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第148話 お別れ

 長宗我部の背骨は辛うじて無事だった。

 軽くお喋りした後、名字のクセが強いカップルは手を繋いで去っていった。イチャイチャしやがってリア充が。


「久土、柊木さん、おめでとう」


 別れ際、そう言った長宗我部の顔は綻んでいて、勅使河原さんも俺らを見て優しく微笑んでいた。

 ……おう、色々とありがとうな。


「なお君、私達も手を繋ご」

「対抗心ですか?」


 手の平を重ねるだけの繋ぎ方ではなく、互いの指を絡める恋人繋ぎ。

 途端に手汗が噴き出す。その理由に、心当たりがあった。


「付き合う前から手は握ってただろ」

「ん、だからこそ。なお君と私は付き合っている」


 実のところ、恋人の関係になる前から久奈とイチャラブしていた自覚はあったよ。手を繋ぐことは日常茶飯事。つまり緊張するわけがない。

 と思ったが、違いました。むっっっちゃくっっっちゃドキマギする!

 交際を始めた今だからこそ、新たな関係になったからこそ、手を繋ぐことに改めて意識してしまう自分がいた。故に手汗がハンバーグの肉汁の如く溢れる。俺の手ジューシーか。

 それに恋人繋ぎはドキドキレベルの格が違う。こんなん嬉しすぎて昇天するわ。

 この恋人繋ぎもまた特別に感じることの一つなのだろう。仲の良い幼馴染としてではない、恋人としての証であるから……。


「くっ……も、悶えりゅ。くっ悶!」

「なお君の手ビチャビチャ」

「逆にあなたの手はサラサラっすね」

「私は女の子だから」

「女の子なら手汗かかないの? 羨ましいこった」


 照れ隠しで漏れた俺の一言。すると横切る通行人から「羨ましいのはお前だよ。そんな可愛い子と手を繋げてなぁ!」と言われた。男性からのヘイトが止まらない。あれ俺今リア充!?


「あっ……久土と久奈ちゃん……」

「んあ?」


 歩いていると前方から俺らの親友、金城が現れた。俺らの顔を見て、視線を下へと落とす。視線の先には繋がれた手と手。

 金城の顔がニヤニヤと愉快げなものへ変わった。


「あらら~、仲良しですね」

「お、おう、おかげさまでな」


 金城が叱咤激励してくれたおかげですよ。

 とはいえまだ少し恥ずかしいので俺は手を解こうとして、そんで失敗。久奈が離してくれません!


「何を今更~。あたしの前では照れなくてもいいって♪」

「うるしゃい」


 噛んだ。どうした俺、今日噛みすぎ!?

 面映さ全開の俺とは異なり久奈は絶好調、陽気に繋いだ手と声を躍らせる。


「ん、見て見て、なお君と付き合い始めたの」


 この子は照れとかそういうのはないの? こうもアッサリ言われると俺だけが緊張しているみたいで情けなくなっちゃう!


「あはは見てるよ~。うん、やっと付き合ったんだね」


 金城はニヤニヤ、ケラケラと笑う。随分と楽しげですな。冷やかすおつもりで!?

 と思いきや、大きく息を吸い込んで盛大な溜め息を吐いた。どうしたとこちらが声かける前に金城の手が俺の頭を掴ん、いたたっ!?


