第53話 カオス柊木家
柊木家。キッチンに併存されたダイニングルームに入ると、テーブルの上には豪華なおせち料理や揚げ物がズラリと並んでいた。久奈ママが腕によりをかけて作ったのだろう。
「作りすぎちゃった、ぶはははっ」
当の本人は腹を抱えて笑い転げている。やっと収まった発作が再発しちゃったよ。ぶはは言ってまっせ!?
そこへ母さんが持ってきた料理を並べてテーブルはさらに料理でいっぱいいっぱい。これを六人で食べきるの? たぶん無理。それが正月。どんっ。
「さあ皆さん、どうぞ席へ」
久奈パパはそう言うと自分の奥さんの腕を持ち上げている。
久土家の人間、特に母さんは完全に余所行きモードなので慎ましく「おほほ」と微笑んで椅子に座った。この猫かぶりババアめ。
テーブルには久奈パパとママ、そして向かい側に父さんと母さんが座った。で、俺は違うテーブルへ。
四人掛けのテーブルとは別にローテーブルがあり、子供の俺と久奈はそこに座るのがいつものこと。だったはずが、
「あれ、久奈は?」
胡坐をかいて座る俺の前に久奈の姿がない。
キョロキョロと見渡せば久奈は大人達のテーブルで椅子に座っていた。
「久奈も大きくなったからね~。今年からはパパの隣に座ろうかっ」
久奈パパがとろけるような笑顔で久奈の頭を撫でている。
新たに椅子を購入したのかー……いや、待て、よく見れば久奈パパは椅子に座っていなかった。正確に言えば、空気椅子をしていた。
ん……ちょ、え? 自分の席を久奈に譲って自分は空気椅子!? そこまでして娘を隣に座らせたいのかよ!?
「ごめんね直弥君、椅子は五つしかないんだ」
「いや四つ……」
お義父さん、あなたの足めっちゃプルプルしてますよ。さすがに年齢が四十を超えたおっさんには無理が……空気の上に座るのは三十秒も持たないだろう。
……そのはずが久奈パパは頑張る、めちゃくちゃ頑張っている。澄ました笑顔で新年の挨拶と乾杯の音頭をしておせち料理を食べている、空気椅子のまま。
凄まじいガッツ。どんだけ娘と一緒に食べたいんだよ……。
「さあ久奈っ、どんどん食べてね。お酒飲む? あはは、それはまだ早いか~。久奈の成長が楽しみでパパ泣けてきちゃうよ」
いや泣いているのあなたの膝! プルプル震えているって! とっくに限界を迎えているってば!?
お、恐るべき娘への愛。そんな久奈パパを見て久奈ママは呼吸出来ない程に笑っている。ヤバイヤバイあの人死んじゃうって。
父親も母親もそれぞれ違う意味で限界突破しているよ。なんだこの一家、新年から奇行が過ぎるぞ!?
「ねえお父さん」
「なんだい久奈っ」
「私、なお君の隣に座る」
「……へ?」
だからこの椅子はパパが座って、と言うと久奈はこちらへと来て俺の隣にピッタリと座った。
え、あの、向かい側に座ればいいんじゃない?
「ひ、ひさ……がふっ」
時間にして三分。足腰に蓄積した疲労は尋常ではなく、娘が離れたことが決め手となって久奈パパは絶望の表情で床へと崩れ落ちた。
聞こえてくるのは泣き漏らす掠れた悲鳴と、ゲラゲラ笑う声。カオスだ、柊木家カオス……。
「なお君、あけましておめでとうございます」
「お、おう。あけましておめでとう」
「昨日はなお君が寝ちゃって一緒に年越し迎えられなかった」
「あ、ご、ごめん。えっと……お父さん放置していいの?」
「ん、大丈夫。これ食べて、私が作ったの」
取り皿に料理を盛ってくれる久奈。見慣れた淡々とした動作を見つつ、久奈パパさんのご冥福をお祈りした。
「でもなお君が寝たおかげでいっぱい堪能出来た」
「何をだよ」
「言わない」
「えぇー……?」




