第39話 久土VS月吉 決着
ルールすら知らない月吉は相手にならず、一回戦のダーツ対決は俺の圧勝。
弱すぎて勝った気がしない。アローがキャタピーにブレバしたみたいな? 最新作欲しいっすね。
「ふふ、ラッキーパンチで調子に乗らないことだ」
俺はお前に単純なパンチを放ってやりたいよ。大差で負けたのに偉そうな月吉の鼻につく態度にイライラが再燃してきたが我慢。
次勝てばいいんだ。さっさと終わらせよう。というか早く終わりたい。もう帰りたい。
「一回戦はハンデだ。ここからは容赦しないよ」
「はいはい……」
二回戦は囲碁対決。囲碁部らしい勝負方法だなと思います。
俺と月吉が長机を挟んで向き合うその間で長宗我部が碁盤と碁石、さらにはデジタル式の対局時計を用意してくれた。
長宗我部が時計の設定をしながら話しかけてくる。
「審判は俺がやる。久土は初心者だし13路盤でいいだろ」
「にしても対局時計とかあるんだな」
「顧問が本格的にやりたいんだと」
「じゃあ碁盤も良いやつに買い替えるのか」
「碁盤は無理って嘆いていた。安月給じゃ買えない、マヂ無理、リスカしよ、だってさ」
「なぜリスカ?」
ともあれ二回戦だ。
囲碁か……ダーツのルールを知らなかった月吉のように、俺は囲碁のルールを知らない。もっとヒカ碁を熟読すれば良かった。たぶん読んでもルールは分からない。ルールが分からないのにめちゃくちゃ面白いんだよなぁ。
「久土君、この勝負は僕の勝ちだよ」
白の碁石を握る月吉が自信満々に喋る。あ、自信満々なのはデフォルトだったね。
はぁ……こいつの勝ち誇ったような顔なんてスルー安定だが一応は聞いておくか。
「秘策でもあんの?」
「秘策も何も、僕が強いだけのこと。最初は柊木さんを待つ間の暇つぶしだったが、やっていくうちに碁の奥深さに魅入られてね。今では部で一番の棋力を誇るよ」
そうなのか?と横を向けば長宗我部が首を横に振って、
「こいつ弱いぞ。俺が九子置いて勝つ、勅使河原が星目風鈴中四目で勝つ」
と答えてくれた。全然一位じゃない。
あと気になったので携帯で星目風鈴中四目を調べたら、すげー数の置き石なんだが!? これで勝つ勅使河原さんがヤバくね?
「僕が黒だね。中押しで倒してあげよう!」
やる気満々の月吉が黒の石を打ち、ドヤ顔でオールバックを梳く。対局時計には一切触れないので呆れ顔の長宗我部が代わりに押している。
囲碁勝負を受けたはいいが、久奈とダーツばかりしていた俺の棋力はゼロ。対する月吉は弱いと評されていても一応は練習して一日の長がある。……俺は勝てるのか?
「さあ、かかってくるといい」
白の石を持ち、じっと見つめる。
……勝負に負けたら久奈に近づくな、か。月吉の身勝手な言い分に従う必要は一切ないけど、なんだろ……。
久奈に嫌なことをする、久奈から笑顔を遠ざけるような真似をしやがる奴に俺は負けたくない。碁石持つ手に、力がこもる。
「一手目から長考かい?」
「うるせぇ。今から打つんだよ」
負けられない。負けたくない。俺は白の碁石を碁盤上に叩きつけた。
上等だ、全力で戦って勝ってやる。大丈夫、きっと対局中に佐為が憑依するはずだ。お願い佐為、佐為来てーっ!
『私の声が聞こえるのですか?』
!? ……え、これって、
『私の声が聞こえるのですね』
まさか……本当に、
『あまねく神よ 感謝します』
俺のところに佐為が……
『私だ、悪魔だ』
お前だったのか悪魔ああああぁぁ!
