表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/150

第51話 パスタマシンと忘却の麺太

 あと三日で今年も終わり。イッツァ年末。

 今から麺太がウチに来る……非常に不安だ。あいつたぶん、心が死んでいると思う。

 クリスマスイブに補習とはそれ程に残酷なのだ。ああ、自我崩壊した級友と会いたくない。


「やっほーぃ直弥、遊びに来たよ」


 坊主頭の男は明るい挨拶で鷹揚に手を掲げて部屋に入ってきた。健やかな笑みといつものアホ面。あまりに自然な姿に俺は面を食らった。

 あ、いや、麺太相手だから麺を食らった、みたいな上手いこと言ったつもりではないです。ご麺なさい。


「いやぁ、年の瀬だね。イッツァ年の瀬」

「本当に麺太なのか?」

「ウホ? 何を言っているんだい。僕は向日葵麺太、この素晴らしき名とイケメンフェイスを忘れたのかい」


 麺太はそう言うと腰を下ろしてとびきりの笑顔とサムズアップ。いつもの、デフォルトの、間抜けな面したウザキャラ麺太だった。

 どういうことだ。イブの日に補習というこの世の地獄を味わった男子高校生とは思えない朗らかな態度じゃないか。


「なあ、尋ねるのは酷だとは思うけど、その、先週の土曜は……」

「土曜日? 何かイベントでもあった?」


 クリスマスイブがあったぞ。土日にクリスマス、世界がリア充に味方した週末だっただろ。

 それなのに麺太は頭を掻いて何も分からないと邪気ない笑みで見つめてくる。

 俺の中で一つの仮説が浮かんだ。もしや麺太は、記憶を失くしたのでは?


「ウホウホ? 何かあったなら教えて」


 二十ある全ての爪を剥がされるより激痛を伴う聖夜のイチャイチャムードを見た際、このままでは心が死んでしまうと脳がとっさに記憶を抹消したのだろう。人の自己防衛機能ってすごい。

 麺太は何も覚えていない、クリスマスという概念を忘れた。……となれば俺がすべきことは、


「ほ、ほら、土曜はバイオの映画があっただろ」


 真実は告げないでおこう! 辛い記憶を掘り起こす必要などない。それがこいつの為になる。


「なんだそれか~。録画したのを観たよ、巨大リッカーの迫力がすごかったっ」

「だ、だよな~!」

「直弥も観たんだね」


 いや俺は観てないです久奈と過ごしていました。


「最新作が今上映中だよ。観に行かなくちゃ」

「ああファイナルね。あれ観ようと冗談言ったら久奈が怖がってさ」

「柊木さんと映画館行ったの? 確か上映開始は二十四日だったような……」

「っ、ば、馬鹿野郎! 映画館になんて行ってねぇよ馬鹿! 何を言っているんだ麺太この野郎馬鹿野郎~!」


 危ねぇ、ついイブの日の思い出をポロッと話しそうになった。クリスマスという単語は発してはいけない!

 記憶が戻ったら麺太の自我は崩壊するし、狂乱して俺を刃物で刺しかかる恐れもある。その実、刺される可能性を危惧した俺は服の下に少年ジャ○プを一冊仕込んでいます。


「ねえ、やっぱり何かあったんじゃないの」

「うるせぇよ馬鹿野郎麺野郎~! んなことより今日は何か用があったんじゃねぇの!?」


 俺を刺すのが目的じゃないとしたら一体どうして俺の家に来たんだって話だ。

 普通ならもっと疑うはずなのに、アホの麺太は「おおそうだ!」と嬉しそうに鞄の中から箱を取り出した。アホで良かった。


「直弥とプレゼント交換しようと思ってさ。はいこれ」


 箱の包装を破って蓋を開けると……銀色のゴツイ器具が出てきた。


「何これ!?」

「パスタマシンだよ」

「パスタマシン!?」

「知らないの? これに入れてハンドル回すとパスタが作れるんだ」


 いやそれが聞きたいんじゃなくて! 友達にパスタマシン贈ろうと思ったお前の思考回路に疑問を持ったんだよ!


