第64話 月吉漫談
「それでは第1回チキチキ久奈ちゃんを笑わせるのは誰だ? 激突お笑い選手権の始まり始まり~。まずは月吉純治さんからですっ」
達者な司会進行で金城が教壇から下りる。それと同時に廊下でスタンバイしていた月吉が教室の中に入ってきた。
ピンで笑いを獲るのは難しい。一体何をするつもりなのだろう。
少しばかりの興味を持つ俺を、月吉は一瞥するとほくそ笑んで口を開いた。
「最近寒くなってきましたね。こう寒い日が続くと朝起きるのも一苦労でしてね」
え……まさか漫談!? 一人だからモノマネしたり隠し芸をすると思っていた俺の予想を覆す、まさかの漫談形式。
これには驚いた。が、実のところ月吉に向いているのかもしれない。
「つい最近もこんなことがありました。朝、僕は布団から抜け出すことも出来ない寒がりでしてね~」
ペラペラと喋り、得意げな表情と自信溢れる堂々とした立ち姿は様になっていた。普段から久奈を口説いているだけあって口が良く動く。
存外、月吉が漫談をチョイスしたのは好判断と言えよう。
審査員の四人もしっかりと見ている。久奈に見られることで月吉の軽快なトークは熱を増す。
「なんとか布団から出ても、すぐに居間の炬燵に潜り込んでしまうんです。ところがですよ? 電源を入れたばかりの炬燵はまだ暖かくないんですよっ」
声に抑揚をつけて大仰に語る。起承転結の中に喜怒哀楽を入り混ぜて物語の深さを演出していく。
……なのはいいんだけども、ちょっと待てよ……? この感じ、もしや、
「あぁ寒いなあ寒いなあ、早く暖かくならないかなあ。待つこと暫し、炬燵の中がじんわりと温もってきたじゃありませんかっ」
月吉……あの、俺の予想なんだが、その話……面白いの?
興奮とは違う意味でハラハラする俺の不安げな視線に気づくわけもなく月吉は感情こめて言葉を紡ぐ。
「そして遂に! 炬燵がぽかぽかと暖かくなりました。あぁ幸せ。やはり冬は炬燵、オツなもんです。さてそろそろ学校に行かなくては。そう思った時ですよ」
月吉が一度口を閉ざして教室全体を見渡す。手を動かし首を回し、大袈裟なリアクションと十分な程の間を空けて、月吉はビックリしたと言わんばかりにおどけて自身の額をペチッと叩く。
「炬燵が暖かくて出られない。これじゃあ布団の中と同じだっ!」
「……う、うわぁ」
たまらず声に出ちゃった。それくらい、面白くなかった。ほらやっぱりこうなったじゃん。
横を見れば麺太が顔の中心にシワを寄せて「なんだこれ……」と嫌悪感滲ませたしかめ面を浮かべていた。すげーよ、麺太を困惑させるなんて偉烈だよ。快挙だよ。
「結局僕は布団から出る時と同様、寒さと格闘するハメになりましたとさ。あららっ!」
「……月吉、お前」
「どうもありがとうございました。ふふ、どうだい久土君、あまりの面白さに言葉も出ないのかい?」
いやあまりのつまらなさに言葉が出ないんだよ。
見ろよ、感じろよ、場の空気を。教室にいる人全員が寒々と死んだ目でお前を見ているぞ。俺らが炬燵で暖まりたいわ!
「キモ……あ、え~、では審査員の方々、点数をどうぞー」
気の抜けた金城のかけ声に反応して四名の審査員がフダを上げた。点数は1から10点の、40点満点で採点される。
久奈が1点、関さんも1点で、長宗我部と勅使河原さんがそれぞれ2点で合計は、
「合計6点~。これは酷い」
金城が苦い顔をして審査員席へと歩く。マイク代わりに丸めた教科書を久奈達へと向けている。
「それでは感想を聞いてみましょう。まずは同じ囲碁部の長宗我部君」
「全然駄目ですね。今すぐ漫談の定義を調べろカスと声荒げて彼に言い放ちたいです。彼のは漫談じゃなくただの日記、いや日記どころかツイートでも書けない陳腐なエピソードでした。たったそれだけのことをよくもまぁあんなに間を空けて言えますね。その胆力と蛮勇に2点あげました」
長宗我部がめちゃくちゃ批評した。辛口に聞こえたけど全部その通りぐう正論だったので他の審査員三人も頷いている。
「なるほどありがとうございました~。月吉純治さんは6点ってことで」
「ちょっと待ってくれないか、どうして僕の点数がこんなに低いんだ。異議を申し立てたい」
「低いに決まってんでしょ寧ろ6点もらえただけ感謝しろし。いいから下がれし。邪魔だなぁ」
司会者~、本音が出まくっていますよ~。ヤンキーギャルのオーラ出てますって。
「おっと失礼しました。気を取り直して次に参りましょ~!」




