第36話 囲碁部でダーツ投げる
幸せそうにラーメン啜る麺太に、容器はちゃんと食堂に返却しとけよと告げて教室を後にする。
廊下歩けば耳澄まさずとも聞こえる歓喜、否応にも伝わってくる活気。打ち上げやろうとかカラオケ行こうとか、皆さん大いに賑わっていらっしゃる。
「赤点なんて取るわけがない的な顔ばかりだ……」
こうして見るといかに自分と麺太がアホなのか痛感させられる。
テスト難しかった~、ヤバ~イ等と落ち込む奴らも顔は晴れやか。本当にヤバイとは思っていないんだ。俺と周りの奴らでは落ち込み度に天地の差がある。
ガチャで例えるなら、彼らは一回のガチャで雑魚キャラ引いて落ち込んでいるだけで、俺は十連を十回引いて目的のカードを引けなかった落ち込み方だ。この例え分かりやすくない?
「……帰るか」
ここにいても妬みと後悔の念が増長するだけ。テストは午前中で終わったんだから今日はさっさと帰ってふて寝するに限るべ。帰るべ。
「顔真っ青だね、なお君」
「久奈か……」
重たい足取りで昇降口へと向かう俺の隣に並ぶ久奈。彼女は俺の制服を掴むとくいくい引っ張ってきた。
「なんでしょ?」
「部活行こ」
「あぁ、今日から部活解禁か」
テストが終われば部活動が再開する。
部活か……まあ、気分転換に行くのはアリだな。たまには顔出さないとね。
「行こ」
「わーったよ。だから引っ張るな」
「それでもカブを抜けません」
「わしゃカブか。顔面蒼白だからってアブラナ科になったつもりはありません」
「なお君意味不明」
「君が先に意味不明なこと言ったんだけどね!?」
文化部は、校庭や体育館で練習する運動部と違い部室が主な活動拠点だ。文化部の部室の大半は部室棟に設けられている。へえー。
一階の渡り廊下を通り、特別棟のもう一つ隣にあるのが部室棟。
建物内は静寂ながらも各々の部屋からは声が聞こえ、心地良さにも似た閑々と穏やかな雰囲気が漂っている。
「久しぶりな気がするわ~」
「なお君は一ヶ月ぶりだね」
「幽霊部員だからな」
「確かに今のなお君は幽霊みたいな顔してる」
「違うそうじゃない。さり気なくディスるのやめて」
「私もたまには毒吐きたい。なお君だっていつも吐いてる」
「俺が吐いているのはゲロなんだよなぁ」
「余計タチ悪いじゃねーかー」
俺の真似? なんだそれ、無茶苦茶可愛いじゃねーかー。
体を左右に揺すりながらコテンと首傾げる仕草は、男子が動悸と息切れを引き起こして担架が呼ばれそうになるレベルで可愛い。さす兄かな?
「んじゃ入るぞ」
「ん」
部室棟の二階、階段すぐ傍の部室。中からは人の気配と、同時に賑やかな声が微かに聞こえる。
俺は扉に手をかけた。扉のガラス部分には大きな紙が貼られており、そこには『囲碁部』の文字がどどんと。
「あっ、久奈ちゃん久しぶり~!」
長机が数個とパイプ椅子が並べられて小奇麗な室内。長机の上には折り畳み式の碁盤、それと碁石。
俺らが入ると女子部員が久奈を囲んでキャピキャピ。痛っ、ちょ、俺を押しのけないで。
「相変わらず久奈は人気者ですこと……痛いっ、勅使河原さん? 俺の足踏んでるから。ライブハウスにみたいに飛び跳ねないで勅使河原さん!」
女子達がこれでもかと言わんばかりにキャピキャピしている。すごくキャピキャピする。ディスイズキャピキャピ。
久奈の隣に立つ俺は邪魔らしく、女子達は平然と俺の足を踏んだりぶつかってくる。ちょっと!? 俺も久しぶりに来たんですけどー!?
「久しぶりだな久土」
「おお、長宗我部か」
女子達は完全に俺をスルー。唯一話しかけてくれたのは同級生の男子部員、長宗我部だった。名字のクセが強い。
「顔が白いけど大丈夫か?」
「気にせんでいいよ。ちょ、勅使河原さん腕グルングルン振り回すのやめて全て俺に当たっているから!」
「久土は相変わらずだな」
長宗我部は呆れつつ優しく微笑むと折り畳み式の碁盤を広げる。
「一局どうだ?」
「そんな一杯どうだみたいに言われても」
「囲碁部だぞ。打たなくてどうする」
「いや俺と久奈の目的はアレだし」
アレと言って俺が目を向ける先には壁に設置されたダーツボード。
俺と久奈が囲碁部に入部したのは囲碁がしたいわけじゃなく、部室にダーツがあるからだ。昔の部員の私物らしく、卒業と同時にそのまま部室に寄贈される形で残ったそうな。
実は久奈、ダーツがものすごく好きなのである。今年の春頃に教えたらドハマりした。マイダーツを買う程に熱中している。
部活で、しかもタダでダーツが出来る。それのみで囲碁部に入部を決定したのだ。囲碁は知りません。ヒカ碁は面白いです。
「久土達はたまにしか来ないくせにいつもダーツだもんなぁ。まあいいや、じゃあダーツしようぜ」
「オッケー。今機嫌悪いから長宗我部なんてボコボコにしてやる」
「やってみろ」
とまあこんな感じで俺は不真面目な部員だ。でも他の奴らも大差ない。女子は基本的にお喋りだし、囲碁を真剣に打つ奴はほとんどいない。
そもそも囲碁部は顧問の教師が趣味で作ったもの。顧問はたまに来て相手してもらえるだけで満足している。俺みたいな生徒は自由気ままに過ごせるのでありがたい。それがこの囲碁部の最大の魅力だ。
あ、でも打つ奴がいたら静かにするよ。ハットトリック決めても叫ばないよう注意している。
「よっしゃハットトリック~!」
「久土強いな」
「俺より久奈の方が強いけどな。あいつカウントアップで平然と600超えるぜ」
「なお君、私もしたい」
「お、いいぜ」
女子とのトークを終えた久奈がマイダーツを取り出した。無表情だがウズウズしているのが分かる。
「なお君ボコボコにする」
「やってみろやオラァ」
追試や補習のことを忘れて、期末考査を終えた解放感に包まれてダーツを楽しんだ。