第6話 オセロ勝負feat.変顔
日曜の昼下がり。よーし水の神殿をクリアするぞっ、と意気込んでいたら久奈が遊びに来た。
「遊びに来た」
「んじゃオセロしようぜ」
小学生の頃から愛用しているオセロ盤を取り出す。オセロとは、進撃と裏切りが交錯する黒白の熾烈な戦い。中二病乙。
ともあれ俺が黒、久奈が白でゲーム開始。
「なお君とオセロするの久しぶり」
「昔は相当やり込んだよな。はは、今までの戦歴とか覚えてねーや」
「三百五十五戦三百三十九勝で私が勝ってる」
「覚えているのかよっ。そして俺の弱さたるや!」
「嘘だよ」
「嘘かよ! シンプルに信じたわ!」
嘘ついて動揺を誘う作戦か? そんな低俗な戦術が俺に通用すると思ったか馬鹿めブハハ。
とか思っているうちに盤上の隅を取られて形勢は一気に白へひっくり返る。シンプルに負けています。やっぱり俺の弱さたるやだよ!
……まっ、ぶっちゃけ言うと勝負は二の次だ。俺にはオセロとは別の目的がある。
久奈を笑わせる。その為に幾度となく一発芸やギャグを披露し、果ては乳首を失う覚悟で挑んだ。結果は全敗、無表情を崩すことすら叶わなかった。だから今回はとっておきの秘策を用意してきた。それはズバリ、変顔である。
「なお君弱い」
「悪かったな」
「んーん、別に悪くはないよ。ただ弱いだけ」
「あら煽ってる?」
オセロに夢中の久奈は盤面に集中している。しかし勝負を決した際には必ず顔を上げる。そこを不意打ちで叩く。
作戦開始。俺は舌を出して唇をめくり上がらせる。口角もめいっぱい持ち上げて目は白目を剥き、痛いくらいに眉間にシワ寄せる。昨日から仕上げてきた渾身の変顔だ。この顔の製作のみに土曜を全て費やしたぜ。
さあ後は久奈がこちらを見るのを待つのみ。オセロでは凄惨たる大敗を喫することになろうとも最後に笑うのは俺だ。いや笑うのは久奈だ! これで笑わせてみせる!
「白が五十二枚、黒が十二枚。私の勝ちだね。……なお君?」
淡々と結果を述べた久奈はサラリと流れる横髪を指先で掬うと遂に顔を上げた。迎えるは最高傑作の変顔。さらに顔面に力を込めて迎え撃つ!
さあどうだっ。これなら笑っ…………あ、駄目みたいですね。
「なお君どうしたの?」
付き合いが長いので雰囲気だけで久奈に変化がないことが手に取るように分かる。変顔を緩めて視線向ければ、相も変わらず無表情でじぃと不審げに俺を見つめる久奈の真顔。
ま、真顔て。変顔に対して真顔って最大級の屈辱じゃねぇか! お笑い芸人ならハートブレイク必至だよ。そして俺も結構ショック。こいつ全然笑ってねぇ!
「ぐっ、ど、どうだこの顔! めちゃくちゃ面白いだろ!?」
だが退くわけにゃいかぬ。男には譲れない勝負ってのがあるんだよ。俺にとってそれは変顔なのだ! 心折れそうになるも耐えきって再び変顔に全力を注ぐ。舌をデロンデロン左右に動かして眼球が飛び出んばかりに目を見開く。
幼き子供が見れば一生引きずるトラウマ間違いなしのR指定なグロキモイ顔を披露するも、久奈はキョトンとして目をパチパチさせるのみ。
「そ、そんな馬鹿な……」
「面白いよ?」
「じゃあ笑えよ!?」
「んーん」
「いいから頬を緩ませろやオラァ!」
表情筋が攣りそうな俺は変顔のまま久奈に攻め寄る。オセロ盤をひっくり返して久奈の上に跨り、至近距離で変顔を晒す。これでどぅーだ?
「なお君近い……」
「笑えー!」
「……」
ここまでしても久奈は笑み一つこぼさない。ち、ちくしょう。今日も駄目なのか。不意打ち変顔作戦は失敗に終わった。
「ジュース持ってきたわー、って久奈ちんに何してんだクソ息子!」
扉が開いて母さんが入ってきた。部屋の中、久奈に跨って舌デロンデロンさせる俺。どう見ても、俺が襲っているようにしか見えないよね。
母さんは目にも止まらぬ速さで急接近すると、ルフィよろしく腕を振るって俺の変顔に目がけて渾身のパンチ。
「久奈ちんから離れろ馬鹿カス息子ぉ!」
「ぐぎゃあああああ!?」
オセロで大敗、睨めっこでも完敗。俺の顔面は吹き飛んだ。