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第146話 告白

 初めて会ったのは五歳の頃。なお君は覚えていないらしいけど、私はハッキリと覚えているよ。

 眩む程の明るい満面の笑顔。カッコ良くて優しくて、大好きな笑顔。


 出会ったその日から私達は一緒。どこに行くのも何をするのも二人一緒。二人で遊んでお喋りして、笑い合った。

 それは同じマンションに住む同い年だから? んーん、違う。

 なお君だから。なお君だからこそ私は一緒にいたいと思った、一緒に遊びたいと思った、一緒に笑いたいと心の底から思えたんだよ。


 なお君の良いところ、いっぱい知ってる。

 まず、なお君は面白い。みんなの評価は低くても、私はなお君のギャグやツッコミ面白いと思うよ。モノマネは全然似てないけど。


 なお君はカッコイイ。ナンパしてくる人や月吉君、水流崎先輩とか、それらから私を守ってくれた。なお君自身は不格好でダサイ撃退方法と言うけれど、それでも十分嬉しかった。


 あ、でもなお君はビビリ。私が攻めたらすぐ逃げちゃう。なお君なら私は大歓迎なのに。

 ……やっぱり大きい子が好みなのかな。私は、小さいから……。


 そして、なお君はズルイ。本当にズルイ。

 私の歌が好きって言ったり可愛いって言ったり不意打ちしてくる。世界一可愛いって言われた時は……っ、嬉しくて頬が緩んじゃった。あれは反則。

 今まで何度も笑いそうになった。あんなの耐えられるわけないもん。ズルイ、なお君ズルイ。

 なお君が見ていない時は笑っていたんだよ? 見つからないよう顔を隠して嬉しくて本当に嬉しくてキュンとして……。

 カッコイイなお君。優しいなお君。不意打ちするのはズルイけど、そんななお君も好き。


 クリスマスは二人で過ごせて幸せだった。

 幸せ、なんて簡単に言い表せないくらいすごく幸せで、プレゼント貰えた時は嬉しくて我慢出来なくてぎゅっとしちゃって……あの日から自分を抑えることが出来なくなっちゃった。

 大晦日はなお君が先に寝てくれて良かった。いっぱいぎゅーって出来た。ん、堪能した。

 その次の日は初詣。なお君はいつも神社の階段をうさぎ跳びで突破しようとして途中でギブアップする。そしたら私が肩を貸して支えてあげてなお君と密着出来た。恋愛のおみくじも大吉で嬉しかった。嬉しいのはいつもだけど。


 なお君との思い出。数えきれないくらい、たくさんある。

 なお君がいる。それだけで朝起きるのが楽しみで、毎日会えるのが嬉しくて、傍にいられることが幸せだった。

 いっぱい、いっぱい笑えた。私が笑うと、なお君はさらに嬉しそうに笑って、その姿を見て私はもっともっと幸せになった、笑顔になった。



 ……なお君が笑わなくなった時は不安で、悲しくて辛くて、涙が止まらなくなった。

私を見てくれない。あの眩い燦々とした笑みを浮かべてくれない。

 なお君を奪われたくなかった。嫌で嫌で、気が狂いそうな程に泣きたくなって、涙がこぼれて落ち込んで……どうすればいいか考えた。

 おとなしい子になれば、静かにしていれば、私が笑わないことでなお君が笑ってくれるかもしれない。

縋る思いで必死になって、私は笑うことをやめた。嬉しくても楽しくても、決して笑顔を見せないように我慢した。


 でも、次第に我慢出来なくなった。なお君にくっつきたい、なお君に甘えたい。抱きついて温もりを感じて、好きな人が傍にいる幸せを噛みしめたい。


 本当は、なお君と笑いたい。


 もう、いいよね。笑ってもいいよね……?

 笑って、怒って、悲しんで、そして、泣いてもいいのかな……っ?




 なお君が好き。世界の誰よりも何よりも愛している。

 出会った日からずっと。幼稚園の時から、小学生の時も、中学生の頃も、高校生の今も、そしてこれから先も一生、大好き。

 私は、なお君がいてくれるだけでいいの。


 なお君……私は、なお君のことが


「なお君が好き……」







「俺もだよ、久奈」







 いつも一緒にいた。俺の隣には久奈がいた。

 それなのに、俺は何も覚えちゃいなかった。俺のせいで久奈が笑わなくなったことも、二人で交わした約束も、何もかも忘れてしまっていた。


 忘れた俺と、ずっと覚えていてくれた久奈。


 いつも一緒にいたのに。久奈は、久奈だけが忘れないでいた。あの頃の約束を、当時の言葉を、たった一人で守り続けてきた。


 俺は最低だ。

 約束を忘れ、約束を果たせない。どうしようもない馬鹿で最低な奴だ。





 それがどうした。

 ああそうだよ俺はアホだよ。今更になって思い出して悔やんで自身を憎んで立ち止まる。


「久奈、聞いてくれないか?」


 今更になって気づいて慌てて走って汗ダラダラになって、同じことを何回も繰り返す。

 俺はアホだ。本当にどうしようもない奴だよ。


 それがどうした。関係ない。


「俺は馬鹿だからさ、久奈みたいに俺らの出会った日や思い出を全て覚えていない。忘れてしまったことの方が多いかもしれない」


 約束を忘れたこと守れないこと、久奈に謝りたい。引っ越して離れてしまうことが辛い。口に出して言いたいことがたくさんある。めちゃくちゃ泣きたいし、死ぬ程自分の情けなさを後悔したい。

