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第52話 久奈パパママはクセが強い

 床から起き上がる。カーテンの隙間から差し込む日差しが朝を告げていた。

 この朝日は、俺が今年初めて見る太陽の光。カーテンを開けて初日の出を拝む。


「あけましておめでとう、俺」


 元旦。一年の始まりの一日である。

 大きな欠伸をかまして昨日の、大晦日のことを思い返せば……そうだ、久奈と一緒に年越しそばを食べてカウントダウンを迎える予定だった。

 で、寝落ちして今起きたと。


「年越しまで起きてるつもりが途中で寝落ちしたパティーン……」


 高校生だろ俺ぇ。十二時まで夜更かし出来ないなんてティーンズの面汚しですよ。がくっ。

 あ、毛布がかけられている。久奈がかけてくれたのかな……ごめんね、一緒に年越しを迎えられなくて。


「さっさと起きろカス息子ぉう!」

「元旦からハイテンション!?」


 新年の挨拶をせず代わりに初息子罵倒を決めた母さん、化粧をバッチリ決めて着物に身を包む。

 なんすかその正月感バリバリの張りきった格好は……あぁそうか。


「今から柊木さんのお家に行くやろが。はよ準備しろやクソ愚息!」


 早くも今年二回目の息子罵倒。カスの次はクソですかい。

 久土家と柊木家は仲が良い。同じマンションに住む十年来の付き合いで、元旦は一緒におせち料理を食べるのが恒例行事となっている。

 新年の挨拶と食事会、見栄張りの母さんがメイクと服装に気合い入れるのは至極当然。着物を着ちゃってなんとまぁ張りきっていること。


「四十秒で準備しな」

「ドーラ一家? とりあえず母さん、あけましておめでとうございます」

「はい残り三十三秒」

「せめて新年の挨拶は返せ! ドーラでももう少し優しいからな!?」






 顔を洗って着替えて準備完了。こういう時は寝癖のつかないサラサラ髪がありがたい。

 冷蔵庫から取り出したミルミルを飲んで今年初ビフィズス菌を摂取。


「お待たせ」

「黙れクソ愚息」

「辛辣すぎない?」

「はよ出ろやクソ愚息ハゲ親父」


 母さんに急かされて俺と父さんは玄関から追い出される。

 父さんも着物を着ており、頭にニューヨークハットを乗せていた。その組み合わせはどうなのさ。ハゲを隠したいからって和洋折衷コーディネートはおかしい。


「ちっ、直弥のせいで遅れてしもた」

「やっと名前で呼んでくれたな」

「着いたら柊木さん達に土下座しろや」

「元旦に土下座とかレベル高すぎる。いや人間レベル低すぎ?」


 などと騒いでいるうちに父さんがインターホンを押した。玄関は開いており、去年と同じようにお邪魔する。

 同じマンションの同じ階の、柊木家。家の構造は変わらないはずなのにウチとは比べものにならない清潔さと高級なオーラが出ている。玄関で既に漂う匂いが違う。

 ほへ~、やっぱ柊木家はオシャレで立派だなと感心していると、


「下げろ」


 短く鋭く低い声。俺の頭は無理矢理下げられた。

 それは母さんのスイッチが切り替わった合図でもあった。母さんは手早く俺を土下座ポジションに押さえ込むと『近所の上品なおば様』口調にバリアチェンジ。


「あけましておめでとうございます~。本年もどうぞ宜しくお願いします~」


 いつものエセ関西喋りを露程も見せず、母さんは慎ましく丁寧な口調で柊木家の人達に挨拶をした。でも手は俺の頭をガッチリ押さえ痛い痛い、頭痛い!


「おほほ、遅れてごめんなさいね~。直弥が寝坊しちゃって。コラッ、ちゃんと謝りなさい」


 穏やかな叱り方なのに俺の頭頂部を鷲掴みにする手の平は「テメーさっさと土下座しろ」とプレッシャーを与えてくる。五指が万力の如く頭皮に食い込んでいく。痛い痛い! わ、分かったよ謝ればいいんだろ謝れば!

 玄関に身を丸め、両手の先を添えて頭を床へつけた。祝・新年・初・土下座。マジ惨め!


