第19話 最初の顔面放屁は獣のflavorがした
土曜日の朝。優雅に遅寝遅起きしてグータラのんびりライフを過ごす、はずだった。
「臭っ!? 何これ信じられん臭さ!」
「ブハハ、起きたか我が息子よ」
突然の刺激臭に脳が驚いて体は麻痺した。
目を開けば、そこには母さんのお尻。ぶぉえ!? 俺の顔面に向けて放屁をかましてきたらしい。ぶぉえ! この世で最も見たくない光景。ぶぼぉえ!
「何しやがるクソ母親!」
「親に向かってクソとか汚い言葉使うなや」
「汚いのは母さんの屁だろ!?」
今までの人生でワースト1の最悪な目覚めだ。母親の放屁をゼロ距離で受けて目覚めるなんて人類の歴史で何人が味わっただろう。下手したら俺が初かもしれない。悲しい歴代初だなおい。
起きたばかりなのに気絶しそう。げんなりする俺はなんとかしてベッドから上体を起こすと母さんを睨む。……随分と気合いの入った服を着ていますね。
「今から温泉に行く」
「あぁ、そだったね」
「ええやろぉ~?」
母さんはこれでもかと言うくらいに優越感に浸った憎たらしい顔で笑う。なんだこいつ、実の息子を煽っているのか?
「羨ましいやろぉ? すまんな、この旅行は四人用なんや」
「スネ夫君? 四人で予約したんだから四人用に決まってんだろ」
「柊木さんらの前で醜態を晒すわけにはいかん。せやから今のうちにオナラを出し切っておこうと思てな。ついでにアンタを起こして嫌がらせ」
「ホント最低だな!?」
母さんはルンルンと上機嫌にその場でスキップをして、その動きによってオナラ臭が部屋に拡散されていく。
うぇ、吐きそう。動物園みたいな臭いするんだけど。なぜ屁が獣臭?
「んじゃ留守番頼むわー。朝飯と昼飯は用意してある」
「朝食は何?」
「ミルミルや」
「嘘だろ」
「昼もミルミルや」
「嘘だろ!?」
何が用意してある、だ。結局俺が全部自分で作らないといけないじゃねぇか! 文句を言いたいぞ!?
しかし言う間も無く母さんはルンルン♪と楽しそうに部屋を出ていった。残されたのは俺と激臭。とりあえず窓を全開にして換気をする。クソぉ、覚えてろよ!
ったく……今日からウチの両親と柊木家の両親で一泊二日の温泉旅行だ。明日の夕方には帰ってくるらしい。
「あー駄目だ臭いが消えない。なんて根強い屁なんだ……!」
もっと寝たかったが眠気は吹き飛んだ。臭いに負けてたまらず部屋を飛び出てキッチンへ。
仕方ない、行動開始だ。俺は朝食用のミルミルを一気に飲み干した。
午後四時、近くのスーパーに買い出し。横に並ぶのは久奈。
「お野菜高いね」
「そーなの?」
「ん、そーなの」
久奈はベージュのモコモコゆるいトップスと、サテンプリーツガウチョってやつ? なんか長くて上質な素材のブラウン色スカートを穿いており、白色のニット帽と合わせて彼女らしい可憐でかわゆいコーデだ。私服姿も可愛いなおい。
彼女は今、真剣な眼差しでキャベツを吟味している。
「キャベツなんてどれも同じだろ」
「品定めしていると主婦みたいで楽しい」
「なんだそれ」
互いの親が旅行に行って、今日俺らは二人で夜を過ごす。普通なら若い男女が同じ空間で寝泊まるのは異性交遊が不純だ~、みたいな風潮がある。
まっ、俺らは幼馴染なのでそういったことは起きないだろう。よって別段ドキドキしたり期待したりしない。……本当だよ? ウンウンホント。なお君ウソツカナイ。
「別に作らなくても出前かピザ頼めばいいじゃん」
「んーん、私が作る」
俺の提案を却下した久奈は真っ赤なトマトを手に取ってじっくり凝視している。それ楽しい? 凝視したらコナン君よろしく「そうか! 分かったぞ、これは国産だ!」みたいになるの?
ともあれ、久奈の晩ご飯作りに対するモチベーションは高いらしい。ちなみに何を作るのか聞いても教えてくれない。
……長年幼馴染をやってきたが、久奈の手料理を食べるのは初めてかもしれない。こいつ料理出来るのか? あ、手作りチョコは何度も食べたよ美味しかったよ。
「トマトはこれにする」
「俺トマト嫌いなんだけど」
「知ってる。好き嫌いは駄目」
「じゃあ久奈が嫌いなピーマンも買おうぜ」
「お肉コーナーに行こ」
「うおぉい無視か!」