「マジ遅いし。好きと言うことぐらいさっさとしろし」

「キレてる!? なぜに突如してキレた!? なぜに!?」

「たった一言、好きと言えばすぐにこの関係になれたんだよ。見てる側はもどかしかったんだからねー」


 で、でも、俺は久奈を笑わせるまでは告白しないと決めてたから。この度は引っ越しが決まった為、やむをえず伝えることになったというか事の成り行きといいますか……。

 それでもやはり……そ、そうっすね、金城のおっしゃる通りでふ。


「そーだそーだ、あたしのおっしゃる通りだふー」

「思考を読むな」

「いいじゃんー、久土の頭を撫でるのもこれでしばらくなさそうだし。ほれほれもっと撫でさせろ~っ」

「やめてぇ! 髪のセットが乱れる!」

「いや乱れないし」


 金城の言う通り、いくら撫でられても俺の髪はサラサラをキープ。我ながらストレートすぎる髪の毛だ。


「あーあ、この髪とお別れなのは寂しいなぁ」

「おいコラ俺との別れを悲しめ」

「久土本体なんて髪を生やす為だけの存在みたいなものじゃん」

「わしゃ花を咲かせる為の土壌か。沃土じゃなくて久土だっつーに……ん? 久奈どうした?」


 ツッコミに夢中で気づくのが遅れた。久奈の様子が微かにおかしい。

 俺の手を握る力が増し、むっとした表情で金城を見つめていた。


「舞花ちゃん、なお君は私の彼氏」

「久奈ちゃんは相変わらず嫉妬深いのぉ~」

「むーっ」

「ごめんごめん、もうやめるから。……とか言いつつ、えいっ」


 撫でる手を掲げ、空いた手も広げた金城がなんと俺の体を抱きしめた。

 ……え……え、えええぇぇ!?


「ばっ!? 何してんだ!?」

「どうだ久土、むにゅむにゅだろー?」


 ニヤつく金城の言う通り、俺の胸元にはとてつもなく柔らかい感触が……!


「だ、駄目ー! なお君は私の!」


 久奈が怒った。俺と金城の間に割って入ってすぐに俺の体を抱きしめる。恐らく上書きしたいのだろう。

 そんな久奈の様子を見て、金城はお腹を抱えて大笑いした。


「久奈ちゃんの反応面白い。これは今後もからかい甲斐がある~♪」

「なんて奴だ。久奈をからかう為だけに俺に抱きつくとは」

「久土の匂いキツくてしんどかったけど我慢したのだー」

「匂いがキツイとか言うなよ!?」


 あと急に抱きつくな! もれなく興奮しているわ! 興奮しているって認めちゃったよ俺最低だよ。

 ……そして周りの目がさらに酷いことに。「何こいつ、美人二人から抱きつかれてるじゃん死ねよ」と呪詛の声。え、俺のせい!?


「舞花ちゃん……! なお君を誘惑しないで!」


 おおぅ、珍しい久奈の感情剥き出しの大声。

 対する金城は申し訳なさそうにテヘペロと舌を出して詫びている。謝罪の意をあまり感じねぇ!


「怒らないでー。二人のことを祝福してるんだよ?」

「むー!」

「あたしは久土のことなんとも思ってないって何度も言ってきたっしょ?」

「なお君は渡さない」

「あれれ、本気で怒らせちゃった。今度スイパラ奢るから許してよー」

「なお君は絶対に渡さない」


 久奈が頑なモードに入った。こちらがどう接しても発言を変えないやーつだ。


「これ以上は邪魔したらいけない感じかな~。じゃあね、バイバイっ」

「うぅ、なお君は渡さないんだから……!」

「久土、フォロー任せたっ」

「俺任せかい」

「当然、彼氏っしょ? あー、久土の匂いしんどかったー」

「何度も言わなくていいから!」


 分かったよ! 家帰ったら制汗スプレー湿るくらいかけとくから! ぐすん、俺の体臭そんなに酷かったのね。


「最後くらい、少しくらい、あたしも自分の気持ちに素直になれたかな? ……ホント、しんどいなー……辛いや。でもこれでいいの。うんっ」

「ん? どういうことだよ」

「なんでもなーい。今後こそバイバイ久奈ちゃん、久土。えへへっ」


 人混みへと消えていく金城。その顔は……なんだろう。

 今まで見てきた金城のニッコリニコニコとした笑顔。

 その今までの中でも、今の金城の笑顔は、最高に晴れやかだった。


「久土、久奈ちゃん、いつまでもお幸せにね。二人が付き合ったこと、あたしは本当に嬉しいよ!」


 笑顔と祝福の言葉を残し、金城は去っていった。

 その姿と声は、いつまでも俺の心に響き続ける。いつもはふざけてあざとい金城の、真面目な想いを感じたような気がした。


「んー!」

「……久奈さんや、いつまで必死になって抱きついているのよ」

「なお君は渡さない。私が離さない」


 結局その後、買い物を終えて家に帰り着くまで久奈は抱きついたままであった。めでたしめでたし、じゃねぇよ!?











 買い出しを終えて久土家へ戻ってきた。ここにはソファーに寝そべる母も洗面台で頭皮の侘しさを気にする父も不在の、俺と久奈だけの空間。


「夕飯は何作るの?」

「内緒」

「……トマトの香りがするんだが。つーか大量にトマトを買い込んでいたよな。俺への嫌がらせとみた」

「ん、ご明察。トマトを煮ている」

「的を射ているみたいに言うな」


 案の定、食卓にはトマトをふんだんに使った料理が並べられた。あっしの嫌いな食材でございやす。この野郎!


