第149話 何度でも誓うよ
真上を指す短針を長針が追い抜く。
時の経過に抗う術はない。意識すればゆっくりと、気を抜けばあっという間に、決して崩れることなく残酷なまでに淡々と流れていく。
「なお君、同じ部屋で寝よ」
「ああ、いいよ」
前回のお泊まりでは躊躇った提案も、今は難なく承諾することが出来る。
せっかくのお泊まりだ。最後くらい、同じ部屋で寝よう。
「んじゃ俺の部屋に布団を運ぶか」
「お布団はいらない。なお君のベッドがある」
「と言うと?」
「私は、同じベッドで寝たい」
同じベッドですか……ぉぉぅ。
「や、それはさすがに……いや、うん……そうだな」
つい否定しかけた言葉を引っ込める。
躊躇うことも恥ずかしがることもない。俺自身がどうしたいか、本心ではどう思っているのか、そんなのは明白だ。
せっかくのお泊まり。最後くらい……そう、最後なんだからさ……。
「駄目……?」
「そんなことない。久奈、おいで」
「んっ」
呼ぶと久奈は本当に嬉しそうな声で返事をして身を寄せてきた。
一つのベッド、俺と久奈は向き合う形で横になる。
「季節的に暑くなる頃だし冷房つけようか?」
「ん、温かい」
「質問の答えになっていないんだが」
「なお君、手」
「まあいいや。ほれ」
風も音も絶えた静けさとまるで黒色の大きな布に包まれたような暗闇に、カーテンの隙間から一本の月明かりが射し込む。
手と手は惹かれ合い、指と指は絡み合い、互いの呼吸がぶつかり溶け合う。
目の前に久奈がいる。近くにいてくれる。それが嬉しくて仕方ない。
「なお君がいる。幸せ」
嬉しいと思うのは俺だけじゃない。久奈も同じ気持ちだ。それが本当に嬉しくて、そして、悲しい。
一緒にいられる時間は残り僅か。それなのに、刻々と迫る刻薄な運命にどうすれば良いのか未だに答えは出せていなかった。
出会ってからずっと。十年以上、俺らは一緒だった。
その世界が当たり前でなくなってしまう。当たり前のように会えていたのが会えなくなってしまう。
今から高校卒業までの一年と半年。俺と久奈は耐えられるのだろうか。正気を保てるのだろうか……。
「なお君……震えてるの?」
「緊張してるんだよ」
「確かに緊張してるっぽい。でもこの鼓動音はそれ以外の感情も含まれている」
「的確に俺の心情を読み取るなよ。怖いって」
「んーん、怖いのはなお君の無表情」
「俺の? ……あー」
「なお君が怒った顔は私のトラウマ」
微かな光に照らされてぼんやりと目に映る気遣わしげに曇った表情。喉を詰まらせる湿っぽい息が俺の唇に当たる。
「う、すまねぇ」
感情の抑制が拙かった当時の自分の浅ましさを悔い、俺も言葉を詰まらせる。
そんな俺を、久奈は「んーん」といつもの言い淀みない口調で制して拳一つ分さらに距離を縮める。
「小学生のあの時も、月吉君にチョコレートを奪われた時も、水流崎先輩に襲われそうになった時も。なお君は、私の為に本気になって怒ってくれたんだよ? 私、すごく嬉しかった」
呼吸が濃密にぶつかる。おでこがコツ、と触れて、俺と久奈の距離はゼロそのものに等しくなる。
「いつも全力だよね。まっすぐな信念で、変わらない想いで私のことを考えてくれる。どんなことがあっても挫けない、馬鹿なことでも真剣になって私を笑わせようとしてくれた。私のことを想ってくれて嬉しかった。何度でも言う……私、すごく嬉しくて幸せだった」
「……そうでもないよ。結局は俺の無理強いだった。何も覚えていなかったくせに……ごめんな」
「謝らないで、私が悪いの。笑わせようとしていること分かっていたのに自分勝手な意地を張って蔑ろにしちゃった。なお君はあんなにも頑張っていたのに……」
久奈は手を離して、その手を俺の背中へと回す。
「嫌いと言って本当にごめんなさい。自分が言われてショックだったことをなお君に言うなんて最低だよね……」
「火藤さんとの事件の時か。いいんだよ、久奈は悪くない」
