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第42話 私の幼馴染を傷つけないで

 赤点の山を築いたのは覆しようがない。とりあえず今日は下校して現実から目を背けるんだ。人はこれを現実逃避と呼ぶ。赤ちゃん言葉で言うと、げんじゅちゅとーひっ。どうすか、キモさ増量っしょ。


「久奈ー、帰ろう」

「向日葵君がリンチされているよ?」

「かまへんかまへん」


 女子達に蹴られまくる麺太へ合掌した後、トコトコと廊下を歩く。


「柊木さん! 一緒に帰らないかいっ」


 廊下で月吉にエンカウント。うーん、テンション下がる。

 彼は今日もオールバック。それワックスで塗り固めているの? テカテカしているよ。


「僕が家まで送り届けてあげよう」

「……」


 月吉が遠慮なしにズンズンと直進すれば久奈はすぐさま俺の背後へ避難する。

 あ、月吉が俺を睨んできた。


「やれやれ、また君が邪魔するのか」

「俺は一切動いておりません」


 見たら分かるよな、久奈が逃げたんだよ。つまり久奈が嫌がっている、見たら分かるよな?


「あぁなんて美しいんだ。まさに天から舞い降りた天使だ。柊木さん、僕は君に恋している」

「なお君、昨日買ったシャフト一体型のフライトは調子どう?」

「耐久性が相当高いと思う。グルーピング力も上がった気がするし、予想以上に使いやすくて良いぞ」


 クルクルと回って胸に手を添えて声高らかに求愛する月吉の横を、俺らはお喋りしながら通過していく。

 無視だ無視、勘違いナルシスト野郎に割く時間はありません。


「テストボロボロだったわ~、俺オワタ」

「なお君オワタなの? ドンマイ」


 昇降口で靴を履き替えると正門を出て最寄りのバス停でバスを待つ。


「久奈は赤点……まあ、あるわけがないか」

「ん、私の手札は全て九十点超え」

「久奈が闇遊戯デッキとしたら俺は本田デッキだな」


 久奈は今回も十刃入り決定かな。等と会話しているとバスが到着。

 いつも通り乗ってバスに揺られること十五分、バスを降りる。


「あ」

「どした」

「なお君見て、雪が降ってきた」

「おー、今年初か」

「一緒に写真撮ろ」

「なぜ一緒? まあいいけど」


 曇天の空から淡い雪が降り落ちてくる帰り道。俺らは立ち止まって、久奈が携帯のインカメを起動させる。


「ちょ、久奈近いって」

「んーん、これくらいでいいの」


 俺の方へと体を寄せて顔も近づけてくる。あぁんやめてぇ、ドキドキしちゃうぅ。

 頬と頬が触れ合いそうな距離、数ミリの隙間で互いの熱を感じながらパシャリとシャッター音が鳴った。


「上手く撮れたかな?」


 久奈が確認する。俺もその手元を覗く。後で送っといてな~。

 携帯の画面には俺と久奈の顔。微かに見え隠れする粉雪と、俺と久奈の後ろでキメ顔カメラ目線の月吉が写っていた。……。


「お前も写るんかい!」


 後ろを振り返って特大のシャウトを放つ。月吉ぃ!

 学校の廊下でスルーしてからずっと後ろをつけてきていると気づいてはいたが敢えて触れなかった。昇降口もバス停もバスの車内も、ずーっと俺らの背後にいたよね!?


「僕は柊木さんと一緒に帰っているだけだ。久土君こそ柊木さんをストーキングしないでくれ」

「真横に並んで歩くストーカーがいるかっ。どっちかと言うとストーカーはお前だろ!」

「言い訳は見苦しいよ。柊木さんから離れたまえ」


 月吉の一方的な態度にムカムカ。着火剤に火を点けたかのように怒りが燃えだす。クソがああ。

 くっ、でも俺が怒ったところで月吉はノーダメージ。それに、久奈からあまり怒らないでほしいとお願いされたし……ここは我慢して冷静に対処しよう。


「月吉君の家はこっちの方向なのか?」

「全くの反対方向さ」

「一緒に帰るってのは、帰る方向が一緒だから一緒に帰るって言うの。理解したら回れ右して自分の帰路へ戻りなさい」

「さあ柊木さん、こんな奴は放って置いて一緒に帰ろう」


 無視された挙句、俺は月吉に突き飛ばされた。


「い、痛ぇ」

「なお君……っ」


 不意の攻撃で尻もちをついてしまう。痛っ、アスファルトが冷たいっ。

 こ、こいつ! 途中まで質疑応答出来ていたのに最後は無視するって確信犯じゃないか。ごうちより悪質だぞ!