「トマトのサラダ、トマトソースのパスタ、トマトピザ、トマトゼリー」

「ひでぇ仕打ち……」

「なお君、舞花ちゃんに抱きつかれてデレデレしてた」

「してないだろ」

「舞花ちゃんの胸が当たってドキドキしてた」

「……」

「むー! あーん!」

「怒りながらあーんするのやめぃ!」


 あーんと言う名のお仕置きを受けて夕飯は全て平らげました。うぅ、トマト嫌いなのに。……でも不思議と美味しく食べることが出来た。彼女のあーんパワー恐るべし。


「お風呂あがったよ」

「そっか」


 夕飯を食べてまったり後、先にお風呂に入った久奈がリビングに戻ってきた。湯上がり特有のホカホカ感、濡れた髪。

 ……やはり湯上がり久奈の色気はすごい。何気に今日一のドキドキがハートを揺らす。今日だけで数週間分の鼓動を打ったのではないかと思いますはい。


「じゃあ俺も入ってくる」

「待って」

「何?」

「髪」


 俺を呼び止めた久奈はソファーに座るとドライヤーを手に持ち、「ん」と言って俺に差し出してきた。


「……また?」

「また、じゃない。前回はしてくれなかった」

「せやから髪を乾かすくらい自分ですればええやん」

「なお君にしてほしいのっ」


 久奈の意思は固い。今回は逃さないと言わんばかりに俺の手を掴んできた。

 う、うーん、金城と会ってから久奈の機嫌がイマイチだし、ここはおとなしく従っておくか。


「熱かったら言ってね」

「ん」


 ドライヤーのスイッチをオン。ブォーと温風が吹いて久奈の濡れた髪を乾かしていく。

 うおぉ、久奈の髪しっとりサラサラ。俺レベルだ。


「俺らって髪の毛サラサラカップルだな」

「んっ、私となお君はカップル」

「そこわざわざ強調しなくても……」

「んん、気持ちいい」


 久奈の髪はサラサラでフワフワ。俺レベルと評したが、この柔らかさは女子だけに許された特典だと思う。神秘的だ。あとセミロングとはいえ長い。乾かすのは大変だろうなぁ。セミロングでこれならロングになればもっと……。

 ロング……か……。


「あー……俺が言ったことなんて気にしなくていいぞ? 髪の毛伸ばしたいなら伸ばせよ」

「今のままでいい」

「それならいいんだが……ごめんな」

「んーん。なお君は長い方が好き?」

「イエスと答えたら伸ばす気だろ」

「ん」


 ちなみに俺、久奈の髪を触ってドキドキしています。いやお前何回ドキドキしているんだよって言う奴、やってみろよこんなんドキドキしない方が異常だよ。

 丁寧にブローしていき、ふと見えるうなじの美しさに思わず興奮してしまう。うなじの威力たるよ。久奈のうなじ舐めたい。って馬鹿野郎!


「お、終わったよ」

「ん、ありがと」


 耐えた、俺耐えた。髪の毛乾かすのってこれ程にもドキドキドキドキするのか……!


「じゃあ次は私」

「次は?」

「なお君お風呂入ってきて」


 これまた試練だ。付き合う前からあったことだけども、付き合っている彼女の入った湯船……ぐぉ、ドキドキしない方がおかしいパート2。付き合う前とは比類ならねぇ。過剰に意識して当然だ。

 ついさっきまで久奈が露わな姿でここにいたと考えると……~~っ!? このお湯飲みたい。って馬鹿野郎! ド変態じゃねぇか!


「落ち着け俺ぇ。気持ちは分かるがとにかくリラックスを心がけろ。心頭滅却心頭滅却心頭滅却竜巻旋風脚……よしっ!」


 気持ちを落ち着かせることに成功。何が来ても大丈夫だ。



「なお君座って。今度は私が乾かす」


 何が来ても大丈夫じゃなかったです。

 再び俺は悶え苦しむことになりました。うおおおお久奈に髪の毛触られるの興奮するうぅ!? くっ悶!


