第143話 金城舞花は微笑む
前髪は綺麗にセンターで分けて、毛先はふんわりとカールさせた髪は栗色。パッチリとしたアイメイクのちょいタレ目な瞳はカラコンを入れて澄み渡る水色。どこか色気ある薄い桜色の唇。着崩した制服の下から覗かせる小麦色の肌。
派手な外見はまさにザ・ギャル。明朗快活で、それでいておっとりとマイペース、ニッコリニコニコと笑う。
普段と変わらぬ姿と笑みを浮かべて俺の前に立つのは、金城。
「な、なんで金城が」
「まーまー、そんなことよりー」
金城はゆったりおっとりと間延びした口調で俺に近づく。どこか楽しげで弾んだ声と、わざとらしく首をコテンと傾げてあざとい仕草。
いつもと変わらない調子で、金城はいつものように目を細めて口を開いて、
「久土のアホー」
と言った。……え?
「ホントーに久土はアホだなぁ。アホ、アホアホ」
「お、おい?」
「アッホアホのアホ、アホアホアホア~ホ~」
「いや何回アホ言うんだよ!?」
「十二回」
「回数を問うたわけじゃない! 怒涛の罵倒やめい!」
「それ怒涛と罵倒で韻を踏んでるつもり? 全然上手くないしマジウザイんだけど」
「急に辛辣!」
突然のアホ連呼かと思えば次に襲いかかるは冷やかな目と怜悧な表情と冷淡な声。冷たすぎだろっ、業務用冷凍庫か!
「業務用冷凍庫って何。意味分からないし」
「思考読むな頭撫でるなぁ!」
いつものように俺の頭を撫でて金城はケラケラ笑う。
いつものように、金城はいつもと変わらない様子で、俺の手を引っ張る。
「お巡りさんが集まってきてるね、見つかったらめんどいから離れるよー」
「あ、待っ」
「ほら急いで。ハリー」
「……ポ」
「何か言った?」
「イエナニモ」
ッターまで言ったら確実にまた冷たい毒を吐かれていただろう。
おとなしく従って金城の後ろをついていく。月吉は今頃、駆けつけた警察に対して偉そうに上から目線で事情説明をしているのか? タチが悪いな……。
「ここまで来たら大丈夫っしょ」
タチは悪くても、タイミングは良かった。月吉が助けに来なかったら俺は水流崎に殴られていた。殴られるだけでは済まなかったかもしれない。
と思っているうち、次に会ったのは金城。……月吉も金城も、どうして俺のところに来たんだ。
「久奈ちゃんから聞いたよ、怪我なく無事で良かったね。まー、頭は元から異常なんだし今更怪我してもって感じだけど~」
「金城……」
「んあ? 何? あっ、これ久土の真似ね」
金城はニッコリと笑う。いつものように。普段と変わらない、快活で伸び伸びと元気で緩やかな声音。
いつも見てきた姿。金城は明るく微笑んでくれる。
「どうしてここにいるんだ。月吉と一緒に来たのか?」
「まーまーそこはどーでもいいし」
「どうでもよくはないだろ。何をしに来、ぐへぇ!?」
言葉は途中で遮られる。俺の頭をナデナデする金城の手は次第に力を増していき、押し潰す。俺の口は閉ざされ、歯で舌を噛んでしまい、いてて!?
「こ、この野郎」
「野郎じゃないもん女の子」
「この女の子!」
「ねえ、久土」
「笑ってよ」
金城は手に力をこめる。その手は俺の頭に乗せられた方とは逆の、今も俺の手を握る手。
ぎゅっ、と指を絡めてしっかり掴み、離さない。手も、瞳も。
「笑う……?」
「昨日から笑ってないっしょ。無理して笑顔作ってるけど、本当は笑えていない。……久土、引っ越すんだよね」
「……」
「久奈ちゃんから聞いた」
「そうだよ……」
「だからね、久土、笑って」
「……笑ってどうするんだよ」
笑っても現状は何も変わらない。俺は引っ越して、久奈と離れ離れになる。何も出来ず、約束も果たせず。今まで悲しい思いをさせ続けて、また悲しい思いをさせる。
笑えないよ。俺も、久奈も……。
「分かるよ、久土。どうすればいいのか分からないんでしょ」
だけど、金城は笑う。
いつものように、本当にいつもと同じニッコリニコニコとした微笑みを浮かべる。
真摯な瞳で俺を見て、金城は微笑んでくれた。
「悩んでいるんだよね、自分に何が出来るか分からないんだよね。久奈ちゃんの為にどうするべきか悩んで、進めないでいる」
「な、んで分かるんだよ」
「何度も言ってきたじゃん。久土の考えてることなんてお見通し。あたしにはこれがあるもん」
そう言って金城は頭を撫でる。もう片方の手は俺と繋ぎ、どちらの手も力をこめたまま、
渇いた服の沈む音。俺の頭を撫で、俺と手を繋ぎ、俺の胸元に自身の頭を乗せる金城。
「そして何度も言ってきたっしょ。久土の、アホー!」
すると明るい栗色の頭が打ち上げロケットの如く俺の顎にクリーンヒットして……ぐへぇ!? え、え、なんだ急に!? テロかな!?