 いてて、あ、思ったよりお尻が痛い。臀部に響く鈍い痛みが……うぐぅ。


「家まで案内頼むよ。たまには柊木さんの部屋で過ごそうか」

「邪魔。どいて」


 月吉は久奈に好意を向けて詰め寄るも、ぷいと顔を逸らした久奈は俺の元へと駆け寄り、


「な、なお君大丈夫?」


 肩を貸して起こしてくれた。優しく、そっと、ぎゅっと。


「さ、サンキュー久奈」

「ちっ、まだ邪魔をするつもりか」

「だから俺は一切動いていないから。というか突き飛ばされた」


 まだ雪が積ってないので濡れずに済んで良かった。でもお尻は痛いです。マイヒップイズペイン。

 久奈に肩を借りた状態で俺は月吉を睨みつける。が、効果なし。こいつの神経どうなってんだ。国が国なら裁判沙汰にしているからな!


「月吉君」


 久奈が月吉に話しかける。久奈から話しかけるのは初めてだ。


「な、なんだい? 告白かい!?」


 名前を呼ばれたのが嬉しいらしく月吉君は目を輝かせて何度もオールバックの髪に櫛を入れる。

 うへぇ、常に櫛を持ち歩いているのか。あ、手鏡も取り出しましたよこいつ! 完全にナルシーだ。

 ソワソワする月吉君に対し、久奈の目と声は……これでもかって程に冷たかった。


「もう私達に近寄らないで。なお君に酷いことしないでください」

「照れちゃって、ふふ、可愛いね」

「照れていません。何回言わせるんですか。今度やったら訴えます」


 久奈の言葉が月吉君へと突き刺さる。そりゃもうズビシィ!と。

 あ、イライラしている。我慢の限界らしい。


「う、訴えるだなんて、やんちゃが過ぎるよ」


 やんちゃが過ぎるのはテメーだーボケええぇ。

 月吉君はポジティブに受け取るも、微かに動揺が顔に表れていた。さすがに今のは堪えたみたいだ。

 さらに追撃する久奈は普段とは違い、大きな声出して、


「月吉君は本気で大嫌いです。二度と話しかけないでください」


 と厳しく鋭い一声で月吉をぶっ刺す。名指しで嫌いと言うあたり、久奈の本気度が伺えた。

 たまらず月吉君は額に汗を滲ませて狼狽える。


「で、でも」

「うるさいです。さようなら」


 肩を貸す状態から切り替わり、久奈は俺の手を握るとそのまま引っ張って早足で歩く。

 うごご不意打ちはあかん、キュンキュンだ。心も体もキュンとする。手、あったかい……っ。


「あ、月吉が追ってこない」


 ちょっと歩いて振り返ると先程の位置で棒立ちする月吉君の姿。両手の櫛と手鏡が哀愁を漂わせる。

 誰がどう見ても、その光景は『フラれた男』であった。おぉふ、遂に月吉君が撃沈した。


「待ちたまえ! 僕は諦めないぞ!」


 はい撃沈していませんでしたー。

 いつものキザな笑みを浮かべている。復活したらしい。早っ。倒したと思ったラスボスが第二形態になった感じ? それで有野課長が幾度となく絶望したんだぞおい。


「……」


 月吉のポジティブ復活に、久奈は一切の反応を見せない。前を向いたままスタスタと歩く。こちらも意志は固いようだ。


「クリスマスイブは囲碁部でパーティーをしよう! 部活動だから絶対に参加してもらう。……ふふ、まあ補習授業がある人は仕方ないけどね」


 補習、その言葉がやけに響いた。月吉は露骨に補習の部分だけ声量を上げて強調したのだ。チラリと後ろ見れば、勝ち誇った顔が俺を見つめていた。

 ……あの野郎ぉ、補習があるイブの日に久奈を誘おうとしている。しかも部活動と銘打って強制参加を促してきた。

 へっ、なめんなよ。俺が補習を受けると思ったか。……うん、その通りです。


「幹事は僕がしてあげるよ。イブの日は楽しもうね!」


 叫び終えると、月吉は来た道を逆戻り。久奈は全て無視した。


「……」

「……」


 しばらくの間、無言で歩く。

 俺らのマンションが見えてきた辺りで、久奈は立ち止まって手に力を込めた。ぎゅう、と。


「なお君補習なの?」

「うぐ……」

「追試頑張ったら補習は免除なんだよね?」

「そうだけど、受かる自信がねーっす」


 尽力するつもりでも無理なものは無理だと思う。アホだもん。クラスでNo.2のアホだもん。

 が、頑張るよ? 頑張るけどさ……うぐぅ。


「大丈夫」

「え?」

「私がなお君を絶対に受からせる」


 俺を見上げる久奈。手を握り体を半歩こちらへと寄せて……先程までの月吉に向けていた冷やかな眼差しから一変、目の奥が燃えている。久奈がやる気になっていた。

 な、何その燃え盛る炎、あなた実は火属性!?


「徹底的に教える。だからなお君は絶対に受かる」

「そ、そうなのん?」

「ん。だからなお君……イブの日は、一緒に過ごそ?」

「……へ?」

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