第15話 あざとく小悪魔系ギャル風ゆる~い女子
「うーす」
「おはよう直弥」
自分の席に座ると隣の麺太が挨拶を返す。
そこまでは普通だったのだが、麺太はうどんをズルズルと啜っていた。こいつ朝から教室でうどん食ってんのかよ。そのどんぶりは自前か? どうやって調理した?
「既読無視しないでよ。た、倒せなかったんだよ?」
「んなことよりそのうどんはなんだ」
「ダシは市販のスープの素だよ。麺は手打ち」
「そういうことを聞いたわけじゃない!」
あぁ嫌だ嫌だ、麺太の麺キャラにはうんざり。入学式に知り合って付き合いは七ヶ月になるが、こいつが麺類以外を食べている姿を見たことがない。キモイな。忽然と嘔吐する猫ぐらいキモイぞ。なんで猫って急に吐くの? まるで俺みたいじゃん。え、つまり俺もキモイってQED?
話がボール一個分逸れたな。改めて俺がキモがっていると、麺太が不服そうに口を尖らせた。
「なんだね直弥、うどんが欲しいのかい」
「ちっげーよ」
「今から茹でるから待ってて」
麺太が鞄から鍋とガスコンロを取り出す。お前学校に何持ってきてんのぉ!? うどん茹でる為に通学してんのかおい!
「ふっふ~ん♪ 親友の為だ、僕が美味しいうどんを振る舞おう」
「なんでノリノリなんだよ……」
「まだ不満なの? 仕方ないなぁ、乾燥ワカメとかまぼこをトッピングしてあげる」
「だから違うって言ってんだろおぉ!?」
うどんを受け取り、渋々食べていると担任が入ってきて俺と麺太はめちゃくちゃ叱られた。麺太の「うどんを食らって説教も食らったねっ」が激しくウザかったです。
午前中のかったるい授業を終えてお昼休み。麺太に食堂へ行こうと誘われたが鬼の形相で断った。当然だよなぁ!?
現在は一人ダラダラと廊下を歩く。惣菜パンを買いに購買へ向かおうとしていると、前方から金城が歩いてくるのが見えた。彼女が両手に抱えるのは大きなダンボール。あ、嫌な予感がする。逃げ
「久土! ナイスタイミンッ、運ぶの手伝って」
られなかった。荷物を押しつけられる。
「教材を美術準備室に運ぶよう頼まれたのー」
「なんで俺が。日直はお前だろ」
「手伝ってくれる男子ってカッコイイな~。力持ちだな~」
空いた両手を合わせてニコリと微笑む金城の中では既に俺が運ぶことが決定されているらしい。……さっさと終わらせるか。
美術室と美術準備室は校舎の端、一階から渡り廊下を通った先の特別棟にある。一階の渡り廊下からしか行けない且つ四階というアクセスの悪さ。行き来が面倒な故に選択授業で美術を選ばない人が続出。そんな辺境の地に向かわなくてはならないのだ。貴重な昼休みが、あぁ……。
「頑張る久土にご褒美っ。頭ナデナデしてあげる」
両手が塞がっている俺は抵抗出来ず、運びながら頭を撫でられるという謎プレイを味わう。中々に恥ずかしい。
「渡り廊下で交代な」
「聞こえませーん」
「この野郎……」
「野郎じゃないです女の子でーす」
「聞こえてるじゃん!」
荷物は一つだけ。なら距離制で交代に運ぶのがセオリーだと訴えても金城の耳は都合の悪いことは聞いてくれなかった。ごうちか。
結局、四階の美術準備室まで俺が一人で運んだ。教材や作品でごった返す室内の僅かなスペースに荷物を置いて息を吐く。
「しんど!」
「お疲れ様ー」
この野郎、いやこの女郎(めろう)め。俺は疲れた手をプラプラと振り、感謝の気持ちを込めない薄情者を睨みつける。
しかし金城はわざとらしく首をコテンと傾げて歯牙にもかけない様子。明るい色の髪が横へ流れた。可愛いアピールか、はたまた俺を煽っているのか。とりあえずそのムーブは可愛いと思いました。
「校舎に戻ろうぜ。腹減った」
「せっかくだしここで食べましょうぜ~」
「いや俺何も持ってないから」
「しょうがないなぁ久土君は~」
某ダメ主人公に呆れる猫型ロボットのような声と共に、金城はどこからともなく弁当箱を取り出した。花柄でピンク色の弁当包みは女子力が高い。
「どこから出したんだよ。お腹に四次元ポケットがあるの?」
「セクハラ発言やめろし」
「お腹って言っただけで!?」
「女の子がセクハラと言ったらセクハラになるの。女尊男卑なめんな~」
とんでもない世の中になったなおい! 男女共同参画社会基本法どうした、頑張れ法律ぅ!