「ふふっ、僕の抜群なセンスにビックリしたかい」


 うんすげービックリした。ビックリする程に……い、いらねー。一般家庭の主婦でも持て余すグッズじゃねーか。俺は絶対使わない自信がある。

 なんだこいつ。パスタマシン渡す為だけに来たの? なんでこいつ満足げなんだよ!


「それで、直弥は?」

「何が?」

「何って、プレゼント交換だよ。直弥から僕へのプレゼント」


 え、えぇ……? 俺も何か渡さなくちゃいけないのか。

 急にそんなこと言われたって何も用意していないんだが……。


「焦らさないで。ほら直弥早く!」

「あー……じゃあ、これ」


 俺は服の下からジャ○プを取り出す。


「……ジャ○プ?」

「お、おう」

「しかも合併号」

「今の時期は、まあ、ね? ほら漫画家も休み欲しいじゃん?」

「妙にぬくいんだけど」

「め、麺太が読みやすいよう懐で暖めておきました!」

「ん、まあ、最新号読んでいなかったら一応は嬉しいよ」


 やや不満げながらも麺太はありがとうと言ってジャ○プをペラペラめくる。

 防護用に仕込んでおいたのが功を奏した。ありがとうジャ○プ。サンキュージャ○プ。


「こう言うと厭らしいけどさ、僕の贈ったパスタマシンに比べて直弥のプレゼントは値段が安いよね」


 値段的にはそうだが俺個人の価値観としてはジャ○プの方がパスタマシンより貰って嬉しい品だわ。パスタマシン欲しがる高校生なんてお前だけだから。


「つーかなぜプレゼント交換をしたかったんだ」

「今日の直弥はおかしなことばかり言うねぇ。プレゼント交換は当然でしょ、だってクリスマ……ん、んんん?」


 ジャ○プを読む麺太の手がピタリと止まった。頭を抱えて呻きだした。ま、マズイ。記憶が!?


「あ、あれ? 今僕は何を言おうとして……」

「駄目だ麺太! 思い出そうとしたら駄目だ!」

「プレゼント交換……クリス、クリ……あ、あ、あっ……?」


 今、この時、俺は現実で初めてその光景を見た。漫画やアニメでよく見る、記憶喪失のキャラが記憶を思い出そうとする光景を。

 両手で頭を抱えたまま麺太はフラフラと立ち上がって嗚咽を漏らす。焦点が定まらず不格好に口の端から唾液を垂らして顔面は蒼白。


「ウホウホ? ウホ、僕は、先週の土曜……あ、あ、確か、土曜は、クリスマスイ……」

「麺太駄目だああああ!?」

「あああああああ、っっ、んh0@349あhg……ふんぬっ!」


 今、この時、俺は初めてその光景を見た。というか漫画やアニメ、ドラマや映画でも一切見たことない。人が自分で自分の頭をパスタマシンで強打する光景を。

 麺太はパスタマシンを躊躇うことなく全力で振り下ろした。自分の脳天目がけて。


「がはっ!?」


 記憶の復活を恐れての行動なのだろう。思い出して精神が破壊されるのを防ぐ為、自己防衛が働いたのだ。自己防衛機能マジですごくね!?


「ごふっ、直弥……」

「め、麺太」

「ハッピー、クリスマ」


 自らの頭をパスタマシンで叩き割った麺太は吐血して、ニコリと悲しげな笑みを浮かべると倒れた。安らかに目を閉じて、そのまま動かなくなった。


「麺太……イッツァハッピークリスマス」


 その後起きた麺太に、これあげるとパスタマシンを押しつけたら麺太は嬉しそうに持ち帰った。記憶の忘失って便利だな!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