?」

「明日からはまた一緒に学校行こうな」

「んっ」


 ゆっくりゆっくり歩いて着いた停留所。バスが来ても敢えて乗らず一本遅らせる。

 ベンチに座って、沈む夕日を眺めて、手は握ったまま。俺らはのんびりと帰路を楽しんだ。






「……なあ、バス来たぞ」

「もう一本遅らせる」

「これで三本目なんだが!?」

「あと五本」

「遅くなると君のパパが発砲するんで勘弁してください!」

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