第49話 ディナーだうほほぉい
恥を捨て機転を利かせ、ナンパを退けることに成功した後はレストランへと向かった。
映画のチケットと同様、こちらも事前に予約済みなのだー。のだーっ。
「ご機嫌麗しゅうお嬢さん、予約している久土でしゅ」
カッコつけようとシルキーボイスで名乗ろうとしたら噛んだ。
あ、だよね、ウエイトレスのお姉さんも怪訝な顔するよね。今なんて「久土様ですね、お待ちしておりました」と丁寧に案内してくれるけど完全にしかめ面だもの。小さい虫を手で払う時の表情だよお姉さん。
「なお君らしい」
「いかに俺のニュートラルが奇矯なのか分かりました」
暗い店内を照らす、オレンジ色の暖かな照明が洋風な内観に神秘さを醸し出す。
純白のテーブルクロスの上でキャンドルがゆらゆら、外の寒さと喧噪を忘れさせる静穏が心地良く、席に座っただけで満足してしまう。
何より、一面ガラス張りの窓の向こうに広がる夜景に目を奪われた。すっかり暗くなった街にビルの明かりが浮かび、まるで地上が天の星々を真似るかのように輝く。
「おおぉ……!」
眼下に広がる光の粒の美しさ。意識せず感動の言葉が口から溢れて止まらない。
向かいに座る久奈も恍惚とした笑顔、
「綺麗だね」
んなわけないよな~、無表情だよな~。うん知ってた。ホント一片の隙も見せないんだね。聖夜がこんなにも魅せてくれているんだからあなたも笑顔を見せろと喚きたい、のを我慢。
ここは高校生でも入店出来るレストランとはいえ上品で優雅な空間。教室や食堂みたく大声ツッコミを放つのはタブーです。
うむっ、我ながら良いレストランを予約したと思う。値段も財布に優しく非常に素晴らしい。ありがとう金城。また金城のオススメかーい。
「食べようぜ」
「ん」
極彩艶やかなディナーの始まりだ。うほほぉい。
まずはコース料理のオードブル『咲き乱れろ サーモンとムースリーヌの菜園風サラダ』だ。さぞお高いんでしょ~的なお皿の上には芸術作品のように配置された色鮮やかなお野菜! 酸味が程良く効いて食欲そそる。何これ素敵。
「めちゃんこ美味い」
「なお君トマト残しちゃ駄目だよ」
「ぐ……う、うっす」
久奈が目を光らせてトマト食えトマト食えと促してきやがるので口へ運ぶ。うーん、この瑞々しさ、美味しいですね~……美味しくないトマト嫌い……っ!
オードブルの次はスープ、とろとろと野菜が浸透した乳白色の『まろやかに沈め シャンピニオンのクリームスープ』だ。舌くすぐる食感と深みあるスープに、手に持つスプーンが止まらない。何これ素敵。
「なお君、ズルズル音を立てちゃいけないんだよ」
「すみませズズー」
「ブブー」
「評価下がっちゃったっ」
控えめにツッコミを入れつつ反省。
マナーを守ってお皿は傾けず、お皿の手前からスプーンを入れて外側に向かってスープをすくう。イギリス式らしいよ。ググってきました。
「肉料理キタコレ」
学生の財布に良心的なコースを選んだので魚料理はなし。メインの肉料理の登場だ!
ウェイターさんがニコリと微笑んで『厚き情熱に唸れ 牛フィレ肉のロースト 誉れ高き赤ワインソースと共に』と紹介してくれた。赤ワイン煮込んだヴァン・ルージュのソースは熟成された旨味が口の中で大地のように広がり泡沫のように溶けて、柔らかくジューシーで分厚い肉と抜群に合う。
「うめぇ、うめぇよ……! なあ久奈っ」
「ん、美味しい」
久奈はナイフとフォークを使って、小鳥のように少しずつ口へと運んで上品に食べている。小さなお口がモグモグと動いているのが愛おしい。
「もう年の瀬だなぁ」
「大晦日なお君の部屋に行っていい?」
「いいぞ。一緒に紅白観ようぜ」
「笑ってはいけないが観たい」
「観ても俺が隣にいたら笑わないくせに」
「笑ってはいけないんでしょ?」
「それは出演者のみね」
食事と夜景と会話を楽しみ、時間はあっという間に過ぎていく。
めちゃくちゃ美味でしたわ。普段の食事がミルミルだからお腹がビックリしているよ。パスタやデザートも美味しくて最高だった。とても豪華でした。すごかったと思います。作文?
「満足満足。久奈はどれが一番美味しかった?」
「『黒めよ ブラックココアのマドレーヌ』が美味しかった」
「デザートかい」
結局一番は甘いモノかよ! 女子かよ! 女子だったねごめん。
そしてなんでこのお店は料理名が斬魄刀の解号みたいになってんだ。黒めよとか原作そのまんまじゃねーか! ああ、ツッコミたい。じゃねーかー、と叫びたい。そんな気持ちを抑える。
今日は聖夜で、ここは静かな気品あるレストラン。自粛して心の中でツッコミシャウト。
「俺が全部出すって」
「んーん、私も払う」
「いいから奥さん、ここは私に任せてっ」
「私今はまだ奥さんじゃない」
「知ってるわ。奥さんコントだっての」
会計は俺が払うと何度も言ったのに久奈は割り勘にしようと譲らなかった。今日くらい俺に良いカッコさせてくれよぉ。ぷんぷん。
「美味しかったね。なお君ありがと」
「急にお礼言うスタイル! ビックリ! わーおっ!」
「急に大きな声出さないで。ビックリしちゃう」
「すいません!」
外に出たら声張る俺。何やら舞い上がっているようです。
映画を観て、レストランで食事をして、残すイベントはあと一つ。
緊張してきた。ちゃんと渡せるかな……。
「じゃ行こうか」
「どこに?」
「今日はイブだぜ。観なくちゃいけないモノがあるっしょ」
軽い口調とノリで己の緊張を誤魔化した俺が目的地に向けて歩けば、久奈が小さく頷いて俺の袖を摘まむ。キュンキュンキュンはい発作ー。
……残すはメインイベント。高鳴る鼓動を抑える為に『静まれ 荒ぶるハートの柚子胡椒風味和風ソース添え』と唱えた。なんだそれ。