「でもなお君を傷つけてしまった。なお君が嫌いなんて絶対にありえないのに酷いことをしちゃって私は……っ、なお君?」
「んーんっ。だからいいんだって」
今度は俺が久奈の言葉を制して抱きしめ返す。
「俺も昔、久奈のことを嫌いと口走ってしまった。俺らはお互いを傷つけてしまって、けれど本当はお互いに想い合っていて、今もこうして同じ気持ちでいる。それでいいんだよ、それだけでいいんだ」
俺は久奈のことが、久奈は俺のことが好きで好きでたまらない。俺が久奈を笑顔にさせようとしたのも、久奈が笑わないと決意したのも、全ては二人の為だったのだから。そしてそれを俺らは知っている、同じ気持ちを持っている。
もう十分じゃないか。
「久奈、一緒にいてくれてありがとう」
「なお君……ん、ありがとうね」
もう十分だ。十分な程に幸せだ。この気持ちに偽りはない。
幸せだよ。久奈が近くにいる今に、最後に伝え合えたことに感動して感激している。
それなのに
「……なお君?」
「っ、どうして……」
「泣いてるの……?」
それなのに、涙が溢れて止まらない。
「やっと、二人で笑い合えることが出来るのに……それなの、に、どうして……っ……離れ離れにならなくちゃいけないんだ……」
「っ、ぁ……」
抱きしめ合う体、二人の動悸が重なる。
激流のように押し寄せる悲愁に耐えようとしても、どれだけ泣き腫らそうとも、名状し難い苦痛に伏し沈むのみ。瞳に一筋の涙が流れて溢れて慨嘆する。
これからなのに、それなのに……。
残酷な現実が待ち構えている。寸前のところにまで来ている。
こんなにも近い距離ではいられない。離れ離れになってしまう。
涙が溢れて、溢れて、止まらないんだ……!
「うぐっ、うう、ぁあぁ……久奈……」
「なお君……」
「ごめん、また懲りずに謝ってしまってごめんな。でも涙が……」
「んーん……泣いていいよ。なお君が泣くのは、私のことを想ってくれている時なのだから」
優しい声が俺を包み込む。久奈が抱擁するようにして顔を寄せて、すり寄せた頬で俺の涙を拭う。触れ合う頬、二人の悲泣の涙が混ざる。
「なお君が嗚咽を漏らして泣いてくれる。抱きしめてくれる。眩む程の明るい満面の、カッコ良くて優しい笑顔のなお君が私の為に怒ってくれる、守ってくれる、涙を流してくれる。嬉しい、本当の本当に嬉しいよ……!」
久奈の声が心の奥底に響く。何よりも誰よりも心地良く響いて、その分だけ咽び泣いてしまう。
あぁ、そうか……俺、久奈のことになるとこんなにも涙脆いんだ。久奈を失う不安が、いなくなる悲しみが俺を狂わせる。
久奈が世界で一番大切。愛して、愛されている。
だから涙が止まらないんだ……。
「泣いていいよ。私も、っ、涙が止まらないから……」
「俺が……ごめん、ごめんな……!」
「っ、うぅ……」
「久奈、ぁぁあぁ……っっ」
どうしてだよ、どうしてなんだよ……!
やっと気持ちを伝え合えたのに。
すれ違うこともない、我慢する必要もないのに。付き合って、いつかは結婚して、待っているのはもっともっとさらに幸せな未来であるべきなのに。
それなのに
もう、時間は残されていない。
別れの時が迫っている。
……。
…………。
違う。
違うだろおい。
「うっ……ぐ、ぐぐ」
「なお君……?」
いつまでやってるつもりだ。そうじゃないだろ。
泣いてどうする。落ち込んでどうする。
「ぐ……うがあああああああああ!」
「っ!?」
泣いてどうする。落ち込んでどうする!
思い出せ。俺は何がしたかったんだ。何がしたくて何が見たくて、自分の想いをこの子に伝えたんだ。泣く為か?
『何度も言ってきたっしょ。久土の、アホー!』
違う。俺は泣きたいんじゃない。
『笑ってよ』
そうだ。俺は笑いたいんだろ。
『久土は! 久奈ちゃんを! 笑わせたいんじゃなかったの!?』
自分も笑って、久奈も笑顔にして、二人で笑い合うんだろ!?
