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第144話 微笑んで、崩れ落ちる

金城さん視点です。

 出会ったのは四月。一年二組の教室。入学当初の席は出席番号順だったからあたしの後ろに座っていた。

 後ろを振り返り、目が合った。


「はい久土君、プリント」

「ありがとー、金城さん」


 言ってしまえばどこにでもいる普通の男子だった。

 少し違う点はアホで間抜けな顔をしていることと、髪の毛がサラサラなこと。光を鏡のように反射して透き通る髪は女の子より遥かにサラサラで、気づいたら手を伸ばして触っていた。


「んあ? ゴミでもついてた?」

「あ、ごめ。つい触っちゃった」

「全然いいよ。たった一つの長所だという自負はある」

「あはは何それ」


 それが初めての会話。きっかけは髪の毛。少しだけ気になっただけ。

 ただそれだけのはずだった。普通に話す、普通のクラスメイト。

 その程度の認識だったのに、あたし達はよく話すようになった。


「久土君は特殊なブローでもやってんのー?」

「悪いが普通の人間なんでな。特殊とは無縁だよ」

「確かに普通で終わりそー。一つとして盛り上がらない人生を送る顔してる」

「うぉい!? 日常会話にしては厳しくね? 一つとして盛り上がらない人生の顔ってなんだよ! つーかブローって何?」

「は? ドライヤーで髪乾かすっしょ」

「男は自然乾燥だろ」

「も、もったいな。もっと綺麗になるから絶対ブローしろし」

「えぇー……? じゃあ金城さんがやり方教えて」


 どこが良いとか、何が面白いとか、そーゆーのじゃなくて。

 なんとなく。ホントにちょっとした気分。一緒にいると楽しかった。


「金城頼む! 宿題見せてくれ」

「あたしフランス料理食べたいな~」

「対価にフランス料理!? 頼む側の俺が言うのもアレだが宿題を見せる如きで調子に乗るな!」

「あっそー。じゃあ久土には見せないし~」

「ひえええぇ! そ、そこをなんとか。髪の毛いくらでも触っていいんで!」

「交渉成立っ。はーいそこ座って」


 必死に宿題を写す久土をあたしがナデナデする。そういった時が居心地良かった。

 久土と会話する、ふざけ合う、遊んだりする。

 なんでもいいの。何かをする、それだけで心の底から笑えて楽しくて。


 そこで気づいたんだ。こーゆーのを、運命なんだって。

 一緒にいるだけなのに居心地が良くて、なぜか胸がドキドキして、些細な会話でも出来事でも久土となら面白い。


 こーゆーのを運命と呼んだり、これを……好きって言うんだろーな……って。


 理屈や意味、決定打なんてなかった。気づいたら好きになっていたの。普通な彼に、特別な想いを抱いた。

 そして、気づいた。すぐに分かった。


「金城、放課後暇か? 遊ぼうぜ」

「お、いいよ♪」

「さすが金城」

「イェーイ♪ ほら久土も一緒にイェーイ」

「いぇーい!」

「は? 久土テンション高くてウザイんだけど」

「うそぉ!? そんなの防ぎようないぞ!?」

「あははっ、まーまー落ち着いて。何さ~、そんなにあたしと二人で遊びた」

「おーい久奈、金城も来るってさ」

「い……へ? 久奈ちゃん?」

「ん、舞花ちゃんも一緒に行こ」


 好きになった人には、好きな人がいることに。


「なお君早く早く」

「どんだけダーツしたいんだよ。ハマりすぎだろ」

「ダーツ楽しい」

「わ、分かったから服を引っ張らないでぇ」


 久土と久奈ちゃん。二人は幼馴染。

 久土は笑って、久奈ちゃんは笑わない。そんな二人が並ぶ姿を一目見た時、分かっちゃった。

 この二人はお互いのことが好き。久土は久奈ちゃんが、久奈ちゃんは久土が、好きで好きでたまらないのだ。


 以前、本人に尋ねたことがある。久奈ちゃんが好きなんでしょ、と。

 そしたらあいつ、想いを晒してくれた。久奈ちゃんのことが好きだって。笑顔にしてもっと好きになりたいってさ。

 うん。だと思ったよ。ホント一途なんだから。

 うん……分かっていたよ。気づいていたよ。


 あたしの想いは届かない。


 でも、じゃあどうしたらいいの? あたしだって久土のことが……!






