第61話 黒い笑み、光る銃口
昨日、金城に壮絶たるダメ出しを食らった俺は混迷していた。今の『土日のジェントル麺』では久奈を笑わせることが出来ないと思い知らされたからだ。
それだというのに漫才を披露する日は明後日。残された時間は少ない。今日と明日でなんとかせねば……。
「なお君、帰ろ」
「悪い。今日も用事がある」
「……ん」
久奈にバイバイと手を振り、その手を続けざまに麺太へと向けてこっち来いとくいくい動かす。
俺のムーブに気づいた麺太がこちらへと来る。手に持ったパスタマシンのハンドルを回しながら。
「何? 今いいところなのに」
「なんで麺作ってんだよ」
「担任からガスコンロは持ってくるなと怒られたからね。これで我慢だよ」
「パスタマシン持ってくるのも駄目だけどな!?」
んなことはどーでもいーんだよ。麺太を座らせて俺は机を叩く。
「明後日に控えたお披露目について打ち合わせっぞ」
「ネタは完成しているよ」
「あれじゃあウケないと金城にボロクソ言われただろ」
「金城さんは見る目がないのさ。所詮はギャル、笑いのセオリーを知らない小娘だ。胸はやや大きいけど巨乳とは呼べない。あの程度のサイズならうどんをこねた方がよっぽど官能的だね」
はんっ、と鼻で笑う麺太……その後ろでは目を閉じて微笑む金城が立っていた。
ヤバイ、ヤヴァイって。金城が「殺すよ?」みたいな暗黒微笑を浮かべている。
あ、仲間を呼んで……あ、たくさんの女子が麺太を囲んで……
「……すごかったな」
「ひぐっ、えぐ……死にだい」
金城率いる女子達の麺太ディスりは凄まじかった。四方八方から降り注ぐ悪態は最終的に麺太の人格否定にまで及び、彼の心に深い傷を負わせた。
パスタマシンに抱きついてメソメソと泣く麺太。イジメと差異ない凄惨たる集中砲火だったが同情はしない。
こいつが悪い。金城を敵に回したら酷い目に遭うといい加減学べよ。
「もう泣きやめって」
「本当のことを言っただけだもん。ハロウィンでのミニスカポリスはエロかったけど巨乳派の僕としてはもっと大きい方が好みなんだ」
「金城が帰った後で良かったな。聞かれていたら今度こそ死んでいたぞ」
金城の冷たい眼差しと罵倒は、普段の快活さとの高低差によって威力を増す。加えて他の女子を呼んで多数対一のホーム感を出すことに長けており、狙われた相手は言い返す気力と生きる活力を奪われてしまうのだ。
つーか金城は結構大きい方だろ。恐らくCは、げふんげふんやめておこう。
「直弥もそう思うだろ? やっぱ巨乳だよね!?」
「いや別に……」
熱意こもった問いかけに俺が言葉を濁すと麺太はぷくぅ、と頬を膨らませて口を尖らせる。
おいやめろ馬鹿、そういう表情は女子がやるから可愛いんだ。お前がやったらただキモイだけだろ需要ねーよ。
「なんだよ。直弥はきょぬー好きじゃないの!?」
「別にどうでもいいだろ……」
「ああそうか、柊木さんは貧乳だもんね。あの子超可愛いのに胸は全然ないもんねー、可哀想に」
ブチッ。激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム。死語だ。だが知るか。こいつ許さん。
携帯を取り出して『Maika』へコール。
「もしもし? リンチの刑、延長頼む」
「直弥!?」
事情を説明したら金城が戻ってきてくれた。クラスの女子ほぼ全員を引き連れて。全員、黒くて良い笑顔をしていた。
その後、麺太は大好きな麺類を食べられない程に衰弱し精神が狂ったのは言うまでもない。
新ネタは作れなかったし俺の幼馴染を馬鹿にしやがって。久奈は華奢なだけだ。スレンダーなだけだ! 浴衣着たら日本一なんだぞおぉ! そして俺は小さい方が好きだあああぁ!
「あんのクソ麺男が」
一人バスに乗って降りて帰路を歩く。マンションが見えてきた辺りで道の街灯が灯った。
時刻は午後五時半頃、空は薄暗く気温はさらに下がる。
「さみぃ……今日はシチュー食べたい」
関係ないけど我が家はホワイトシチューの時はパンを食べる。家庭によってはホワイトシチューをご飯の上にかける人がいるらしい。ビーフシチューなら分かるけどホワイトってご飯に合うのか? 普通に美味しいですよ、すごくマッチするぞっ、って人はこちらの宛先までご連絡ください。
……自分の胸元辺りで指をスクロールさせている俺は何やってんだ。テレビ番組気取り? 寒いから早く帰ろう。
「おや、直弥君じゃないか」
後ろから声をかけられた。暗い道を照らす街灯の下に立っていたのは柊木家の主、久奈パパだ。
「どうもです」
「最近寒いね。防寒対策はしっかりしているかい?」
ニコリと気さくに微笑む久奈パパ。俺が小さい頃から家族ぐるみで付き合いがあり、こうして親身に話しかけてくれる。
この人の笑顔は柔らかくていいなぁ。心が澄んでいるのかな。
「ところで久奈は?」
「あいつは先に帰りました」
「は?」
笑顔に闇が差す。久奈パパは通勤用の鞄から書類を出すノリでモデルガンを取り出すと俺の眉間に銃口を向けた。
「一人で帰らせたの? 久奈が誘拐されたらどうするつもりかな」
豹変しすぎぃ!? こえーよ! 平然としているのが何よりも恐ろしい!
「ひっ、ひ、久奈が帰ったのは夕方前だったから大丈夫だと、お、思います」
「絶対に安全とは言えない。何かあったらどうするつもりだい。その眉間ぶち抜くよ」
「ひいぃ!? す、すすすみません今度から一緒に帰ります」
「久奈と二人きりで帰るなんて私は許さない」
「じゃあ一体どうしろと!?」
言っていること無茶苦茶じゃねぇか。どう返答しても俺の眉間はぶち抜かれるのかよ!
前言撤回、心は澄んでいない。心も脳も娘のことでいっぱいいっぱいなのだ。脳内メーカーで『娘』の文字が埋め尽くされるレベル。
さらにタチが悪いのは、娘は渡さない!と怒号飛ばす頑固タイプの親バカではなく、微笑のまま当然のようにモデルガン構えて抑揚のない声音で死を宣告してくること。
一切躊躇わず人を殺す、漫画で登場するようなイカレ野郎なのだ……マジこえぇ。
「直弥君は久奈のSPだという自覚が足りないのかい」
俺あいつのSPだったのかよ初耳だわ、とか言っちゃうと発砲されて俺の額にポッターよろしく傷痕ができるのでおとなしくペコペコ頭下げて謝罪する。
「おっと、急いで帰らなくちゃね。さあ行こうか」
「はひぃ……」
元の柔和な笑みに戻った久奈パパと並んで歩く。
マンション七階のエレベーターで別れるまで、ひたすら久奈の話を聞かされた。溺愛っぷりがすごいですね……。
やはり久奈パパはヤヴァイ。俺はそう思いました。