「なお君の髪サラサラ」

「ど、どうも」

「ねぇなお君、これからは私がナデナデするね」

「えー……?」


 やや困る。だって今ですら嬉しくて気持ちがトロンとして心地良いのに、これが日常茶飯事になるとどうなるんだ……?

 返答に窮していると、久奈が背後から抱きついてきた。


「駄目……?」

「駄目ではないけど」

「……嫉妬深くてごめんね」


 へ?


「なお君をナデナデするのは舞花ちゃん。でもこれからは私だけがなお君をナデナデしたいの。抱きつくのも私だけ。独占したいって思うの……ごめんね」

「……なんで謝るんだよ」


 謝る必要はない。俺らは付き合っているのだから。

 俺は背後から抱きしめる手を握り、久奈の温もりを引き寄せる。


「嫉妬深くてもいいよ。俺だって久奈が他の男に触られるのは超ムカつく」

「他の男子には絶対に触らせない」

「そ、そうか」

「んっ。男子は苦手、嫌い。私となお君の時間を邪魔するもん……」


 邪魔をする。思い浮かぶ、小学生の頃の記憶。

 今なら分かる。当時、男子達が冷やかしていたのは久奈に近づこうとしていんだろうなぁ。


「私はなお君しか見えていないのにね。男子は馬鹿」

「馬鹿さで言えば俺の方が達者だよ」

「んーん、向日葵君の方が馬鹿かも。あ、向日葵君も苦手」

「思い出したかのような言い方で苦手と言われるあいつが哀れなんだが!?」

「でも結婚式には呼んでもいいよ? 向日葵君にはお世話になった」

「呼ぶに決まってるよ。あいつには何度も助けられた」


 まぁそれと同じ数だけ邪魔された記憶もあるようなないような。とにかく感謝している。サンキュー麺太。

 てか俺ら、さりげに結婚式のことを話したね。いつかは結婚するのだから別にいいのかな?


「……なお君」

「何?」

「好きだよ」

「ぉ、おう。俺もだよ」

「好き。大好き」


 久奈は離れたと思いきや、俺の前に回り込んでもう一度抱きついてきた。俺の首に腕を回し、ぎゅうぅと力を込めて、頬と頬をすりすりと合わせる。


「舞花ちゃんは胸が大きい……」

「まだ言ってるの? や、だから大きさは関係ないってば」

「分かってる。でも頑張る。大きくなってみせる」

「楽しみにしとく、でいいのか?」

「ん、なお君に揉んでもらって大きくする」

「了解、任せとけ。……ん? サラッと何言ってんの!?」


 いつかはそういう場面になるのは確かだけども、ってゲフンゲフン。

 どないしよ、久奈のペースに呑まれる一方やんか。ちぃとばかり離れて気を鎮めるべきやな。

 エセ関西弁が出てきていよいよ思考が崩壊しかけてきたことを自覚した俺は一旦離れようとして、そんで失敗。久奈が離してくれません。


「離れないで」


 マジでか。俺ら今日ずっと抱き合っているぞ。抱きつきすぎですよ。さすがに最高記録の十二時間にはまだ及ばないものの、お泊まりすることを踏まえてこのペースだとニューレコードの可能性がある。


「別にいいじゃんか。抱き合ってばかりなのも味気ないだろ」

「んーん、そんなことない」

「でも」





「……時間がないもん」



 擦り合わせる頬と頬。久奈の声が頬を伝って聞こえた気がした。久奈の声が、泣いているように聞こえた。


 時間がない。分かりきっている、変えることの出来ない事実。

 何十回と心の中で確認して、受け入れようとした。その度に苦しんだ。

 それは久奈も同じで……。


「この時間が好き。なお君の温もりを感じられる今がずっと続けばいいのにと思う。……それは叶わない。だからせめて一分一秒でも長くなお君と一緒にいたい。もう、もうすぐで終わっちゃうから……っ」


 離れようとしていた体に力がこもる、体に熱を帯びる。

 時間がない。分かりきっていることだ。


「久奈……」

「なお君……お別れしなくないよ……っ」


 痛いくらい苦しんだ、途方もなく悲しんだ、枯れるまで泣いた。

 その度に受け入れようとしたのに、俺は今もどうしようもない現実を再確認してしまい、どうしようもなく辛くて……。


 お別れの瞬間は、もうそこまで迫っていた。

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