第29話 迫る期末考査
「ぐぎぎ……」
「直弥うるさいよきゅびび……」
「麺太こそぶべぼ……」
放課後の教室。二つの机を合わせて呻き声あげる俺と麺太は危機に直面していた。
もうすぐテストがあるのだ。その名も、期末考査……!
「ぐぎぎ……ぐあぁ駄目だ全然分からない」
「数学無理ぃ! 僕は算数だって怪しいんだからね!」
「さすがにそれは酷い」
「じゃあ直弥、円の麺積の求め方は?」
「……」
「その気持ち、分かるってばよ。僕も麺積の求め方、分からないってばよ」
「とりあえず麺積じゃなくて面積な。漢字が違うから」
この通り見るも無惨な状態。うわっ、俺らの学力、低すぎ……?である。
麺太と俺は超アホ。日常生活における常識の欠落とは別に、学業においても群抜いて超アホだ。前回の中間考査では赤点のオンパレードでした。
「どうするのさ!? 補習は受けたくないよ!」
麺太が嘆く通り、補習だけは絶対に嫌だ。
我が校では期末考査で赤点を取り、さらに追試でも良い点が取れないと補習を受けるシステムとなっている。補習は冬休みの、しかもクリスマスイブの日にある。い、嫌だ、嫌すぎる。イブに補習はヤバイって。
「だから居残って勉強しているんだろうが」
「でも直弥、算数レベルで躓く僕らが正弦定理を理解出来るとでも?」
「うるせぇ! だったらまずは小学生の教科書から勉強すればいいだろ」
「小学生が終わったら次は中学生だよ。それは麺倒くさいって」
「だから漢字が違う」
「あ、ご麺ご麺」
「こいつクソウゼェ!」
だああああ! この麺野郎がぁ! こいつと手を組んでも全く意味がない! だよな、アホ二人が手を組んだところで大した相乗効果が生まれるわけなかった。寧ろマイナス効果だ。俺のストレスがマッハ。
となれば麺太以外の協力者が必要だ。誰か他の人に頼んで勉強を見てもらうしかない……!
「二人で何してんのー?」
っ、その声は! バッと顔を上げた先には栗色の毛先ゆるふわ美髪を翻した金城がいた。
あぁ、救いの手が差し伸べられ……ていない。
「なんだ金城さんか……」
横の麺太も溜め息混じりに項垂れる。俺と同じ心境なのだろう。
金城に勉強を見てもらおうと考えたけどさ、金城の頭が良いとは思えない。だって見た目ギャルだぜ? こういう見た目の女子はお馬鹿ってのが世の理なのだ。
「二人して何その呆れ顔。なんかムカつく」
「あーはいはいごめんな帰っていいよ」
「僕と直弥の邪魔しないでちょー」
「はあ~? マジムカつくんですけど」
口を尖らせた金城は立ち去らず、俺の背後に回ると後ろから抱きついてきた。ふわっと香る女子特有のめっちゃ良い匂い。
まあ抱きついたと言っても俺の頭に自分の顎を乗せ、両腕を前に伸ばしてきただけだけど。……なんか背中にむぎゅって感触ががが。
「げふんげふん」
「久土どしたの? あ、テスト勉強ね。なーる」
「金城もテス勉頑張れよ」
「あたしは大丈夫。学年で十位だし」
「……はい?」
今、俺の真上から聞こえた言葉はなんだ。金城が学年十位…………はあ!?
「お前マジか!?」
「やぁん動かないで」
「動くわビビったわ! え、金城って頭良いのか?」
「普通だって。普通に勉強したら学年十位だっただけ」
そんなことより動くな久土、と言って体重を乗せてくる金城。良い匂いと温もりに包まれる俺は動揺を隠せないでいた。
金城が頭良い、だと!? ギャルみたいな風貌でいかにも偏差値低そうな外見なのに中身は意外に優秀だと言いたいのか!? 学年十位、つまり久奈と同じ十刃だなんて信じられないよ僕!
「久土は馬鹿だもんね」
「だからこうして勉強してるんだ」
「この問題分かる?」
金城が指差す、正弦定理を使って外接円の半径を求める問題。
……分かるわけないでしょ。答えられず黙っていると頭上からケラケラと笑う声が聞こえた。
「やっぱ久土ってアホだ~」
「う、うるせぇ! もう帰れよチクショー!」
「怒らないでよー。あたしが教えてあげようか?」
「え、マジ?」
学年十位の秀才から教えてもらえたら万々歳だ。是非ご教授、いや、待てよ? 教える代わりに今度ケーキ奢れとか言うつもりだろ。ジト目で金城を睨み、たかったけど真後ろに抱きつく人間を視認出来るわけない。
そんな俺の思考を読み取った金城は鷹揚に笑って「心配しないで」と付け加えた。
「無償で教えてあげるよ~」
「何が目的だ」
「こらこら、疑い深いなぁ。久土にはいつも癒されているからそのお礼」
癒しって何のことだ? 口に出す前に金城は俺の頭を撫でてきた。
「これのこと。久土の髪の毛サラサラで気持ち良いの~」
「さっきから俺が言う前に答えるの何? 何度も言うけど思考読むのやめい」
「やぁん髪サラサラ~」
「無視ですかい」
心を読まれたり髪を触られまくっているが、勉強を教えてもらえるなら安い対価と言えよう。髪の毛なんていくらでも触らせてやらぁ!
なので金城舞花さん、何卒ご教授お願いします。心の中で念じると頭の上から「あたしに任せろ~」と返事が返ってきた。あれ、これ意外と便利?
「やったな麺太、これでテストは……ん? 何その顔」
勉強を教えてくれる人を見つけた。喜ぶべきなのに、麺太は顔を歪めて歯を剥き出している。剥き出した歯をカチカチと鳴らしてその間から聞こえるは唸り声にも似た呪詛。
「さっきから見ていれば平然とイチャイチャしよって……なんだい君達は!」
イチャイチャって、俺らが? いやいや別にイチャついているつもりは微塵たりともないよ。金城が勝手に抱きついてきただけだし。
「お前ら付き合っているのかね!?」
「俺と金城が?」
「ないない、久土と付き合うとかありえないしー」
「なのにその距離感かよおおぉ!」
麺太は叫び狂う。ムンクより、ハンマーの室伏より、彼の叫び声は大きく響き渡った。
耳を塞ぐ俺と金城。麺太は叫び続けたまま立ち上がって教室を出て行ってしまった。
「ぐぎぎきゅびびぶべぼおぉぉぉ!」
「あいつ、やっぱキモイよな」
「いいから勉強しよー」