「久奈」
「っ、ひゃう? な、なお君? どうしてお姫様抱っこ? いつされても嬉しいけど」
「嬉しいんかい」
ホント俺はアホだ。
全てを思い出して想いを伝えたのにさ、結局はお別れする現実に打ちのめされたままじゃねぇか。それなのにって、それなのにそれなのにうるせーよ。
「よっと」
久奈を抱きかかえてベッドから降りる。部屋の真ん中に立つと久奈を降ろし、その肩に両手を乗せる。
促さなくても久奈はこちらを見上げてくれた。
「確かにお別れは悲しい。どうすることも出来ない。でも……いつまでもへこんでいるなんて俺らしくない!」
「なお君、涙」
「涙止まれ馬鹿っ。っ、俺が泣く姿も怒る姿も久奈は嬉しいと言ってくれたけど、やっぱ俺らしくない。俺は、笑いたいんだ」
『人と人が接する上で絶対なんてものはない。いいか、絶対にだ。上手くいかない時だってある。だってそうでしょ? 人と人との関係なのだから。そしてなぁ……直弥、テメーだけが悪いってのも絶対にないんだよ!』
麺太、お前の言う通りだ。いやまぁ絶対にないんだよって意見に関してはマジで否定するけど。
麺太の言う通り、上手くいかない時だってある。どうしようもないことが起きるかもしれない。
引っ越しというどうしようもない問題が立ち塞がって俺はどうなった? 見るも無残に精神がボロボロになったよ。どうするべきか答えを出せないでいたよ。
散々へこんだ。嫌になるぐらい泣いた。だからと言っていつまでも嘆いて何が変わる。
いつも全力。常に笑顔。それが俺らしさだろうが!
「久奈、聞いてくれ。俺はアホだ」
「……知ってる」
「そうか」
二人だけの世界。久奈の肩に置いた手に力がこもる。想いがさらに増す。
俺達だけの大切で愛おしい時間。久奈の瞳は揺れ動かない。涙を堪えて、俺をまっすぐと見つめて、待ってくれる。
「大事な約束を忘れてしまうぐらいアホだ。そのくせして約束は守ると豪語してドヤ顔浮かべるアホ野郎で、自分が悪いとなるとごめんを連呼する超アホ野郎だ。……そんな俺でいいかな。そんな俺でも、もう一回、今ここで誓ってもいいか?」
「ん。んっ……いいよ」
「約束する。何度でも言うよ、何度でも誓うよ」
思い出す。あの頃の記憶。
過去。過去のさらに過去。
『なお君、約束だよっ』
見慣れた自分の部屋。
部屋の中にいるのは俺と久奈。小さな、小学生より小さな小さな俺と久奈。
小さな小さな俺と久奈は互いの小指を絡ませ、誓い合っていた。
『もちろん! 約束は守ーる! 大きくなったら僕と久奈は、結婚しまぁす!』
『約束だよ? 絶対だよ?』
『うんっ約束だ。絶対の絶対だ! 大きくなったら結婚しようね』
約束。それは、俺と久奈の最初の誓い。
そして現在。
俺と久奈はあの時も同じ部屋、同じ場所で、もう一度誓い合う。
「愛する久奈へ。俺と結婚してください」
「大好きななお君へ。はい、喜んで」
何度でも約束する。何度だって守ってみせる。何度だって、何十回とだって、一生をかけて君を抱きしめて愛し続ける。
あの頃のように小指を絡ませることはしない。
その代わりに交わす、誓いの口づけ。瞳を閉じた久奈に俺はそっと顔を近づけて、その端麗に整った再々の人の唇に唇を重ねる。
触れ合うだけの音も立たない静かで穏やかな誓いのキスが二人を結んだ。
月明かりと交代して燦々とした朝日が射し込む。カーテンの隙間だけでなくカーテン越しにもそのふんだんな陽光を部屋中に届ける。
「おはよう、久奈」
「んん……おはよ、なお君」
声かけると俺の胸元でモゾモゾと眠たげに動いた久奈が舌足らずに挨拶を返して顔を出す。
同じベッドで寝たどころか抱きしめたまま寝ちゃった。ラブラブかな?