「答えはすぐに出た。好きだと思っちゃいけない、好きだと悟られちゃいけない」


 勝算があるなら頑張るかもね。てゆーかあたしと久土って相性抜群だし。頭を撫でたら考えていることが分かるってちょー相性良いじゃん運命じゃん。


 でもね、どう考えたって無理。

 久土と久奈ちゃんはいつも一緒。ベタベタとくっついて、割って入る隙間なんてとてもじゃないけどなかった。あの二人の仲はあたしが到底入っていけるものではない。


 諦めた……ってことなのかな。あはは、意外とすんなり受け入られたよー。全然泣かなかったし。


 この想いを隠すことにした。

 何があっても気づかれちゃいけない。絶対に久土と久奈ちゃんに知られてはいけない。二人の邪魔はしないと自分自身に言い聞かせた。


 あたしは友達だから。


 そう思えたことにホッとして、でもやっぱり、寂しくて。




 好きだった。ううん、今でも大好き。



 普段はテンションがおかしいアホ面でも、たまに見せる真剣な表情がカッコイイ。ぶっちゃけ他の人は見る目がないよね、久土ちょーカッコイイじゃん。……まあ惚れた弱みなんだけど。

 周りに振り回されながらも久奈ちゃんを笑わせる為に頑張る久土は輝いて見えて、ニッコリニコニコと楽しそうな笑顔を見るとあたしも嬉しくなって笑っちゃう。つい綻んでしまう。


 それと同じくらい、久土と久奈ちゃんが一緒にいる姿が好きだった。

 お似合いだもん。相思相愛だもん。何あれイチャイチャしすぎっしょ。


 うん。今でも大好きだよ。久土も、久奈ちゃんも。

 二人の為ならあたしは頑張れる。二人の為にいくらでも手を貸すよ。背中を押してあげる。

 大好きな久土と久奈ちゃんがもっと幸せになれるように。






「いらっしゃいま……舞花さん? 今日は出勤日じゃないよ」


 好きだって気持ちを隠すのは大変だったよー。

 久奈ちゃんは執拗に疑ってくるし。一年生の頃はあたしが久土と話すだけでむすっとされたなぁ。久奈ちゃん嫉妬深い~。

 久土は久土でいきなり変なこと言うし。不意打ちはズルイっての。あの馬鹿、こっちの気も知らないでさ。可愛いとか言うなし。思わず好きって言いたくなったじゃん。

 あっ、そういや久土の部屋に入った時は緊張したな~。……ベッドにダイブしちゃった。久土の匂いがいっぱいで……っ~、えへへ。つい後ろから抱きついてしまったり手を繋いでしまったこともあった。


 ……隠せば隠す程、押し込めたらその分だけ、想いが膨れていった。

 どれだけ誤魔化しても、自分に言い聞かせて覚悟を決め直し続けても、久土といる時間が増えていくにつれてどんどん好きになっていった。好きで好きでたまらなくなった。

 何度も耐えられなくなった。いっそのこと告白してやろうと何度も何十回も思った。


 それでも、あたしは隠した。隠し通せた。最後まで悟らせなかった。二人の背中を押して、二人を見送ることが出来た。

 ん、出来たよ。あたしは友達になれた。二人の友達になれたよ。


「舞花さん?」

「マスター。実はあたしね、今日、失恋出来たのー」


 最後まで隠せた。

 最後の最後は、もう、いいよね……?


 頑張ってきた。尽くしてきた。想い焦がれる感情を押し殺して、隠して、閉じ込めた。

 二人のことを応援したい気持ちは本当だよ。

 でもやっぱり好きで、久土を見送った途端に、いっぱいいっぱいになって……。

 やっと、出来たよ。


「やっと……やっと失恋出来た。心の底から、もう無理だと思えた。意外と受け入られたなんて嘘。ホントは全然諦めてなかった。久土が走り去っていく姿を見たら追いかけたくなって、そうじゃないでしょーと最後にもう一度自分を押し込めて……」


 完璧に隠し通せたのに。喜ぶべきなのに。


「大好きな二人を、大好きな一人を想って、やっとあたし、あたしは……っ」


 涙が止まらない。


「あ、あれ? 涙が…………ぁ、あははー……」

「舞花さんは頑張り屋だからね。うん、頑張ったんだね。本当に、よく頑張ったんだね。……今は思いきり泣いていいんだよ」

「っ、ぐすっ、ああぁぁあ……!」


 涙が止まらない。想いが溢れて止まらない。

 大好き。久土のことが大好きなの。


 だから久土、お願い。久奈ちゃんと幸せになって。

 そしたらあたし、また笑えるから。久土が見せてくれたあの笑顔のようにニッコリニコニコと微笑んで二人を迎えるから。



 運命だと思った。本気で好きになった。そんな想いを捨ててあたしが尽くしたんだからさ、久奈ちゃんを幸せにしてあげてよね。絶対の絶対にだよ。


 伝えないけど、せめて心の中だけでは願わせて。


 久土へ。

 あたしの分も、久奈ちゃんと二人で幸せになってください。

 大好きなあなたに送ることも出来ない、あたしだけの秘密の想い。

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