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第50話 光のトンネル

 しんしんと冷える夜。真っ黒な空に浮かぶ蒼色の月も凍えてしまいそう、とポエムを詠んじゃうくらい冷たい風が頬に刺さる。

 夕方前に通った駅前の広場は予想通り人が増えていた。今から長渕さんのライブ始まるの?ってくらい賑わっています。あとイチャイチャムードがすごい。これが所謂リア充ってやーつ。


「綺麗だね」


 久奈が呟く。俺達の前方には、視界に収まりきれない程のキラキラと眩いイルミネーションが広がっていた。

 壮大で豪華、クリスタルの電飾で飾られた華やかなイルミネーションは闇夜に映えて圧巻の光景。作り上げられた光の珠の曲線と束は神秘的でロマンチックで見る人々を虜にする。

 すんごい……こりゃ皆さんこぞって見に来て写真を撮りまくるわけだ。俺も撮っておこ。待ち受けにしようかな。寒さで悴む手だと微妙にブレてしまうので良い写真が撮れるまでひたすら連写。


「ツリーがある。もっと前で見たい」

「あぁんブレちゃう」


 連写する俺の腕を掴んだ久奈が引っ張る。わしゃ犬か。リードみたいに引っ張らないでぇ。

 前へ進めば人の密度が増すし、埋め尽くすカップルのラブラブ度も増す。イチャイチャ、そりゃもうイチャイチャとした雰囲気が充満して二人だけの世界が至るところに発生している。


「ここ公共の場だよな。当然のようにチューしている人ばかりなんですけど。きゃーっ」

「なお君うるさい。他の人じゃなくてツリーを見ようよ」


 騒いでいたら叱られた。サーセン。

 チューする音とシャッター音が聞こえる中、クリスマスツリーの前に立つ。ツリー……おおぉ!

 円すい型のクリスマスツリーはLEDの明るく青白い光を放つ。とてもとても大きく、てっぺんには金色の星が輝いていた。


「マジで綺麗だな」


 厳冬の風が吹きつける。光の木は揺れることなく堂々と立ち、見上げる人々をいつまでも飽きさせることなく照らす。ただただ圧巻だった。

 クリスマスイブ、特別な日。イルミネーションに目を奪われていくうちに心は満たされ、今日という日が忘れられないものになった。


「一緒に写真撮るか?」

「ん、勿論」


 近くにいた人に頼んで俺と久奈はツリーをバックにして立つ。イェーイ、はいチーズ。

 撮ってもらった写真に写る、とびきりのスマイルを浮かべる俺と口元でピースをする無表情の久奈。む・ひょー・じょー。

 撮影してくれたお兄さんが「こ、これでいいの?」と撮り直しを提案してくるがこれでいいんです。この子これがデフォルトなんで。


「後で送ってね」

「りょーかい」


 携帯をポケットに戻し、次に撮影する人達の邪魔にならないようツリーから離れていく。俺が特別な光景を噛みしめるように彼らもまた特別な夜を楽しんでいるのだ。

 さて、イルミネーションも観たことだし大満足だ。遅くならないうちに帰りましょうかね。久奈と肩を並べて駅へと向か…………




 いやいやプレゼントおおぉ!

 満足げに心で語っている場合かっ、まだプレゼント渡せていないだろ!? 俺の馬鹿、凄まじき馬鹿っ。

 ……ホント何やってんの。今しがた、イルミネーションとクリスマスツリーの前にいた時に渡すのがベストタイミングだった。帰る雰囲気になった今どうやって渡せばいいんだよ!?


「あ、あー、その」

「? 何?」


 あ……無理ぃぃ! 駅へ向かって歩いている状態で渡せるかっ。ガム食う?ってノリじゃねぇんだよ。そんなサラッとした感じは無理なのん! なのん!


「いや、その、えっと、あれだよあれ、ほら……」

「?」


 ど、どうする。完全に渡すタイミングを失ってしまった。自ら「今日は満足。さ、帰ろうか」の空気にしたのに今更もう一度ムードを作り直すなんて出来ない。

 うぐぅ。ここまでほぼ完璧だったのに最後の最後でしくったぁあぁ! 俺のバカチンがぁ!


「えーとぉ、あのぉ、うんと……」

「どうしたの」

「あ~……あ、あ、うー……うふん」


 考えなしに言葉を吐き出そうと逡巡した挙句にセクシーボイスが出てきてしまった。なんで喘いでいるんだ俺ぇ……!