「なお君だー……」
「はいなお君ですよ」
「ん」
「はいはい」
久奈はさらにラブラブしたいのか、寝ぼけながらも懸命に瞼を開いてこちらを見つめて抱きしめてきた。俺もそれを受け入れて久奈の体を思いきり抱く。俺らは抱き合うのが大好きカップルらしい。
「……もうすぐお父さん達が帰ってくるね」
「ああ、そうだな」
二人のお泊まりもこれで最後。
だけど、大丈夫。
「遠くに引っ越すことになっても毎週戻ってくるよ」
「毎週?」
「バイトしまくってお金貯めて、久奈に会いに行く」
「ん、なお君ありがとう」
「高校を卒業したらまた一緒になれるから……待っててくれないか……?」
「待ってる。泣かずに私、待ってるから」
「ん、久奈ありがとう……」
引っ越したら今のように毎日は会えない。
でも、大丈夫。絶対に大丈夫。俺と久奈は笑い合えるはずだ。想い合っているから。離れ離れになっても気持ちは一緒。ずっと結ばれているから。
「遠くに行っても元気でね……モテちゃ駄目だよ?」
「何その心配。久奈こそナンパ野郎に気をつけろよ」
「ん、分かった」
「……そろそろだな」
「ん……」
玄関から足音が聞こえる。鍵が開錠される音が耳に届いた瞬間、俺らはゆっくりと離れて、弱々しく微笑んだ。
しばらく会えなくなるけど、誓い合った俺らは大丈夫……。
また二人一緒に過ごせる日常が来ることを願って。
新たな一歩を踏み出そう……。
「直弥、引っ越しは中止にしたで」
……。
「正確には父ちゃんだけ引っ越すわ。単身赴任ってやつやな」
………………。
はい?
「ち、ちょ、へ?」
「なんやねんその目ん玉飛び出した顔は」
「いや飛び出すだろ目ん玉。だって……え? はあ!?」
旅行から帰ってきた母さんが普段の調子で気怠そうにツラツラと述べる言葉に脳が混乱する。
引っ越しは中止? てことは、俺と久奈はお別れせずに済むってこと、だよな……?
……。
はあぁ!?!?
「な、ななななななんだそれ!?」
「『な』ばかりでうっさいわアホ息子」
「ど、どうして……!?」
「別に。……ふんっ、父ちゃんと柊木さん達と話した結果や」
ポリポリと頬を掻く母さんの横から父さんが一歩前へ出てきた。
ニューヨークハットを外し、ご自慢のハゲ頭で朝の日差しを反射させながら口を開いた。
「母さんと直弥まで引っ越す必要はない。父さんが一人で行けば済むことさ。直弥、ここに残っていいんだよ」
父さん……。
「……初めて喋ったね」
「な、何言ってるの直弥? 普段から会話しているよね?」
や、なんとなく。声を聞いたことなかった気がした。父さんが声を出しているシーンがなかったと言うか。お、おぉ、父さん喋るキャラだったんだね。
「ともかくや、引っ越しはなし。荷造りはせんでええ」
「そっか…………いや……? いやいや!? なんだよそれ! テキトーすぎるだろ!」
いきなり引っ越しの話をして今度はいきなり中止だなんて……ふ、ふざけるなよ。
「俺らがどんな気持ちでいたか……っ!」
俺と久奈は苦しんで悲しんで、やっと受け入れることが出来たのに、はあ!?
引っ越しは中止って、う、はあぁ!?
「無茶苦茶だ。何がしたいんだよ!」
「何がしたいって……そんなの決まっとるやろ。アンタと久奈ちんを離れ離れにさせたくないんや」
え……?