「あはは、やめてよ直弥君。ほら顔を上げて」


 顔を上げると柔和な笑みを浮かべる女性が俺に手を差し出していた。美しい顔立ち、整った目と鼻は俺の幼馴染、久奈に似ている。

 この人は久奈のお母さん。美人さんだ。久奈と違ってよく笑う、というか常に微笑んでいる。


「あ、あけましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました」

「あけましておめでとうございます。んーん、こちらこそ直弥君には助けてもらってばかりだもの」


 久奈ママは口元に手を添えて優しく微笑んでくれた。次の瞬間、


「直弥君は本当いつもいつも面白くて……ぷぷっ、うふふっ、あははは!」


 手で覆っても意味がない程に大きな口で笑う久奈ママ。ゲラゲラと恥ずかしげもなく口を開いて大笑いしている。……出たよ。

 この人はよく笑う。そりゃもう笑いまくる。少し話をしただけでご覧のあり様、発作のように延々と笑い続けるのだ。なんだこの人、と何回思ったことか。


「だ、大丈夫ですか」

「最近は学校で吐いているんだよね。あだ名は朝昼夕ゲロ男なんだよね、ふふっ、あっははははははははは!」

「あ、もう駄目っすね」

「一日三食みたいに一日三嘔吐……ふひ、ひぃひぃ……あははははははは!」


 自分が言ったことを自分で笑う始末。お腹を抱えて涙を浮かべ、久奈ママはピクピク震えながら尚も笑い続けた。笑いの沸点が低すぎぃ!


「柊木さん相変わらず綺麗やな~。そしてオモロイな」


 母さんが耳打ちしてきた。俺もそー思う。

 俺は小さく溜め息を吐くと、いつまで経っても玄関で笑い続ける久奈ママの背中をさする人物へ頭を下げる。整った七三分けの髪、丸眼鏡をかけた男性は小さく会釈をしてくれた。

 こちらは父親、久奈パパだ。清潔感ある紳士のような人で、眼鏡をクイと上げると嘆息にも似た声で軽く笑う。


「すまないね直弥君、この人は一度笑うと止まらないんだ」

「ええ知っています」

「そのうち収まるから皆様どうぞ中へ」


 久奈パパがニコリと微笑む。

 父さんと母さんはその横を通ってリビングへと向かい、俺も続こうとしたら、


「直弥君、待ちたまえ」


 ガシィ!と腕を掴まれた。久奈パパが、これでもかと言わんばかりに目いっぱい力を込めて俺の腕を握り潰そうとしてきた。

 ……この人も相変わらず、か。恐る恐る久奈パパの顔を見ればパパさんは微笑んでいた。暗く、暗く、真っ黒の笑みで。


「君のことはすごく、すごーく信頼しているよ? でもね……久奈に手を出したら、どうなるか分かっているかな」


 鬼の顔で笑う。矛盾しているけど実際そんな顔をしている久奈パパ。

 気づけばもう片方の手でモデルガンを構えてマフィアみたく銃口を俺の眉間へ突き立てる。ひいぃ!?


「あ、あの」

「直弥君のことは実の息子のように思っているよ。でも久奈のことはもっともっと、それ以上に大切で愛おしいんだ。分かるよね」


 にこぉ、と微笑んでいる。が、笑っていない。目が笑っていない……。目を細めて頬を緩めて、威嚇するようにモデルガンをグリグリと押しつけてくる。

 で、出たよ。この人は娘のことが大好きなのだ。溺愛しまくりで、故に娘へ近づく男を排除しようと常に武器を所持している危険な人物。

 俺もこれまでに何度も殺されそうになった。今も下手言えば殺される……眉間にBB弾ぶち込まれる!?


「十一月の旅行の時は久奈が世話になった。久奈を君の家に泊めてもらったけど、まさか同じ部屋で寝たわけじゃないよね?」

「もがっ!?」


 モデルガンを口の中に突っ込まれた。あかん、これマフィア映画で観たことあるシーン!


「久奈に聞いても何も答えないんだ。ねえどうなの? まさか本当に……」

「ち、違いまふ! 違う部屋で寝まひた!」


 嘘をつかないと命がない。必死に否定して首を左右へ千切れんばかりに振る。


「な、何もしません。手は出しましぇん……」


 恐怖で歯が震えてモデルガンにガチガチと当たり、喉から弱々しく声を振り絞る。

 しばらくして久奈パパは、母親と同様に優しく柔和な笑みを浮かべてくれた。目も笑っている。


「そうかそうか。いやあ、それならいいんだ。驚かせてすまないね」

「は、はひ」

「ささ、中へ入ってくれ」


 モデルガンをしまう父親と、床にうずくまって未だに笑い続ける母親。これが俺の幼馴染、久奈の両親。どちらも娘と違って笑みが多く、どちらも娘と違ってクセが強い。

 ……新年早々すげー疲れそうだ。俺は久奈パパに聞こえないよう小さく溜め息を吐いてリビングへと進む。

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