 そんな俺を、久奈はきょとんとして何事かと見つめるのみ。なんとかせねば……あ、あ、あぁ。


「なお君?」

「……帰ろう」


 結局はこうなってしまった。なんとかしなくちゃと焦り考えるも妙案には至らず自ら帰る宣告。情けないことに、帰ろうと言う時はすんなりと口が動いた。

 はぁ……逃げちゃった。せっかく用意したのに渡せずじまい。何をやっているんだ。せっかく追試をクリアしてイブの日を迎えられたというのに。


「あぐぐ……」


 トボトボと歩く。電車に乗ってバスに乗って家へと帰るのか……はぁ。






「待って」


 久奈の声。彼女は立ち止まって俺の背中を掴んだ。


「なんでしょか……」

「……」

「久奈?」

「もう少し、歩きたい」


 へ? もう少し歩きたいってのは、えっと……?

 戸惑うのは少しだけ。間髪入れず久奈が力を込めて引っ張ってきて俺の体勢は後ろへと傾く。たまらず声が出た。


「うっふん!?」

「変ななお君」

「い、いつものことだろ」


 ニュートラルでえづいたり噛んだりするのが俺らしさなんだろ。あらやだ自分で言って悲しい。


「んーん。今日のなお君はカッコイイよ」

「そ、そうなのん?」

「お店を予約してくれたり、服もオシャレで、私を守ってくれて、カッコ良かった」


 風が吹き、凍てつく寒さが肌を襲う。それに打ち勝つ程に、顔が熱を帯びて火照る。

 俺の顔面は漫画で言うところの『ぼんっ』状態だ。


「て、照れるからやめれ~」


 口で言うとさらに頬が熱くなる。ぐっ、どうした冬風、もっと息吹けよ! 寒くなれ、寒くなって俺の体を冷やせっ。クールダウンプリーズ!

 念仏よろしく気温低下を祈っているとまたしても目を奪われた。あれは、


「トンネル……?」


 歩き先にはどこまでも続くアーチ状のトンネル。その絢爛たる輝きと長さに驚いた。

 中に入れば光りの珠が花びらを模った形をしていることに気づく。昼間と変わらない明るさに目が眩んだ。無数の花びらの柔らかい光が身を包み、出口が見えない程に続くスケールの大きさに圧倒される。


「ほえー、こんなのもあるんだ」


 さっきのイルミネーションで満足していた心がもう一度震える。光の回廊を歩いては止まり、写真を撮ることも忘れてただただ眺めるばかり。


「なお君……」


 久奈が寄りかかる。俺の腕にピッタリとくっつき、頬をすりながら見上げてきた。自然と、目と目が合う。


「今日なお君と一緒に過ごせて楽しかった。すっごく……嬉しかった」

「……俺も、すっげー楽しかった」


 今しかない。頑張れ久土直弥。

 空いた右手で鞄から箱を取り出すと、こちらを見上げる久奈へと渡す。


「っ、なお君?」

「プレジェント……~っ!? ぷ、プレゼントだ!」


 ここで噛む自分がマジのマジで情けねぇー! アホ過ぎる。某野球ゲームならチャンス2じゃねーか馬鹿野郎。

 しかしめげない諦めない逃げない! ちゃんと言い直して、久奈へ向けて出来る限りの最高の笑顔を浮かべる。

 久奈が無表情なら、今はその分俺が笑おう。久奈のことを思えば自然と笑みがこぼれた。


「……私に?」

「き、決まってんだりょ」


 それでもまだ噛むんかーい。


「開けていい?」

「おう」


 通行の妨げにならないようトンネルの端に寄ると、久奈は箱の包装紙を丁寧に解いていく。

 ……喜んでくれるかな。


「これって……バレル」

「うっす!」


 箱の中にはバレル。ダーツのバレルだ。素材はタングステン90%のトルピード型。重心はやや前より。グリップ全面に幅広のリングカットが施されて手離れが良く、スリップ感の無い投げやすさを誇る女性プロプレイヤーモデル。デザインも可愛い。

 え、なんだって? どこか遠い世界から「なんでダーツの道具なんだよ」って声が聞こえた。あん? はぁん? 別にいいだろ。だって久奈ダーツ好きなんだもん。なんか文句ある?

