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第54話 今年の運勢は吉祥寺

 新年初の食事会は混沌と化す。

 娘に逃げられたと嘆く久奈パパは日本酒を一気に呷ると、どす赤い顔でテーブルに顔面を叩きつけてそのまま動かなくなった。その一連の流れを見ていた久奈ママはケラケラと笑い、さらにゲラゲラと大笑いに進化して呼吸もままならない状況に陥っていた。


「私の一人娘が、愛娘が……ぐすっ」

「ぎゃははは! あ、あ、っ、ぎゃっははははは!」


 久奈の両親はボロボロで俺の両親も似たり寄ったり。父さんはなぜか意味もなく久奈パパと同じペースでお酒を飲んだせいでダウン。母さんも場の空気に感化されて次第に余所行きの仮面が剥がれていった。

 実は四人の中で一番お酒を飲んでいた母さんのアルコール許容量は限界を超え、トイレから出てこなくなった。


「ゲロ男の蔑称を持つ俺でも引くわー」

「クソ息子ぉ、水持ってこいや」


 やっとトイレから這い出てきた母さんにミルミルを渡す。ここぞと言わんばかりに普段の仕打ちに対して復讐を遂行する俺も中々に曲者だと思いません?

 それに母さんはミルミルを飲んでも文句一つ言わない。水と乳酸菌飲料の違いが判別不可な程に酔っているらしい。あ、またトイレに戻った。


「新年早々カオスだ……」

「なお君、初詣に行こ」


 四人の大人に困惑する俺の服の袖口を久奈が掴む。初袖掴みである。初キュンキュンする。あ、新年だからなんでも『初』をつければいいと思っている系男子、久土直弥です。


「大人達は放置でいいのかよ」

「大丈夫。絶対に大丈夫」

「何を根拠に絶対て……まぁ、いっか」


 あとは自力で頑張ってくださいと互いの両親に告げて俺と久奈は外出することに。


「やっぱ外はさみー」

「ん」


 薄い浮雲の中で燦々と輝く太陽の下、目指すは神社。

 やっぱ初詣には行かないとね。都合が良いことに俺らの住むマンションから徒歩十分とかからない場所に神社がある。


「一年ぶりだな」

「ん、当たり前。そんなことも分からないなお君は超お馬鹿」

「君たまに毒攻撃してくるよね」


 鳥居を抜けると長い石段。傍らに立てかけられた看板には神社に関するありがたいお言葉がかかれているのだが、その文字の上から『この階段をウサギ跳びで登ると彼女ができる!』と汚い文字で落書きされている。


「ったく、この落書き去年のままか。誰が信じるかっての」


 俺は鼻で笑うと看板を手の甲でコツンと叩く。

 直後、膝を深く曲げてしゃがみ込んで手を後ろで組む。

 誰が信じるかって? 俺はずっと信じている! 今年こそ登りきってみせりゅうぅぅ!






「も、もう駄目……」

「ファイト。今、四十三段だよ」


 ここの神社の石段は百段あることでプチ有名。そっか、まだ半分にも到達していないのね……!


「あ、あかん、足の筋肉が千切れる」


 太股はパンパン、次の段へ跳ぼうと力こめても動いてくれない。今年も駄目だったか……。

 来年にリベンジを誓って立ち上が、れない。足が痛くて痛くて、ひぎぃ、これ明日筋肉痛になるやつだ。去年もそうだったし。


「あぐぅ……」

「なお君」

「うぅ、久奈ぁ」

「ん、任せて」


 久奈は俺の腕を肩へ回すと支えてくれた。


「……ん。行こ」

「サンキュー、いてて」


 支えられながら足を引きずりながら、ゆっくり階段を登っていく。

 後ろから追い抜いて行く参拝者が「何やってんだこいつ?」と訝しげな目で見てくる。さらに言うと、俺らの前方にいる人達はさっきまで「何やってんのこいつ!?」の目で見てきていました。来年には元旦ウサギ跳び男と噂になっているかも。