 うんうん分かるよ俺。

 だがなぁ、そんなもんは後回しだ。後でいくらでもやってろ!


 何もかも忘れていた。自分がした愚かな行為も、結婚の約束も、何もかもだ。

 久奈は一人、たった一人それら全てを覚えていた。大切にしていてくれた。それがどれだけすごくて、辛く悲しいことなのか。今なら分かる。

 そして今更分かったところで遅いことも痛感している。今になって想到して後悔しても遅い。俺は最低なことをしてしまった。久奈の想いも知らずに笑えと強要してきた。

 久奈との約束はちゃんと覚えている? 約束は必ず守る? 何も覚えていなかったくせに何を偉そうに言ってしまったんだ。


 分かっている。俺は最低のアホだ。


 だからといってこのまま終わっていいわけがない。今更になって思い出した、遅くなってしまった。

 それがどうした!


 今更になったっていい。最後の最後に、伝えなくてどうする。伝えたいに決まっているだろ、久土直弥!


 至極単純なことだ。これだけ長い間、十年以上も一緒にいて伝えていない言葉があるだろうが。ずっと想い続けてきた、当たり前になった大切な気持ちがあるだろうが!

 忘れてしまっていても、出会った日を覚えていなくても! 俺は、出会った日から今の今までそしてこれからも!


「だから俺は何度でも言う。何度でも約束する。そしてこの想いを、これからは何度だって何十回だって伝え続けるよ」


 たった一つ、一生変わらない想い。


「忘れてしまった、覚えていない。だけど、俺には変わらない想いがある」


 決して忘れない。失くさない。この想いだけは絶対に。どんなことがあっても。どんなことが起きても!

 ずっと、ずっと前から、覚えていなくても出会った日からずっと想い続けてきた。


「いつも俺の隣には久奈がいた。心の中には久奈がいてくれた。久奈のことだけを考えてきた想ってきた。その感情が当たり前になっていた。そんな、この想いを伝えるのは今日が初めてだ。だから聞いてほしい。久奈に伝えたいんだ……!」


 久土直弥、お前が好きなのは誰だ? 世界の誰よりも大好きで世界で一番大切な人は誰だ!?


 後悔することも別れを悲しむことも後でいい。

 伝えたい。この気持ちを聞いてほしいんだ。


 俺は











「俺は久奈のことを」



「出会った日から今まで、これからも」




「久奈が笑う姿も、笑わない姿も、全部、久奈の全てが」



「世界で一番大切で愛おしくて」





「一生想い続けるよ。だって俺は」





「久奈のことが……」







「俺は、久奈のことが好きだ」




「大好きなんだ……!」









「私もだよ、っ、なお君……っ」


 飛び込んできた小さな体、胸いっぱいに広がる温もり。

 いつものように久奈の体を抱きしめ、いつも以上に力を込めて抱きしめて、俺らは涙をこぼす。


「私もなお君のことが好き、好きなの……!」

「俺も久奈のことが大好きだよ」

「ん、んっ……嬉しい……!」


 俺は久奈ことが、久奈は俺のことが好き。

 俺も久奈も、当たり前のこと。十年以上、俺らは想い合ってきた。


 今、やっと、伝えることが出来た。


 自分にとって当然の気持ち。それを言えただけなのに涙が止まらなくてこんなにも嬉しくて、っ……!


「久奈に言いたいことや謝りたいことがたくさんある」

「ん」

「だけど今は、今だけはこうしていいか? お前のことを抱きしめて、好きと言い続けていいか……?」

「んっ」

「久奈、好きだよ」

「ん、んっ……!」

「俺と付き合ってくれ」

「っ、んっ、うん……!」

「俺と結婚してほしい。一生、傍にいてほしい」

「っ、ぐぅぁあ、うん、うんっ、ん……! 私の方こそ、ぐすっ、お願いしま、す……っ、っ、なお君、私の傍にいてください……!」



 抱きしめる手は緩むことなく、けれど頬は緩んで、けれど涙は止まらない。

 久奈は力いっぱいに俺を抱きしめて、ぐちゃぐちゃの顔で泣いて……そして、


 俺を見て、笑っていた。

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