 ……本当はネックレス贈りたかったよ!? でもネックレスってすげー狙っている感が出るじゃん!? 恋人かよって感じじゃん!? ビビッてダーツのバレルに逃げたけど何か文句ある!? ……俺の意気地なし。


「嬉しい。ありがとう」


 ま、まあ喜んでくれたみたいなので良しとしよう。うんうん。

 バレルを箱に戻して包装紙と一緒に鞄の中に入れる彼女を見つつ心が安堵する。良かった……渡せて良かったよ。ありがとう光のトンネル、良いムードでした。

 はいそこっ、それくらいのプレゼントだったら普通に渡せばいいじゃんとか言うんじゃありません! そこってどこ? なんか俺混乱している。


「ごめんね。私は何も用意してこなかった」

「気にせんでいいよ」

「今日はなお君に色々としてもらってばかりだね」

「まあ今日くらいはな」

「……もう一つ欲しいのがある」


 そう言うと手を伸ばす。指が俺の腕を通り、スルスルと伸びて首元のマフラーに触れた。

 欲しいのって、マフラー?


「え、これ?」

「ん」

「ん、じゃあはい」


 よく分からんままマフラーを渡す。

 別にいいんだけど……なぜマフラー。あなたにはその長いマフラーがあるんだから寒いわけじゃないだろうし。

 マフラーを取った久奈は、それを畳んで鞄の中に押し込む。……んん~? ん!?


「なぜに!?」

「なお君寒くない?」

「寒いよ! 首元冷え冷えですけど!?」


 何これ嫌がらせ? ここへきてまさかの嫌がらせ!?

 俺が動揺していると、久奈が自身に巻いているマフラーに手をかける。




 混乱していた思考がさらに混乱する。

 ふわり、と久奈の匂いと共に俺の首にはマフラーが巻かれる。それは久奈も同じ。

 一つのマフラーが、俺と久奈を繋いでいた。


「え、え……」

「温かい?」

「う、うん。あたたたかいよ」

「良かった」


 久奈は先程と同様に俺の腕にしがみつく。ぎゅ~、と強く優しく。

 それだけにとどまらず自身の手を俺の手に重ねた。顔の熱よりも、マフラーの温もりよりも、繋がれた手と手は熱くて温かくて、とろけていく。


「ひ、ひひひひしゃな」

「何?」

「っ、なんでもにゃいでふ……」


 声までふにゃふにゃ。自分の体温が急上昇していくのが分かる。

 て、て、手……て、手を繋いで、指同士が絡まって……うふん!?


「温かいね」

「う、うん。あたたたたたかいな!」


 あたたたたたぁ!? 一体何を……!?

 イブの日だしぃ? 特別な一日だしぃ? たまにはこういうのも悪くないってことで。

 落ち着け、このままだと体温が上がりまくって血液が沸騰しちゃうぞ!?


「行こ」

「う、うっす」


 俺と久奈は光の回廊を歩く。一つのマフラーを二人で巻いて、手を繋ぎ、指を絡め、密着する。

 今日起きたことが全て吹き飛んだ。忘れられないと思ったイルミネーションが消えそうなくらい、今の心は満たされ溢れてもうどうかなってしまいそう。


「もっと寄っていい?」

「こ、これ以上?」

「ん。まだ足りない」


 寄り添うものなんてじゃない。小さな体を目いっぱい寄せられ抱きつかれる。

 密着し、二人の指が絡み合い、繋がる熱に悶える。俺はまだ出口の見えない光を見つめながら今このひと時を心ゆくまで噛みしめた。

 ……それは久奈も同じなのかな。俺の腕を抱きしめて顔をうずめ、そこからは何やら声が聞こえた。


「幸せ……」


 気のせいだ。うんそうだそうに違いない。久奈がこんな風にデレるわけないもん。

 ……うぐぐ、なんだこれ幸せすぎる。この子可愛すぎ。あああああぁあキュンキュンの無限連鎖あああぁ。


「………お君…だ…好…だよ」

「な、何か言った?」

「んーん、聞こえなくていいの」

「え、ええ?」


 追試頑張って良かった。今日のプランを必死に考えて良かった。久奈と過ごせて、本当に良かった。

 俺はこの日を絶対に忘れないだろう。久奈と二人で過ごしたこの聖夜を。

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