第55話 カオス三学期
新年が明けて一週間が経った。今日から学校が再開する。
「憂鬱だ」
その他にも嫌だ、しんどい、水の神殿ムズイ等の台詞を毎分ぼやくもそんなことで立ち塞がる現実が変わるわけがなくダンジョンの難易度が変わるわけもなく、虚しさと鞄を抱えて半月ぶりの一年二組の教室に入っていく。
いやマジでそろそろ水の神殿クリアしたいんだが。俺いつまで詰んでいるの。最後にシークに会ったの何ヶ月前だよ。ガノンドロフも「まだかなぁ……」と心配するレベル。
「やあ直弥、あっけおっめー」
教室に入れば即座に話しかけてきたのは丸坊主のアホ面男子、向日葵麺太。
俺は軽く会釈して横を通り抜ける。こちらとしては挨拶を返したつもりでも彼がそれだけで満足するはずがなかった。ぺちゃくちゃと喋りだす。
「冬休みはどうだった? 僕は新たにラーメン屋とうどん屋、合わせて九つの店を食べ歩いたよ」
当然俺は無視。席に座って鞄を机のフックにかけると背もたれに体重を乗せて一息つく。その間も麺トークは止まらず寧ろ加速していった。こいつフリーダム。
「年越しそばはもちろん食べたよねっ。聞いてよ、僕は自分で麺を打ったんだ。あれは最高の年越しそばだった。元旦はおせち麺を作って親戚中から大絶賛だったよ!」
当たり前のように言ったけどおせち麺って何。ラーメンのトッピングが黒豆や数の子? 向日葵一族の常識とか知らんわ。
はあー、始業式が始まる前から麺太が鬱陶しい。去年に引き続き今年も騒がしくなりそうだ。
「あっという間の冬休みだったね~」
ホントそうだな。
「二週間の休みのうち初めの週は補習があってさ~、まいったよ。本当、まったく……二十四日にさ、ふ、ふふ……」
「麺太?」
様子がおかしい。顔が笑っていない。
先程まで意気揚々と語っていた麺太は俺の机を掴むと、大絶叫と共に机をぶん投げた。
ちょっと待て……もしや、記憶を取り戻
「クリスマスは補習だったんだぞ僕は! 帰り道はカップルだらけ。何あれ、殺すつもりか!」
ガシャーン! 机が床に叩きつけられる音よりも轟く麺太の絶叫。教室内はパニックだ。麺太がキモすぎて。
鼻水を飛ばして涙を流す。その鬼気迫る形相に深く刻まれたシワが絶望と怒りを剥き出しにしていた。
「どいつもこいつも良い笑顔で幸せを噛みしめてさぁ! 僕は苦汁を味わっていたというのにいいいぃぃ!」
「お、お前、クリスマスの記憶を取り戻したのか」
ショックのあまり自己防衛機能が封印した記憶を思い出したらしい。
あの日はパスタマシンを持って嬉しそうに帰った麺太が、今では鬼の皮を剥いでそのまま被ったような恐ろしい顔で俺を睨んでいた。
「この世の地獄を見たね。しかも直弥……」
「な、なんだよ」
「イブの日は外にいたでしょ」
「……さあ?」
「はいダウト。とぼけんなよ! 貴様わぁあ! 柊木さんと! 一緒に! 歩いていたじゃんかあああぁあぁぁ!」
うっ!? み、見ていたのかよ。もしやそれが原因で記憶を失ったんかい!
「イチャついてよぉ。ベッタリくっついて一つのマフラーを二人で巻いてさぁ!」
「ごめん麺太、ボリューム下げて。結構恥ずかしいんだけど!?」
「黙れ黙れよ黙りやがれぇ! 僕は、リア充を、断じて許さない!」
とうとう血の涙を流しだしたよ麺太君!? ギャグ漫画じゃないんだからそう簡単に血涙するんじゃねぇ! リアルで血涙って深刻な症状だからな!?
血涙麺太は今しがた自分が投げた机を取りに行った。
「……」
しばし訪れる静寂の後、机を抱えて元の位置に戻し掴むとぶん投げた。
「僕はクリスマスイブは補習だったんだぞぉ!」
「TAKE2!? なぜ二回も投げた、俺の机を壊すつもりか!」
「うるさいシンプルにクソ野郎が!」
「シンプルにクソ野郎!?」
「あんな可愛い子とラブラブしてこの野郎ぉ!」
血の涙を散らして咆哮する麺太は俺の机では発散しきれなかったのか、他の人の机も投げ始めた。
「今のは僕の分。次は僕の分。これは僕の分、そしてこれは僕の分だぁ!」
「全部お前じゃねぇか!」
ワールドストロンゲストマンみたいにポンポン投げるな!
か、カオスだ。正月に見た柊木家よりカオスだよこれ。麺太単体で柊木家での一件を超えちゃったよ、今年起きた惨事をニューレコードだよ……。
「きえええぇリア充は消えてなくなれえええぇ!」
年が明けて三学期の幕開け、心機一転さあ頑張ろうという最初の日がこうも荒れるなんて……。
去年と変わらず騒がしくなりそうと言ったがそんなものじゃない。今年はとんでもないことになりそうです。机を放り投げて暴れる麺太を見てそう思った。
「今から始業式だ、体育館に移動しろ。ただし向日葵と久土はグラウンドに行け。二十周な」
担任が舌打ち混じりにそう言った。
……え、ていうか俺も!? なんで!?