ジェダイの逆襲よろしく女性の逆襲を味わっている俺を余所に金城はご機嫌麗しく弁当箱の包みを解く。
「ばばーんっ、今日はホットサンドメーカーを使わずフライパンで作ってみました~」
お弁当箱に詰められたホットサンド。こんがり焦げた見た目はたまらなく美味そう。
「右がハムチーズでー、真ん中は鶏ももと長ねぎのさっぱり風~、左はキャベツたっぷり半熟卵ね」
「さらにたまらなく美味そう!」
中身を聞いたら涎が出てきて漫画みたく手の甲で口元を拭ってしまった。金城って女子力高いんだな。ギャルの容姿から想像つかない一面を見た。
「では手伝ってくれた久土に一つあげよう」
「ありがたき幸せ~!」
はは~、と頭を下げて感謝する。荷物を運んで良かった。ナイス俺、そしてナイスクッキング金城。
「ちなみに作ったのは私じゃなくてお母さんなのだ」
「お前じゃねぇのかよ!?」
女子力偽ったんかい! 率直に褒めた俺の感想返せよ!
「私の手作りが簡単に食べられると思うたかーっ。私も食べたことないんだから」
「要するに料理したことないのね。女子力が低いだけじゃん」
「そんなこと言うならあげなーい」
「生意気言ってすみませんでした!」
さらに深々と頭を下げる。ど、どうか慈悲を……!
「じゃあ放課後ケーキ奢ってくれたらいいよ」
「是非行きましょう金城の姉御」
「交渉成立ぅ~」
金城がホットサンドを一つ手渡してきた。はは~、ありがたき。じゃあいただきます! 一口パクリ。
う、美味い。ハムとチーズの組み合わせは王道なんじゃ~! 腹に染み渡るっす!
「これ美味いよ、マジありが……ん、なんで笑ってんの?」
見れば金城は手を口元に添えて笑っていた。ニヤニヤと、しめしめと。
「ケーキ奢るだなんて久土は太っ腹だねぇ」
「まあ一個くらい構わんよ」
「え~、一つ~? 何言ってんの、スイーツバイキングだよぉ~」
「……聞いてないぞ!?」
バイキングってなんだよ! サンドイッチ一個でケーキ食べ放題って何その錬金術! 賢者の石もビックリ!
これは反論しなくては。抗議するためにモグモグと食べ終えて口を開く! ……食べちゃったよ、食べ終えちゃったよ、交換条件満たしちゃったよ……。
「やた~。ケーキたくさん食べようっと」
「クソぉ……くっ、食べ過ぎたら太るぞ」
「セクハラ発言やめろし」
サンドイッチを食べながらギロリと睨む金城。
運ばされて、騙されて、奢らされて、睨まれた。ま、待て待て今からでも遅くない。言い返さなくては。
「久土にセクハラされたってクラスで言っちゃおうかな」
「マジすんませんでした!」
金城の発言力を甘く見てはならない。当日のうちに俺のあだ名に『セクハラ久土』が追加される。うん、そうだね、謝ろう。
……俺って金城に弱いなぁ、ぐすん。