第33話 ツーン
『勉強捗った?』
『全然(笑) 久奈は今どこ?(笑)』
『バスを降りたとこ』
『迎えに行こうか?(笑)』
『うんお願い』
金城が帰った後、一人でテス勉出来るわけもなく水の神殿を攻略していると久奈からメッセージが届いた。じゃ、迎えに行きましょうかね~。
相変わらずかっこ笑を使いまくる俺はアウターを着てマフラーを巻くと家を出た。あ、かっこ笑を頻繁に使うと嫌われるらしいよ。そんな時は『^^』を使おう。汎用性が高いぜっ。
「さみー! 初冬にしては寒すぎる!」
凍てつく冬の重い冷気に身を縮こまらせてマンションの廊下を歩く。吐く息は白く、雲覆う夜空に映える。
「これよりさらに寒くなるのかよ、うぅ……あ、父さんお帰り。ういー」
一階のエントランスで父さんと会った。
久奈を迎えに行く旨を伝えたらハゲ頭のおっさんは頷いてエレベーターに乗った。
「俺も将来父さんみたいにハゲるのかな……」
嫌だなぁ、ハゲにはなりとうない。神様どうか、チート能力はいらないから植毛魔法を授けてください! と、天に向けて祈願するも木枯らしが吹きつけるだけ。
俺は虚しくマフラーに顎と口を収めて、否応にも冬の到来を痛感してしまう夜道を進む。
九月になっても暑くて夏が終わるのが遅かったなー、やっと秋だぜー、とか期待したら秋すぐに終わっちゃったよ。秋のスパン短すぎ。アニメの女子高生のスカートくらい短い。あれ階段の下からパンツ見放題だろ羨ますぃ。
「さて、そろそろ合流するはずなんだが」
頼りない街灯に照らされた薄暗い道の向こうから歩いてくるのは、おっ、いたいた、久奈~。
こちらへと向かってくる久奈は風に吹かれて髪が耳の辺りで揺れ、俺と同様に白い息を吐いていた。俺は鷹揚に手を掲げる。
「ういー」
「ス○ン・ハンセン?」
「おいおい~、誰がブレーキの壊れたダンプカーだっての☆」
「? 分かんない」
自分が言ったくせにハンセンさんの異名知らないのかよ! 日本で最も有名な外国レスラーの一人だぞ。彼のラリアットはすごいんだぞ。観たことないけど。
「寒いね。雪が降りそう」
「明日はシーマンが降るらしいぞ」
「なお君は何を言っているの?」
俺もそー思う。
「お疲れ、部活はどうだった?」
「月吉君がしつこかった」
「あー……それは大変だったな」
「なお君がいないから」
「俺のせい!?」
俺のシャウトが静まり返った道に響いて、あらやだ近所迷惑? 近隣住民から苦情きちゃうよぉ~ビクンビクン!である。
慌てて口をマフラーにうずめていると、久奈が「帰ろ」と短く告げて歩きだした。その横に並んで今来た道を引き返す。
「やっぱり部活は一緒に行こ」
「そーだな」
「あとなお君、勉強しなくちゃ駄目だよ」
「わ、分かってらぁ」
久奈がじぃ~と訝しげに見つめてくる。俺は顔を逸らして口笛をぴゅーぴゅー。
これはあれだね、部活を休んで勉強すると言ったくせに全然しなかった俺へ対する非難だな。横からすんごい視線を感じる。
「一応する気はあったんだぞ? でも金城がアルバム見ようってうるさくてさ」
「舞花ちゃん? 向日葵君とじゃなかったの?」
「ああ、麺太は発狂して帰った。金城が教えてくれるって言うからさっきまで俺の部屋にいたんだ」
「……舞花ちゃんと二人きり?」
「そうだな」
「……」
ん? 久奈?
「二人で何したの?」
「卒アル見て部屋でダラダラしてた」
「他には?」
「いや、それだけだよ」
「……」
「な、なんすか」
「私も部活休めば良かった……」
そう言うと久奈は歩むスピードを速めた。
チラッと見えた横顔は心なしか暗かったような気がする。な、なんだよ急に。
「アルバム見られて恥ずかしいのか? 悪かったよ」
「そうじゃない」
「じゃあ何さ」
「なんでもない」
う、うーん? 言葉にトゲがある。なんか不機嫌じゃね?
……あっ! てことは久奈の表情に変化があるのではないか? だとしたら見たい見たい見たーいっ。
先を行く久奈に追いつき追い抜き回り込み、彼女の前でしゃがみ心のシャッターの準備。さあ見せてもらおう、無表情ではない表情を!
「何?」
久奈の表情は無表情でしたとさ。いつも通り澄んだ瞳と小さな口、冷気に当たって白い頬。顔色に変化一つなし。
不機嫌な顔、つまりは表情に変化が見られると思ったのに。なんだよおい~。でもやっぱり様子は変だ。
「どしたのさ。微妙に不機嫌っぽいぞ」
「別に。早く帰ろ」
「あぁん」
久奈は俺を押しのけるとまっすぐスタスタと歩いていく。
やっぱり機嫌が悪いじゃないかっ。そんなに卒アルを見られたのが嫌だったのか?
「わ、分からぬ……あ、待って!」
「ツーン」
「自分でツーンって言っちゃった!? 普通言わないぞ。ワサビがキツイ時でも言わないからな!」
「なお君のツッコミ意味分からない」
「俺もそー思う!」
人が迎えに来たというのに一人勝手に帰っていく久奈の後を追う。
その後マンションに着くまで久奈は話しかけても気のない返事ばかりだった。なぜツーンとしているのかは分からずじまい。俺は溜め息を吐いて、その息はやっぱり白く、天へ昇っていった。




