第26話 一件落着
かったるい授業が終わって放課後ティータイム。軽音部に入れば良かったかな? などと思いながら久奈に帰ろうと促す。
「行くぞ」
「ん」
二人並んで教室を出た。廊下を先に歩いているのは、金城だ。
俺と久奈は金城を追って正門を通り、駅に入り、電車に乗る。ガタンゴトンと揺れて今日も電車は満員。
「上手くいくかな?」
俺の胸元で久奈が窮屈そうに尋ねてきた。密着してちょいドキ状態です。なので下は見ずに視線を泳がせて路線図を凝視。
「確実に来るさ。大々的に今日で最後と言ったんだから自分の目で確認したいはずだ」
「そっか」
「そうなのだ。……ところでキツくないか?」
壁際に立つことが出来たものの、乗客の多さによる満員電車特有の圧迫感で息苦しい。後ろからおっさんの加齢臭が、ひいぃ~! せめて久奈には加齢臭がうつらないようディフェンスしております。
つまり俺と久奈の体は密着し、顔を向き合おうものなら互いの息がかかる程に距離が近い。
「平気」
「けどもっと空間あった方が」
「これがいい」
「さ、さいですか」
「ん」
今更ながら電車通勤の人はすごいと思う。小学校から高校まで徒歩やバス通学の俺はひたすら路線図を見渡しながらディフェンスに徹する。
……胸元から視線を感じるけど見たら駄目だ。見たら絶対ドキドキするもん今もドキドキしているもんっ。
「なお君」
「な、なんすか?」
「これから、たまには電車で帰ろうね」
「なんでだよ」
「なんでも」
「相応の理由が欲しいんだが」
「女の勘」
「それはなんか違くね!?」
電車を降りて歩く。夏季には社畜よろしく働いていた太陽も、十一月になると勤務時間が短縮されて辺りは既に薄暗い。
車のヘッドライトが点き始めてカラスがかあかあと鳴き、俺と久奈は金城を尾行中。
……さて、いよいよ決戦の時だ。気合い入れていくぞ。
「次の曲がり角で振り返るぞ」
「! 分かった」
ある程度歩いて住宅街にさしかかったところ、久奈はすぐに俺の真剣な口調を察してくれた。
狙うは次の曲がり角。そこを通過し、少し歩いて……
「今だ!」
「ん」
バッと振り返れば、曲がり角から顔を覗かせていたのはマスクをした男。あいつが、ストーカー野郎!
ストーカー野郎はビクッと仰け反るとすぐに顔を引っ込めた。
「逃がすかよ!」
素早く体を反転、来た道をダッシュで戻る。
曲がり角を曲がれば既に遅く、ストーカー野郎は逃げ果せていた。はず、だっただろうね……麺太がいなければ。
「やったよ直弥! 捕まえた!」
そこには、麺太が男をガッチリと捕まえて地に伏せさせていた。
「ジャックナイフ式エビ固め!」
「すんごい技で押さえ込んでいるなぁ」
ともあれ黒いパーカーを着た男は暴れるが立ち上がるどころか上体を起こすことすら出来ずにいた。
さすがだ。アホだけどフィジカルは高い、それが麺太。簡単には逃げられないだろう。
「逃がさないって言っただろ? さて、顔を出してもらおうか……一年二組の級友君」
「なお君がカッコイイ」
コラ久奈っ、茶化しちゃ駄目! 今は俺が決め顔するシーンでしょうが!
ゴホンと咳払い一つ。金城も戻ってきて、俺ら『ストーカーは 許しませんよ ホントだよ』はストーカー野郎を囲む。
「このストーカー野郎め! 金城さんを怖がらせる奴は僕が許さない!」
その台詞はそっくりそのまま君に返ってくるんやで麺太。
「麺太、そこどいて」
「まだ3カウント取ってないよ」
「カウントは取らないから。取るのは、マスクだ」
ブーメラン麺太がエビ固めを解除、男は観念したのか一切動かない。
さあ、顔を見せてもらおうか。俺はマスクを引き剥がした。
「……西大路橋君か」
「う、うぐ」
マスクを外すと現れたのは見慣れた顔、クラスメイトの西大路橋君だった。確か、ハロウィンの時に久奈を誘っていた奴だ。まあそれはいいか。
そうかそうか、テメーが金城を……!
