第30話 明日の天気は魚のちにシーマン
金城先生に勉強を見てもらえることになった。マジ感謝ぁ。
現在はマンションの一階エントランスでエレベーターを待っている。
「あのまま教室で教えてくれたらいいのに」
「まーまー、せっかくだし久土の家で勉強会しましょーぜー」
ゆったり間延びした声で金城が笑う。屈託のない笑みとはこれを指すのだろう。可愛い子が笑うとさらに可愛くなるの法則ってあると思います。
「ところで久奈ちゃんは?」
「あいつは部活だよ」
「え、部活やっているんだ。知らなかった」
「週に一回行くか行かないの頻度だからな」
俺も同じ部活に所属している。久奈と一緒に行きたかったが勉強しなくちゃの精神で欠席した。ちなみに運動部ではない。この話については近いうちに語られるだろう。俺は誰に言っているんだ?
会話しているうちにエレベーターは一階から七階へ上昇、我が家へと到着。ドアを開け、玄関で靴を脱がず一度立ち止まる。
「えー……ワンツーワンツー、はっ、はっ、はーっ!」
「え、ちょ、久土? 何そのバンドマンのマイクチェックみたいな声出し」
「お母さあぁぁん! ただいまぁ!」
「うっわ久土ちょー元気」
絶叫するのには理由がある。母さんに命令されているのだ。
一人で帰ってきた時は何も言葉を発しなくていい、つーか喋るなと言われ、もし人を連れてきた場合は大きな声で帰宅したことを伝えろと指示されている。
今、俺の声が廊下を通過してリビングで寝転がっている母さんに届いたはず。
「お帰りなさい直弥。あら、お友達?」
慌てて雑誌を片付けて身なりを整えていたのだろう、しばらくすると母さんがエプロン姿でやって来た。
分かっていたくせに「あら、お友達?」とか言ってんじゃねー。袖をまくって、さも今まで家事やっていました感を出している。この見栄張りババアめ。
母さんは俺を一瞥することもなく金城に注目。目を見開いてビックリ仰天あらまぁ的な表情をして上品に手を口元に添える。
「直弥が友達を連れてくれるだなんて。しかも女の子。明日は空から魚が降ってきそうね」
「ファフロツキーズ? 俺だって友達いるわ」
「直弥、シーマンを友達にカウントするのは良くないわよ」
「してねーよ。シーマンが唯一無二の友ってガチで可哀想な奴だろうが!」
母さんは口元に手を添えたまま「おほほ」と貴族ぶった微笑みで金城を見つめると、普段は放屁してゴロ寝している奴とは思えない温和な物腰で丁寧に頭を下げる。
「初めまして、直弥の母です。いつも息子がお世話になっております」
「いえこちらこそっ。あたしは金城舞花と言いまーす。直弥君には助けられたことがあってすっごく信頼してますっ」
金城は母さんと同様に深々とお辞儀して喜色を満面に現す。笑顔を浮かべるのは彼女にとっては自然なことで、相手に好印象を与える無垢で素敵な曇りなき微笑み。
おー、初対面の人に対しても自分のスタンスを崩さず且つキチンと挨拶が出来る金城のコミュ力には脱帽だ。
金城が笑うと母さんは小さく歓呼する。嬉しそう。
「とても礼儀正しいのね。しかも可愛い! あまりに可愛くて驚きのあまり心臓が止まりそうだわ」
「あたしもお母様がちょー綺麗でビックリしましたっ。直弥君が羨ましいです」
「あぁもう金城さん最高。ベストオブ御膳上等よ」
ベストオブ御膳上等ってなんだよ。和洋折衷に失敗してんぞ。
母さんと金城は互いに微笑んで世間話をする。金城のおだてが加速していき、母さんは謙虚にかぶりを振るいながらも口角が上がり綻んでいく。このままでは実母が口裂け女になるので会話を切り上げなくては。
「はいはいもういいでしょ。俺ら勉強するから邪魔するなよ」
「直弥が勉強? 明日は空からシーマンが降ってきそうだわ」
「シーマン降るのかよ! シーマン知らない世代が見たらトラウマ確定の阿鼻叫喚じゃねぇか!」
強引に母さんを振り切って金城を俺の部屋に案内する。
途端、隣の奴の雰囲気が変わった。金城は部屋に入るとすぐにベッドにダイブし、
「ふへぇ~、久土の部屋って何もないー」
リラックスモードへ移行した。だらしない声を漏らしてゴロゴロと寝転ぶ。お前は猫か。女子が易々と男のベッドに寝るんじゃない。
「貞操観念が緩いぞ。襲われたらどうするんだ」
「久土にそんな度胸はないじゃん。でもベッドからは降りる。臭いがくどい」
「この野郎……!」
「野郎じゃないもん女の子だもーん。あ、久土の臭いがくどいって面白くない?」
自分の体臭をディスられて面白いわけがないでしょうが。俺のメンタルが豆腐だったらショックのあまり発熱しているからね。38度超えしているわ。学校休めるレベルだわ。
「ジュース取ってくるから金城は勉強の準備しといて」
「らじー」
「いいか、部屋の中を漁るなよ?」
「分かってるって」
「フリじゃないからな。いいな?」
「もー、くどいってば。……ぷぷっ、久土がくどい~」
「自分で言って自分でウケるんかい!」
この調子でちゃんと試験勉強は出来るのか? 不安しかないんですがああぁ……。