「うふふ、旅行先で会議したの。引っ越したら久奈も直弥君も悲しむ。この引っ越しは私達の子供二人にとってどれ程に重大なことか。いっぱい話して、考えて、結論を出したのよ」
「私の久奈が悲しむ。そんなのは許されない。直弥君、君はここにいるべきだ。久奈と一緒にいるべきだよ」
久奈ママと久奈パパが俺と久奈を見て微笑む。父さんは一歩離れて「ま、まあ父さんは独りでも大丈夫だから……うん、気にしないよ、ぐすん」と言いつつも笑って、
母さんも……あの母さんまでもが優しく微笑んでいた。
「元気で鬱陶しいアンタが泣くことなんて久奈ちん関連だけやろ。……子供が泣くぐらい嫌がってんのやからどうにかしよ考えるんは親として当然やろが」
「母さん……っ、ひ、久奈?」
「~~っ! なお君、なお君なお君なお君っ」
久奈が俺の手を掴んで上へと下へと激しく揺り動かす。
お、おぉう? 久奈にしては超珍しい浮かれっぷりなんだが!?
「ひ、引っ越さないの? ここにいるの? 私と、また一緒にいてくれる……?」
「久奈……ん、そうだよ。俺はどこにも行かない」
「あうぅ……んん、なお君……っ」
久奈が俺に抱きついた。両手で精いっぱい掴んで俺から離れたくないと言わんばかりに力をこめる。
うん……俺も離さない。これからもずっと一緒だ。
「あらら仲良しね。うふふ、うふふふふふふふ」
「ぎぎっぎぎぎぎっぎぎぎ私の久奈が……!」
……めちゃくちゃ微笑みまくる人とめちゃくちゃ歯軋りする人がめちゃくちゃ俺らを見てくる。そして母さんは柊木家の人がいるのに易々と放屁してソファーに沈み込んで煎餅を食らう。父さんはポツンと立っている。
も、もう一回確認するけど、引っ越すのは父さんだけで俺と母さんはここに残るんだよな?
俺は引っ越さなくていいし転校しなくていい。今までと変わらず、久奈と一緒にいていいんだよな。
なんだよそれ……ぐすっ、俺らがどんな想いで覚悟したと思ってんだよ。
そんなの…………そんなのむちゃくちゃ嬉しいに決まってるじゃねーか……っっ!
「なお君なお君っ、なお君~!」
「久奈むっちゃ元気! あなたリアクション一つ飛ばしてるよ!?」
ここはほら、お互い両親に向かって「なんだよそれぇ!」と憤慨するところでしょ。
だがしかし久奈は喜びがカンスト状態、ベッタリくっつき甘えた声で俺の名を何度も何度も呼ぶ。
「ぎぎぎぎぎ! 直弥君? 久奈の様子がおかしいんだが? その距離感はまるで恋人のように感じられるんだが?」
「ん、そうだよお父さん。私となお君は付き合ってる」
「ぎぎ?」
「あとは結婚するのみ」
「ぎぎぎ!?」
久奈パパが血を噴き出して倒れた。それ見て久奈ママが大笑いして痙攣する。
ここにいてはマズイ。久奈パパが復活したら殺されるかも!?
「久奈、行こうぜ」
「どこに?」
久奈の手を引っ張る。久奈パパと久奈ママ、父さん母さんを横切って俺らは玄関へと出る。
空は快晴。俺は遊園地のチケットを取り出す。
「『光害よ覚悟、季節はずれのイルミネーション』だったけ? 行こうって約束しただろ?」
「あ……うん……っ、ん、行こっ!」
久奈と共に外へ出て、いつものようにエレベーターのボタンを押す。
「にしても……うへぇ、あんなに泣きまくったのは何だったのやら」
「ホントだね。でも、おかげでなお君と付き合えた」
「結果的には良し、なのかな?」
「ん、良し」
「そっか……うん、そうだな」
「んっ」
久奈とお別れしなくていい。これからも一緒にいられる。
これからも、ずっと、ずっと……。
「久奈」
「なお君」
「「これからもよろしく」」
重なる声。完璧に同じことを言った俺と久奈は顔を見合わせ、頬が膨らんで口角が上がって……
「やっぱ俺ら同じこと考えているんだな」
「んっ」
そして、俺と久奈は心の底から……
「久奈、大好きだよ」
「なお君、大好きだよ」
俺は笑う。久奈も笑う。
笑顔を見たのはそこまで。
閉まるエレベーター。閉じる瞳。七階から一階へ下りる中、気持ちは天にも昇る心地。
俺と久奈は手を繋ぎ合い、抱きしめ合い、唇を重ね合い、
そして、最後にもう一度、心の底から笑い合った。
次回で最終話です。
今までありがとうございました。