「去年は三十七段だったからプラス六段だね。成長しているよ」

「その計算だと俺が百段達成するのは十年後になるな……」

「加齢による運動能力の低下を考慮すると達成は厳しいね」

「なぜ絶望を与えた!?」


 久奈に支えてもらって石段を登りきる。

 今年も助けられた。手水舎で手を清めながら、この水飲みたいなと渇いた喉が鳴る。


「ありがとな。来年はトレーニングを積んで挑むわ」

「……」

「どうかしたか?」

「達成してほしいけど途中でリタイアもしてほしい」

「いや意味が分からぬ」


 何を言っているんですか。二律背反するエールだったぞ。最近覚えた単語、二律背反を使いたいだけ説。

 久奈の言ったことがイマイチ理解出来ないまま、人混みの波に流れて進んでいく。やはり初詣に来る人は多く、クリスマスと違って老若男女と幅広い年代の方々で賑わっているのに熱気がなく落ち着いた雰囲気で良い。


「何をお願いしようかな~」

「七夕じゃないよ。参拝は一年の平安と無事を祈願するんだよ」

「マジレスかい」

「ん、マジレス」


 などと話しているうちに前へと来た。神前と言うのかな? 鈴やら賽銭箱があるやーつ。

 神社は二拝二拍手一拝だ。毎年ググっています。会釈して五円玉を投じ、大きな鈴を鳴らす。ガランガラ~ン。


「……」

「……」


 ペコペコと頭を下げてパンパンと手を叩く。

 どうすか神様、俺の表現力の乏しさ去年と変わってないでしょ? あ、違う違う祈願しなくちゃ。

 えーと……今年こそ久奈を笑わせたいです。どうか、何卒、よろしくお願いします。


『その願い、聞き届けたぞ』


 えっ、なんだ今の声!?

 ……とはならない。そんなのは某野球ゲームのサクセスだけだ。ちょっとだけ期待したけど今年も聞こえなかった。


「なお君は何をお願いしたの?」

「無事と平安」

「つまんない」

「おい!」


 あなたが言ったんじゃないですかっ。それをつまらないって一蹴するのはちょいと酷くありませんこと! まあ本当はちゃっかり個人のお願い事もしたんですけどねっ。


「じゃあ久奈は何をお願いしたんだ」

「受験のお願い」

「ま、真面目」


 大学受験はまだ先だろ。とか言っているとあっという間にセンター試験なんだよね……ヤベェよヤベェよ。俺の学力で受かる大学があるといいな……。

 二年後が不安になったので神様に「学力が欲しいです」と追加注文する俺の横で、久奈がポツリと言う。


「あともう一つは……んん、言わないでおく」

「え、教えろよ」

「言わない。一緒におみくじ引こ」


 久奈に連れられておみくじ売り場へ。恋愛、学業、金運、健康等の文字が書かれた箱が並んでおり、それぞれの箱の横にはお金入れ。

 財布から百円玉を取り出し、さーてどれを引こうかな。


「ま、今年もこれだな」


 多種多彩なおみくじは引かず、一番大きな箱にお金を投じた。

 一般的なスタンダートタイプのおみくじだ。普通が一番なのさ。ソフトクリーム屋さんでイチゴや夏ミカン等の変わった味があっても結局はバニラが最強と同じ原理です。

 指でつまんだおみくじを開く。まずは今年の総合的な運勢を確認しよう。我は大吉を所望するぞよ~。えーと、


「おっ! 吉……祥寺?」


 おみくじには『吉祥寺』と記されていた。


「なぜ地名!?」


 なんだこれ、井の頭公園に行けばいいのかな!?

 これ絶対印刷ミスだろ。こんなことってある? 面白いからツイートしたいけどしたら『嘘乙』『嘘松さん』って貶されるだろうしそもそもSNSはやっていなかった! てへっ! 初てへっ! うーんくどい。

 吉祥寺の文字の下には学業や健康について神からの一言。どれもパッとしない。待人の欄に至っては『探す必要なし』と書かれていた。それは俺に運命の相手なんて存在しないから期待するなってことですか神様コノヤロー!?


「くっ、巫女さんに文句言いたい。運勢の悪さ関係なしに純粋なクレームを入れたい! ……あ、久奈はどうだった」

「内緒」


 俺が振り向くと久奈が素早くピンク色のおみくじを折りたたむ。

 ピンク色はどのジャンルのおみくじだっけ? まあ人に見せるものじゃないし詮索は控えよう。


「詳細は聞かないから運勢だけ教えてよ」

「大吉」

「そりゃおめっとさん」

「なお君は?」

「……吉祥寺」

「面白いね」


 面白いと言って無表情の久奈。だったら笑えよぉ~、って去年からずっと言ってるよぉ~。

 ……今年も久奈を笑わせるのは難しいのかもしれない。でも頑張ります。決意し、俺はとりあえずクレームを言うべく巫女さんの元へ直行した。

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