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第48話 久土流・ナンパ撃退術

 あいつが男子に言い寄られる姿は幾度も見てきた。それと同じ数、あいつが嫌がる姿を見てきた。

 不安げに揺れる瞳と俯く視線、きゅっと結ばれた唇の震え、周りはおろか誘い文句で近寄る男さえも気づかない機微たる彼女の変化を、俺はいつも見てきた。

 嫌がっている、それだけで十分。あいつの怯えた顔を見たくない、それだけで俺は動けるんだ。


「ねえ一緒に遊ぼうよ」

「俺ら暇人でさー」


 恋人達が喋り歩く喧々囂々たるエントランス。

 今この場で俺しか注目していない。自分達のことで夢中なカップルが行き交う中、久奈はナンパされていた。


「ひ、ひしゃなぁ!」


 噛みながらも走る。噛みながらも声を張り上げる。久奈の元へダッシュ&シャウトで向かった。

 こ、コケそう! だがコケるわけにゃいかんじゃああぁ! 俺だけはあああぁ!


「っ、なお君」


 クールな彼女らしからぬ焦燥含んだ機敏で激しい動き。ぎゅうぅ!と勢いよく俺の腕にしがみつくと顔をうずめて……震えていた。


「だ、大丈夫か?」

「んん……」


 ごめん、大丈夫じゃないよな。俺がトイレに行っている少しの間でも怖かっただろう不安だっただろう。男子が苦手だもんね。ナンパされるのは嫌いって言っているもんね。

 でも大丈夫。俺が来たからには……お、俺に任せろぉ!


「お前彼氏? ウッゼ、邪魔なんだけど」

「俺らはその子に用があるんだわ。どけよ」


 まか、任せ……ひいぃ怖い!

 詰め寄る男が二人。イブの日に野郎二人で映画館って絶望的に悲しいな!

 い、いやいやそうじゃなくて……ひええぇ、ナンパ男だ……。

 一人はワインレッド色のニット帽をかぶった茶髪のロン毛、もう一人は短髪ウルフカットで耳にピアスをつけている。大学生っぽいチャラついた外見だ。鳴き声はワンチャンだな、うん。


「あ? なんだその目つき」

「俺らに喧嘩売ってんのか?」


 久奈が絡まれる度にいつも思っているんだがナンパって実在するんだね。漫画やアニメだけの常識だと思っていたよ! マジでいるのすげー。

 ……どうやってこの場を切り抜けよう。低スペックの脳CPUを必死に働かせて作戦を考える。と、とりあえず言い返さなくては。


「にゃ、にゃんだお前ら。ひしゃにゃに手を出すんじゃにぇ!」


 噛みまくりじゃねーかー!? ネコ語かよっ。誰かニャウリンガルもってこい! あと厚めのバスタオルも早急に。泣きそうです!

 最後とか「にぇ」って言ったし。それどうやって発音したんだよ俺ぇ……。

 と、ナンパ男二人が嘲笑うように頬をニタァと気味悪く歪ませた。


「こいつダセー」

「お前はどうでもいいから、さっさと消えろ」


 ひいぃ大学生怖い! チャラチャラした外見にビビッてしまう。茶髪とピアス……茶髪とピアスぅ! ひえええぇ俺も大学生になったら髪染めたいぃ!

 お前らテンプレかよ、とツッコミたくなる程にベタな発言と態度のナンパ男に、見事なまでに臆して縮こまる自分がいた。大学生怖い! チャラ男怖い!


「なお君……」


 腕に抱きつく久奈の声に、怖がっている場合かと自分に喝入れる。そ、そうだろうが、お、おおおお俺がなんとかしなくちゃいけないんだ!

 ……やはりこれしかない。久奈を助けるうちに培った対ナンパ術を披露してやる。聞いて驚け、撃退率100%を誇る必殺技だ。


「ワンツーワンツー、はっ、はっ、はーっ」

「おいおい何してんだよお前」

「マイクチェックか? バンド名はなんて言うんですかー?」


 俺の貧弱さと気弱さを見て完全に勝った気でいる二人組。下卑た声で笑ってバンド名を聞いてきやがった。バント名はまだ決めていません。でも今から叫ぶ言葉は決まっております。

 ふー……ナンパというものは公共の場で行われる。公共の場、つまりは人目につく場所。この条件下でなら体力がなくても度胸がなくても、ほんのちょっとの度胸と声量があれば撃退することが出来るんだぜ。

 喉の調子を整えて大きく息を吸い、勇気を振り絞って腹の底から声を、出す!


「すいましぇーん! 怖いお兄さんに絡まれて困っておりゅましゅー! 誰か助けてくださぁい!」


 撃退方法、それは助けを呼ぶ。噛んでもいい、とにかく大きな声でピンチを伝える!

 気づかない人も気づいている人も関係ない。叫びが聞こえたら誰だって声のする方を見るんだ。注目を浴びた中、ナンパを続けられる奴なんていない。


「な、なんだ?」

「いきなり何を……」

「助けてください、誰か助けてくださぁいいいいい! うぎゃああああああ! あひいいいいいいぃぃ!」

「おいヤベェよこいつ!?」

「に、逃げようぜ」


 事が大きくなったのを察したのか、ナンパ二人組は恥ずかしそうにコソコソと退散していった。

 大衆が見る中で威勢を誇示するのは不可能だよね。分かる分かる、ちょー分かるってばよ。ふふっ、見たか俺の非暴力且つスマートな撃退術を! まあ最高にカッコ悪いですけどねっ。


「ヒソヒソ」

「ヒソヒソ」


 さらに欠点があり、恥ずかしい思いをするのは相手だけでなく俺もかなり恥ずかしいのだ。

 ナンパ男が逃げた今、注目の的は俺と久奈に集中する。羞恥! ヒソヒソ声が聞こえてクルー!


「よっしゃディナーに行こうぜえぇい!」


 自分の顔が赤いのが分かる。発熱して発汗している! 最早ヤケクソ気味に叫び、久奈を連れて人混みをかき分けていく。

 ふっ、またナンパ撃退と共に恥をかいてしまったぜ。……恥ずい。やっぱ恥ずかしいねこれ!

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