第3話 無表情淡々エール
俺と久奈は幼馴染だ。出会ったのは五歳の頃らしい。これは本人に聞いた。久奈は出会った頃をちゃんと覚えているんだってさ。ちなみに俺は覚えていない。自我に目覚めたのは小三くらいだった。アホなんでね、仕方ないね。
同じマンションに住んでいたこともあって小さい頃からよく一緒に遊び、小学校時代は周りから冷やかされたらしい。俺は覚えていない。自我に目覚めるの遅かったんで。アホなんでな、仕方ないでな!
一緒に遊んで、いつも一緒にいた。小学校も中学校、今も同じ高校に通っている。
だけど思い出せない。これだけ一緒にいて、思い出せないことがある。
「最後にあいつが俺に笑顔を見せたのはいつだったかな……」
久奈はいつも無表情だ。感情表現が少なく、温和な性格で楚々とした佇まい。でも子供っぽい可愛らしさもあって賢くて冷静で……本当、自慢の幼馴染。
自我に目覚めるのが遅くとも。最後に見たのがいつか覚えていなくとも。ちゃんと記憶に残っているものがある。あいつが俺に向けて見せた満面の笑顔は……すっげぇ可愛かったんだ。
「だからもう一度見たい。あいつを、笑わせたいんだ」
「直弥その話何回も聞いた。ウザイからお黙り」
「テメェこそ黙れや麺野郎! お前こそ何十回も麺の話ばっかりして人のこと言えないだろ!」
俺が儚げに胸秘める思いを語ったのになんだその態度は!
麺太は「はいはい」と呆れながらにテキトーに相槌うつ。な、なんかムカつく。図工の授業でガムテープがグチャグチャになった時ぐらいムカつく。キィー!
「それにしても直弥と柊木さんが幼馴染ってすごいよ」
「どういう意味だ」
「だってさ、柊木さんは見た通り美少女。あのクールでおとなしい雰囲気はたまらないっ」
麺太はデレデレと鼻の下を伸ばして久奈の方を見る。久奈逃げてぇー、麺食いがあなたをいやらしい目で見ているよー!
「んで片や直弥はドがつく程のアホ。しかも朝ゲロ男。どう考えても釣り合わないでしょ。天と地、月とスッポン、人糞と馬糞だよ」
「ちょい待て、最後のはおかしいだろどっちも糞だったぞ」
「ばっか直弥、柊木さんがただの人糞なわけないっしょ。人糞は人糞でも、アイドルの人糞なの、ってアイドルが糞するわけないでしょーがバカチンがぁ!」
「何一人で勝手にキレてるの!? 情緒不安定の上に何回糞って言うつもりだ!」
「七回だよ!」
「回数を問うたわけじゃない!」
ヒートアップする俺と麺太。すると俺ら二人の間に立つ、教師。眉間にシワを寄せてワナワナと震える教師の額には漫画みたいな大きな青筋が浮かんでいた。
「久土、向日葵……お前ら校庭二十周な」
あ、そういや今は授業中でした。てへっ。……また走るのか。
ぜえ、ぜえ……! む、無理、今朝も十周走ったのに飯後の二十は殺しにかかってる。こちとら運動不足の文化部だっての。激しい運動は命の危機を感じちゃう悔しいビクンビクン!
走っても走っても終わりは見えない。はぁ、もぅマヂ無理……ショトカしよ。
「なお君、ショトカはしちゃ駄目だよ」
「ぜえ……つーか、ぜえ、なんで久奈がいるのん?」
外周する俺を、久奈は段差にちょこんと座ってじぃーと見つめてくる。
「なお君がサボらないよう監視していいですかって先生に聞いた」
「そんで授業免除かよ……まあ久奈は優秀な生徒だもんね」
久奈は頭が良い。学年での順位は常に一桁だ。十刃かな?
ちなみに俺はクラスで下から二番目のアホ。最下位は麺が好きなあいつ。
「あと十四周ファイト」
「無表情で淡々と言うなぁ……! ぜ、ぜえ、俺だけじゃなくて、麺太も監視しろよ」
「向日葵君はもう二十周終わった」
久奈が指差す方向には坊主の頭にタオル巻いた麺太が爽快な様子でスポーツドリンク飲んでいた。ち、ちくしょう、あいつ頭は致命的にアホだけど体力はあるんだよな……ぜ、ぜえ。
「おーい直弥まだ? ラーメン屋だったら麺が伸びちゃうよ」
「なお君あと十三周ファイト」
む、無理。マヂ無理……。