「ど、どうして」
西大路橋君は観念したように力なく正座すると青ざめた顔で俺を見る。
「色々と説明した方が良い感じ? まずストーカー野郎は、俺と久奈のことを知っている奴だと思った」
俺と久奈は火曜から金曜まで、金城の後ろを歩いていたがストーカーの現行犯逮捕には至らなかった。それは犯人が俺と久奈の存在に気づいた、つまり俺と久奈がストーカーを追っていると察知したからだ。
俺ら三人の関係性を遠目で見てすぐに察することが可能なのはクラスメイトだけのはず。もしくは俺らストーカー討伐隊が画策していることを見たのだろう。それも同じクラスの人間なら可能だ。
「犯人が金城をストーキングする動機が分かりクラスメイトだと確定した。動機、それはハロウィンパーティーで仮装した金城がエロかったから。ストーカーしてみたい欲が出たんだろ?」
「え、あたしエロかった? 久土キモイ」
「すんません今いい感じに俺のターンなんで静粛にお願いします!」
金城がキモイキモイ言ってくるのを既読スルー。
動機は麺太と同じだ。故にストーキングを始めたのも同時期。辻褄が合う。ちなみに焼いたカツオにはマヨが合う。
「話を戻そう。西大路橋君、君は火曜に目撃したはずだ。駅のホームで騒ぐ俺と麺太の姿を」
西大路橋は無言で小さく頷く。俺は話を続ける。
「ストーキングはしたい。けど俺の存在が邪魔。だから君は金城をストーカーするのをやめ、代わりに俺と久奈を監視することにした。俺らがいなくなる機を伺う為に。金城を追う俺らを、君は後ろから追っていたんだ」
注意して見ていたつもりが気づけなかった。西大路橋君は二重尾行していたのだ。
それが分かれば捕まえるのは至極簡単。麺太を使い、三重尾行で挟み撃ちだ。結果はご覧の通り。
「土曜にもストーキングしたのには驚いたけどな。何? 金城が家を出るまで待機して、外出したらずっと後を追っていたの?」
「そ、そうです」
さすがにキモ過ぎない? というか執念がすごい。よく近隣住民に通報されなかったなってレベルだ。
「とまあ以上だが、何か言いたいことある?」
「け、警察と学校には言わないでください」
同級にタメ語使われるのは奇妙な感覚だのぉ。
西大路橋君は麺太と同様、涙を浮かべて必死に懇願してきた。俺はそれを制する。
「もちろん通報も報告もしない。その気だったのなら、こんな回りくどいことはせず教室で捕まえていたさ」
犯人が俺や久奈とも知り合いであること、ひいては動機がハロウィンパーティーの金城ミニスカポリスが起因している二点からクラスメイトなのは確か。この時点で犯人特定は容易い。
犯人は身を隠す為に変装をしている。これを逆手に取れば、学校にいる時も黒パーカーを持ってきているってことだ。教室で抜き打ち検査すりゃ証拠が出てきてジエンドだからな。その場で断獄が可能。
「そうしなかったのは事を荒立てたくないと金城が言ったからだ。良かったな、ストーカー男って弾圧されずに済んで」
男女問わずクラスの人気者の金城がストーカー被害に遭い、犯人が西大路橋君となれば彼への罵詈雑言及び極刑は避けられない。
それは可哀想だし、騒ぎ立てたくないという金城の意見を尊重し、こうして当事者間のみで終わらせることにした。金城の周りに気を遣う優しさと慈悲深さに感謝しろよしろよ。
「ま、他者に言わないだけで金城本人は言いたいことがたくさんあるだろ。では金城さんお願いしまーす」
俺が喋り終えて金城が一歩前に出た。西大路橋君はガクガクブルブル震える。
「西大路橋君サイテー」
「ご、ごめんなさい……」
「もうしない?」
「二度としません……う、うぅ」
「そっか。じゃあ今回は許そー」
ニコッと笑って金城は一歩下がる。
聞き終えた俺と麺太、新喜劇よろしく盛大にコケた。
「終わり!? 土下座しろよオラ、みたいな発言はしないのか!」
「久土はあたしをなんだと思ってるのさ。……別に、すっごく嫌いになったけど何かを請求したりはしないよ」
ストーカーは許しませんよホントだよは嘘だったのか。日本語おかしくなっちゃうっ。ビクビクっ。うんキモイね。
「反省しているなら今回は許すよー」
「金城がそう言うなら……だってさ、西大路橋君」
「ごめんなさい……!」
西大路橋君が深々と頭を下げて土下座した。結局土下座はするんかい。金城はそれを見て「顔上げなって~」と気さくに話しかけている。優しいね。
ふー、疲れた。俺がその場で大きく伸びをすると、金城がポンと肩を叩いた。
「久土、久奈ちゃん、ありがとねっ。おかげで助かったよ」
「ん。なお君が頑張った」
「俺も大して何もしてないけどな」
西大路橋君が一回でストーキングをやめたら捕まえることは無理だった。
「こいつらのツメの甘さが解決に結びついたようなものさ」
俺は『こいつら』と言って西大路橋君と麺太を交互に指差す。途端に麺太が奇声をあげて狼狽する。
「直弥!? そ、それは秘密にしてくれるって言うから僕は手伝ったんだよ!?」
「んな約束してねーよ」
先程までの『ストーカー許すまじ!』みたいな正義に満ちた精悍な顔つきは一変、西大路橋君と同じ青白い色になって生気が消えていく。
金城、ストーカー野郎はもう一人いまっせ。
「実は麺太もストーキングしてたぞ」
「向日葵君死んで」
「僕には死の制裁!?」
「無理なら毎月一万円払って」
「ごめんなさい! ストーカーしました! ゆ、許してください!」
「じゃあ月末に一万五千でよろしくねー」
「増えてる!?」
麺太の悲痛な叫びと金城の冷たい態度。金城怒ってますね。麺太は地面にめり込む勢いで土下座している。無様。
ともあれ一件落着だ。大泣きして土下座する麺太から目を逸らして空見上げる。夜が随分と寒くなった。もう冬だな~。




