第37話 眉太オールバックの勘違い野郎
久しぶりの囲碁部の活動(ダーツ)に精を出す。
「なお君のダーツ、フライトが曲がってる」
「買い替え時か。ついでにバレルもストレートにしようかな」
「私達はトルピード型に慣れたから変えない方がいいよ」
「それもそうか。バレルは値段高いしのぉ。あとやっぱこのタングステンの触り心地が好きだ」
「……久土達は結構ガチなんだな」
女子部員の勅使河原さんと対局している長宗我部が碁石の音に混ぜてポツリと呟く。
そうか? もしガチ勢ならダーツ部を創部しているよ。あくまで趣味、のんびり楽しみたいのさ。
「私の番だね」
久奈がスローラインに右足を乗せるとスタンダートなスタンスで構え、ダーツを投げる。お見事ど真ん中、俺がナイスブル~と声かけて久奈は小さく「ん」と返してまたブルへ矢を放つ。
「柊木さん!」
……厄介な奴が来たな。
扉が開いたかと思えば部室に響くそいつの声。碁石のパチンと心地好い音は掻き消され、久奈もビックリしてフォームが崩れる。あー、三投目はブルから外れてしまった。
俺は頭を掻きつつ声のした入口を向くが既にそこに人はおらず、代わりに視界の端を勢いよく通過する影が見えた。
「やあ柊木さん、今日も綺麗だね」
久奈の前に立って唇細めて笑う男子生徒。囲碁部に所属する二年生の男子、月吉純治(つきよしじゅんじ)だ。
墨で引いたようなキリッとした太い剣眉、前髪を後方へとなで上げたオールバック、長い襟足は首元から左右へと広がっている。
月吉は久奈に詰め寄ると大袈裟に手を広げて胸を張る。オペラか。
「ああ、愛しの柊木さん。僕に会いに来てくれたんだね。とても嬉しいな。もっと早く来れば良かったよ」
久奈を見つめてペラペラと喋る月吉。
ご覧の通り、彼は久奈のことが好きだ。一年生の頃から久奈へ積極的にアプローチしてはデートに誘おうと躍起になる。囲碁部に入ったのも久奈がいたからだ。
「違います」
「照れなくていいんだよ、僕らは相思相愛なのだから」
久奈が否定しても月吉は関係ないと言った様子で一人陶酔する。
タチが悪いことに、月吉自身は久奈が自分に好意があると思い込んでいるのだ。典型的な勘違い野郎である。
「……」
久奈は鬱陶しそうに顔を逸らす。ハットトリックのチャンスを潰されてご機嫌ナナメなご様子だ。あらまぁ。
積極的な月吉に対して久奈は敬遠気味、というか月吉を嫌っている。幼馴染として付き合いが長い俺も、久奈が愚痴を言うのは月吉関連でしか記憶にない。
「こっちを向いてよ。久しぶりに会えてドキドキしているのかい?」
「違います」
「可愛いなぁ。照れなくていいんだよ」
いや久奈は照れていないだろ。露骨に嫌がっているじゃん。
が、月吉は気にしていないどころか満足そうに微笑むと、顔を逸らした久奈の方へ回り込む。
「……やめてください」
「あぁ、なんて美しいんだ。この僕が惚れるのも無理ない」
「邪魔です」
「何を言っているんだい、僕らの愛を邪魔するものは何もないよっ」
「……」
久奈は男子が苦手だけど話しかけられたら無視はせず最低限の会話はして、嫌なことは嫌だとハッキリ言うタイプだ。遊びに誘われたり告白されてもちゃんと断る為、大抵の男子は諦める。
しかし月吉は諦めない。それどころか久奈が拒否するのは照れの表れだと解釈してさらに勢いづくのだ。恐るべき、超がつく程のポジティブ精神。
「部活後は暇かい? どこか遊び行こうよ」
「暇じゃないです。行きません」
「柊木さんの行きたいところに行こう。僕がエスコートしてあげる」
久奈が顔を逸らせばすかさず月吉が回り込んで顔を覗こうとする、これが連続で続く為、月吉はクルクルと旋回している。
し、しつこすぎる。俺の脳内ではPRGよろしく『しかし まわりこまれてしまった!』のメッセージが流れた。ミミック? 月吉ミミックかな?
「さあ柊木さん、一緒に行こうっ」
「……なお君」
執拗に顔を合わせられるのに耐えられなくなった久奈がとててっ、と小走りで俺の元へ。後ろに回り込んで俺の制服を両手で掴み、何度も俺の名を呼ぶ。
「待ってよ柊木さんっ」
となれば月吉も後を追ってくる。立ち位置としては俺の前に月吉、俺の後ろに久奈が立つ。
月吉が顔を覗こうとすると久奈が俺を盾にぐるぐると動く。それが一分続く。
「長くね? 目が回る!」
今からスイカ割りするのかな? それくらい回っているよ。
つーか月吉もいい加減諦めろ。お前が追い回すから俺が回るハメになっているんだぞ。
「久奈、ちょ、待っ、吐き気が込み上げ、うっぷ」
「ちっ……久土君、邪魔しないでくれ」
「別に邪魔しているわけじゃ……」
ようやく月吉が諦めた。久奈も逃げるのをやめて止まってくれた。
あー、遊園地のコーヒーカップ並みに酔った。三半規管が刺激されて視界がぐわんぐわん。酔い止めプリーズ。
「正直鬱陶しいんだ。いつも柊木さんの傍にいて僕の邪魔ばかりして」
ちなみに月吉は俺のことを忌み嫌っているよ。久奈と親しい俺が邪魔だと会う度に敵意ある目で睨んでくる。ひえ~。
久奈は月吉が嫌いで、月吉は俺が嫌い。そうだね、俺もお前が鬱陶しいよ。
「聞いたよ、君は何度も嘔吐しているらしいね。汚らわしい奴は柊木さんに近づかないでくれ」
同級生だから俺の最近の噂は伝わっているらしい。はいそうですよ朝昼ゲロ男だよ。今も吐きそうでーす。うっぷ。
……つっても、吐き気に負けている場合じゃない。目の前の勘違いオールバック野郎から久奈を守ってあげなくてどうする。
「いい加減にしろよ。久奈が嫌がっているだろ」
「嫌がる? 照れているだけさ」
「お前それの一点張り? 照れていないって久奈本人が言ってるじゃん」
「お前って言わないでくれ」
「はいはいごめんね月吉」
「呼び捨てしないでくれ!」
ほらね、かなり嫌われている。呼び捨ても許してもらえていない。はあ、めんどい。
「はいはいごめんね月吉くーん」
「君の部分を伸ばさないでくれ」
「まだ注文するの? 婚礼のバイト並みに注文してくるね」
「なお君意味不明」
「はいはいごめんなさい分かりやすいツッコミ心がけます!」
「柊木さんが怒っているじゃないか。柊木さんが嫌がっているのは僕じゃなくて久土君に対してだ。分かったらそこをどいてくれ」
いや俺に対しては怒っていないって。なんすかそのこれ見よがしにバッシングするスタイル。都合の良い耳をお持ちですな。
あとさ、俺がどいても意味ないから。久奈は俺の制服を掴んでいるので。
「……まだ退かないのか。しつこい男は嫌われるよ」
「見事なブーメラン。リンクもビックリだぞ」
「いいだろう。これを機に柊木さんを久土君の魔の手から解放してあげる」
はい? 何言ってるんですか。
月吉は全身を半回転させて勢いをつけると俺の顔面に向けて指をズバッと向ける。オペラか。
「久土君、僕と勝負だ!」
「……やっぱこいつ面倒くさい」




