第5話 息子は嘔吐、母親は放屁
十階建てのマンション。俺と久奈は七階に住んでいる。同じマンションで同じ階だ。あらやだご近所さん♪
「俺くらいの住民になると見ずとも暗証番号は入力可能だ!」
「思いきり間違ってるよ」
まあそういうこともある。しっかり視認して暗証番号を打ち込みロックが解除されて扉が開く。
自宅のポストをチェックした後にエレベーターで七階へと上がり、それぞれ自分の家へ向かう。
「じゃあな。また明日」
「んん……」
「久奈?」
「今から遊び行っていい?」
「暇だし構わんよ」
快く了承する。久奈は小さく頷くと、表情を崩すことなく手をヒラヒラと振って自分の家に入っていく。着替えてから来るってことか。りょーかい。
俺もカードキーをシュッってやってドアをオープン。靴を脱いでリビングへと通じる扉を開くと、
「お帰りクソ息子」
「実の息子をクソ呼ばわり?」
ソファーの上でゴロンと寝転がって何年も前の韓流ドラマを観る母さんがいた。相変わらずグータラしやがって。
「私のドラマタイムを邪魔する奴は全員クソや」
「ひでぇ判定材料だな」
「ちなみにアンタはデフォルトでクソな」
実の息子デフォルトでクソってどういうことだよ、とツッコミを入れる前に母さんの尻から放たれるオナラ。こいつ放屁したよ? お前はクソじゃなくて屁じゃねーか。
「うわ臭っ、めっちゃ臭い」
「そうなんよな~、この俳優の演技がクサくてかなわん」
「いや臭いのお前の屁」
「実の母をお前呼ばわりすんなボケ」
「実の息子をクソ呼ばわりしたくせに!?」
正論を放つも「アンタのツッコミくどいわ」と一蹴されて俺は溜め息混じりに自分の部屋へ向かう。
「あ、そうだ。今から久奈が来るから」
「それ先に言えやクソ息子」
母さんはすぐに起き上がると自分の尻を叩きながらリビングをグルグル回り、消臭スプレーを噴出しまくる。オナラを掻き消したい感が半端ない。
「久奈ちんにだらしない格好見せられん。掃除手伝え」
「はいはい……」
俺の家族、つまりは久土家は柊木家と親交があり、家族ぐるみで仲良くしてもらっている。バーベキューとか旅行とか一緒に行ってガチ仲良し。ガチって強調なんだよ俺。まあいいや。
見栄を張りたい母さんは、普段はだらしないくせに柊木家の人と会う時だけは真面目モードになるのだ。分かりやすい。
「あ、ヤバ、臭いが消えんのやけど。私の屁、強すぎん?」
「なぜ自慢げに言うんだ。というか屁に強い弱いってある?」
「あるやろ。私の屁は最強クラスや」
「だからなんで自慢げ!?」
とか言いつつ掃除機をかけているとインターホンが鳴った。モニターに映る、久奈の無表情。モニター越しでも可愛らしく愛くるしいなぁ。
「入っていいぞ」
『ん』
玄関で久奈を迎える。私服姿、すげー似合ってる。
「お邪魔します」
「いらっしゃい久奈ちん。いつも直弥が迷惑かけてごめんね~」
リビングに入る。久奈はペコリと頭を下げて挨拶をし、母さんはいつの間にか着替えたらしくちゃんとした格好でニッコリ笑顔で笑いかける。この見栄張りおばさんめ。
「ごめんね~、今も直弥がオナラして困ってたのよ。もうすっごい臭いの」
おい嘘だろクソババア!? 息子のせいにしやがったよ! このしつこくて強い屁はお前が産み落としたんだろうが!
否定しようと一歩前に出るも、母さんが素早くジュースとクッキーを俺の胸元に押しつけてきた。そして低く唸るような声で「言うな」と脅してきた。
「こわっ……」
「何か言うたか? ほら早く久奈ちん連れて自分の部屋に行きな。オナラは母さんがなんとかしてあげるから」
テメーの屁なんだからテメーでなんとかするのは当然だろ、とは言わずに口をすぼめて小さく頷く。久奈が帰ったら覚えとけよ!
ジュースとクッキーを抱えた俺は自分の部屋に向かう。隣には久奈。
「お邪魔します」
「おう、テキトーに座ってて」
俺は部屋の隅に立てかけてある丸テーブルを手に取り、テーブルの脚を組み立てるとその上にジュースとクッキーを置く。
「んじゃまゲームしようぜ。はいコントローラー」
ゲーム機の電源を入れた後、コントローラーを渡すも久奈は受け取らない。表情を変えず俺をじっと見つめていた。
「なお君、オナラしたい時は窓開けてね」
「オナラしねーよ! つーかしてねーんだよ!?」