「い、痛ぁああぁあ……!? さっきからアホアホ言いやがって何をしやがる!」
「久土こそ何してんの。何度も挑戦して、何度もあたしに宣言してきたじゃん。変なギャグやつまらない変装や漫才してきたのは何の為? 誰の為!? どうしたらいいか分からない? そんなの最初から、ずっと前から決まってるっしょ!」
頭突きを放った金城の顔に呆れの文字。加えていつものようにアホアホと連呼してズイズイと全身で突進。互いの体が触れ合い、互いの前髪が弾き合う。
眼前には金城。視界いっぱいに金城の顔。
「久土は! 久奈ちゃんを! 笑わせたいんじゃなかったの!?」
そう言って金城は笑う。
「引っ越して離れ離れになるとか約束を守るとかそんなの後で考えろし! 久土が一番したいことは久奈ちゃんを笑わせること! そうでしょ?」
笑って、でも怒って、叫んで、
「好きな女の子を笑顔に出来ない奴がその子を幸せに出来るのかよ、そう言ったのは久土じゃん。久奈ちゃんを笑顔にしたいんでしょ、久奈ちゃんを幸せにしたいんでしょ!?」
頭を撫でる、手を握る、体をぶつけて、金城は叫んで、
「お、俺は……」
「いつまで落ち込んでるの! 久奈ちゃんを笑顔にしたいならまず自分が笑えし! 笑って、笑い合って、伝えなよ」
「伝えるって何を……」
「久奈ちゃんが好きなんでしょ!」
金城は怒る。体をぶつけてきて、大声で叫んで、
それでもやっぱり、微笑んでいた。俺を見て微笑んでくれていた。
「大好きなんでしょ。離れ離れになりたくないくらい好きで好きで堪らないんでしょ。だったらその気持ちを伝えなよ。想いを伝えて、笑って、笑い合って、それが久土の、ううん、久土と久奈ちゃんの願いなのだから!」
「っ……!」
久奈を笑わせる為に生きてきた。一発ギャグやモノマネ、漫才をしたり、喜ばせようとしたり怖がらせてしまったり。
笑顔を奪ったくせして、その出来事すらも忘却していたくせに、今まで笑わせようとしてきた。
俺は最低だ。ああ、分かってる。最低だよ。
「俺は…………っ、ああ、俺は、俺は久奈のことが……!」
それでもいい。
それでもやっぱり俺は久奈を笑顔にしたい。あいつの笑顔を見たい。好きで、大好きで、俺は、
幼馴染を笑わせたい。大好きな久奈を笑わせたい。
「金城」
「何?」
「ありがとな」
「……うん、いいってことさー」
そうだよな、いつまでも後悔しててどうする。どうすればいいか分からないだぁ? 馬鹿かーい。笑えないだぁ? それでも笑うんだよ。心の底から、二人一緒に。
久奈を笑わせる。なぜ笑わせたいのか。
決まってる。ずっと前から、自我が目覚める前から決まってるだろ。俺は久奈のことが……。
俺に出来ることはある。すべきことはある。伝えたい想いが、ある!
「……そういや口でハッキリと伝えたことなかったなぁ」
「だよね。てゆーか久土がさっさと告白すれば万事解決してたから。何してんだし」
「だ、だから久奈を笑わせてから告白しようと……」
「それが意味不明。アホ」
「い、痛っ、頭を撫でつつ毛根を引っ張るな。ハゲるだるぉ!?」
「どーせいつかはハゲるんだから遅かれ早かれっしょ」
「いやこの場合においての早かれは深刻じゃね!? 若ハゲだよ? 若ハゲはキツイって! 若ハゲで毎朝洗面台の前に立てる自信ないよ俺!」
「あーウザ。ツッコミくどい」
「足蹴り!?」
金城にお尻を蹴られた。ひ、ひでぇ、普通に足蹴りだよ、普通にシンプルに蹴ってきたよこの人。
「うぐぐ、文句を言いたいが……たった今励まされたからな」
「え、ハゲます?」
「励ます! ベタな聞き違いするな!」
「引っ越して久土がいなくなっても久奈ちゃんはあたしが守ってあげるから安心してー」
「ベタに無視かい! 俺がいなくなった後の話をするかね今!? でもありがとう! 久奈を守ってあげて!」
「マジでくどいんだけど。いいから早く久奈ちゃんのとこ行ってきなよ」
あ、わ、分かりました今すぐ直ちに大至急行ってきます。だから躊躇いもなく足を半歩後ろに下げないでくださいっ!
……本当にありがとうな。
「金城!」
「お礼はもういいって」
「俺、行ってくるよ」
「……うんっ、それでこそ久土だ」
金城は微笑む。いや、金城も微笑む。
顔を見合わせ、ニヤッと笑う。俺は前を向き、その後ろには金城。
「頑張れ久土、また途中でコケたりしたら許さないから」
「わ、分かってらぁ」
「よろしい。じゃ、行ってらっしゃい」
強く背中を叩かれて、俺は一歩前に進む。
「おう!」
話せば伝わる、一緒にいれば伝え合える。それが俺と久奈なんだろ? だったらクヨクヨしてどうする。
狼狽えないって決めた。悲しい思いをさせないと誓った。たくさん約束をした。だけども、それよりも、俺の心にあるのは、
伝えよう、この想いを。無理な笑みじゃなく心の底から笑う俺で、あいつに会おう。
そして、二人で笑い合うんだ。
待たせてばかりだ。久奈はいつも待っていてくれて……久奈は俺に伝えてくれた。
今度は俺の番だ。
笑顔を浮かべ、久奈の元へ。俺は進む。
「おー、全速力。元気になったかな? やれやれ、ホント久土はアホだねー」
「やっと笑った。向日葵君は少し背を押すだけでいいって言ってたけどあたし押しすぎちゃったかも。ま、いっか」
「ホントにやれやれだよー、あの二人じれったいっての~。相思相愛なんだからさっさと付き合えばいいのにー♪」
「そしたら、もう我慢しなくていいのに」
「いつもの調子で喋れて良かったー……」
「知らないよね。気づかなかったでしょ。でもね、あたしだって、ずっとなんだよ。……ずっと隠してきたんだから」
「ねえ、久土」
「好きだよ」