『佐為が来ても住まわせねぇよ。ここは俺の根城だ』
うるせぇよ! 勝手に出てきやがって、お前フリーダム過ぎるんだよ!
あークソ、まぁそう都合良く佐為は来てくれない。てなわけで一人一応考えながら碁石を打つ。
碁盤を埋めていく黒白の丸い石。点となり、繋がり、次第に陣地としての形を成していった。
対局開始から十数分後、審判の長宗我部が口を開く。
「もう終局でいいと思う」
「ふふ、僕も今言うつもりだったよ」
そう言って月吉は掴んでいた碁石を碁笥に戻す。
これ以上は打っても大して意味がない終盤になったらしい。目を凝らして碁盤を見つめるも……これ、どうなっているんだ? 戦いの優劣すらも分からない。
「長宗我部、どっちの勝ちだ?」
「そんなことも分からないのか。僕の勝ちさ」
お前には聞いていないんだが。
月吉は勝ち誇った顔で立ち上がると、腕を高々と掲げてガッツポーズ。
「いや久土の勝ちだぞ。結構な大差で」
長宗我部が冷静に言う。月吉のガッツポーズがピタリと止まった。
「僕の負け? 何を言っているんだい長宗我部君、どう見ても僕の勝ちじゃないか」
「いやどう見ても久土だよ。野球で例えると78対5で久土の勝ち」
ファミスタじゃねぇか。弟が泣いてゲーム機の電源を切るやつだよ。
え、待てよ……月吉めちゃんこ弱い。佐為も憑いていない初心者の俺に負けるってどういうことだ。少しは練習して強くなったんじゃないのかよ!?
「ありえない……僕は認めない」
と、月吉が不服そうに目を細めて自身のオールバックを掻き毟る。反抗的な目で長宗我部を睨んでいた。
「判定がおかしいんだ。僕が負けるはずがない」
「だから完全に負けているんだって」
「分かったぞ、長宗我部君は久土君を贔屓しているんだ。卑怯なり!」
「いやしてないから。これ以上は囲碁歴十年の勅使河原が黙っていないぞ」
学年一の怪力娘と評される勅使河原さんは長宗我部の後ろでリンゴを取り出すと、パァン!と握り潰した。
あの、ここ碁石を握る部活だよね? 容易くリンゴ握り潰したんだけど……。
果汁を飛散させて砕けたリンゴを見た月吉、抗議をやめて鼻を鳴らす。
「ま、まあ今回は僕の負けということにしてあげるよ」
声震えているぞ。
あ、二回戦も勝ちってことは二勝先取で俺の勝利だよな。ダーツも囲碁も大勝、つまり俺の完全勝利じゃね?
「なあ月吉君」
「僕の一瞬の油断を見逃さなかった狡猾さ、一応は褒めてあげるよ」
「う、うわぁ……」
負け惜しみだ……。こ、これは酷い。
囲碁部の面々が引き気味に顔をしかめているのにも気づかずペラペラと口を動かす月吉。ここいる全員、お前にドン引きだよ。
「君の狡猾さに免じて今回は引き分けってことにしてあげよう。やれやれ、必死な奴の相手も大変だよ」
「久奈帰ろうぜ」
「ん」
これ以上はマジで付き合っていられないので帰る。あ゛ー、果てしなく時間の無駄だった。
「だが次は僕も本気で相手してあげよう。久土君、覚悟するんだね!」
部室を出てからも中では月吉の超ポジティブな負け惜しみが聞こえてきたが、
パァン!
リンゴが破裂する音が響くと月吉の声はピタリと止んだ。
とりあえず勅使河原さんは囲碁も握力も強いんだなと思いました。つーかなんでリンゴ常備しているんだろ。学校にリンゴを持ってくるか普通?
「なお君見て、一つ貰った。帰ったら剥いてあげるね」
「まさかの三つ目!」