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第140話 過去。過去のさらに過去。そして現在へ

「なお君」

「ピーマンね。ほれ、先生に見つからないよう僕のお皿に置」

「あーん」

「ダイレクトアタック!?」


 給食の時間。俺は久奈にあーんされていた。

 咀嚼しつつ「バレたら僕も怒られるんだよ!? ただでさえ二日前に授業中に抜け出して校庭に入った犬を見に行って怒られたばかりなのに!」と長台詞・唾・ピーマンを同時に吐き出している。


「久土! 静かに食べなさい! それと昨日箒に跨って校長室に飛び込んだことについての反省文は書いてきたのか?」


 先生に怒られちゃった。そして新たな黒歴史が露わになったよ!? 恐らくハリポタを観て影響を受けた説が濃厚。


「ほ、ほら怒られたじゃないか」

「んーん、私は悪くない」

「そんな馬鹿なああぁぁ! 意義ありいいぃぃ!」


 静かにしろと言われたばかりだろぉ!?


「廊下に立っていなさい!」


 再度怒られた俺は廊下に立たされてピーマンを食べる。

 マジかよ、給食中に廊下に立たされたよ……。


「ピーマンの苦味は許容範囲内。トマトは無理だがな!」


 なんで平然としているんだよ。呑気か! 自我の芽生えを感じられないぞおい!

 秒で黒歴史を生産する自分を見て、また、反省の兆しが見られない自分を見て、今現在の俺は昔の自分を殴る。アホすぎるでしょうがこのバカチン!

 ま、空振りで終わるんですけどね。

 ここはあくまで夢の中。何かに触れたり干渉することは不可能みたい。つーか夢長いな。ちょっとした映画並みだぞ。


「うわー、久土君また廊下に立たされているんだ」

「久土君ダサーイキモーイ」


 と、クスクス笑いと共に他クラスの女子数人が目の前を通過していった。当時から俺は女子評価が乏しかったのね。悲しいなぁ。


「なお君」

「んあ? 食べ終わったの?」

「ん。飼育小屋に行こっ」

「えー? 僕、昨日ニワトリに脱糞されたばかりなんだけど」


 久土少年? 昨日は校長室に突撃だけでなくニワトリ事件もやっていたの? 二日前は校庭で犬事件だったよね。黒歴史の生産力が高すぎだろ! そりゃ女子からもキモがられるよ……。


「ねえお願い、なお君なお君なお君」

「わ、分かったよぉ」

「んっ。あ、口元にピーマンついてる」

「え、どこ?」

「取るから動かないで」

「取るなら手じゃない? な、なんで顔寄せてくるの?」

「口で取りたいから」

「口で取ろうとするのはなぜ!? 久奈はピーマン食べれないだるぉ!」

「なお君の口元についたピーマンなら余裕っ」


 ……君達イチャラブしまくりだね。バカップル顔負けのラブラブ度なんですが。過去の俺すげぇな。


「あっ! また久土と柊木が一緒にいるぞー!」

「ヒューヒュー」

「うぐっ……い、行こうぜ!」

「ん」


 男子にからかわれて逃げる俺と久奈。

 走りながら手は繋いだままで、ベタベタとラブラブで、そんで二人とも笑顔で……。


 ……本当にどうして忘れていたんだろう。


「なお君、プラネタリウム室が開放されてる」


 場面が変わる。

 暗い教室の中で、久奈が俺の腕にしがみつく。


「怖いの苦手なんでしょ? もう出ようぜ」

「平気。なお君がいるから」


 久奈は笑う。俺の隣で笑っている。


 場面が変わる。


「うぅ、先生が僕はスイートポテト抜きだって……」

「元気出して。私の分けてあげる」


 ジャイアントスイングで投げ飛ばしたサツマイモが民家の窓ガラスをストライクショットし、デザート抜きの罰を受けて落ち込む俺。

 久奈はそんな俺の頭をポンポンと撫でて、溜め息吐いて呆れながらも優しく微笑んでいた。


 場面が変わる。


 お泊まりで、布団を並べて寝る俺と久奈。


「おやすみ久奈」

「んーっ、もっと詰めて」

「なんでこっちの布団に入ってくるの?」

「久奈ぁ! やっぱりパパと寝ようよ!」

「なんで久奈パパも入室してくるの!?」


 場面が変わって、変わる度に、俺といつも久奈は一緒だった。

 眩しい程の柔和な笑顔。頬を綻ばせてまるで久奈ママのよう。

 普通の女の子だ。無表情なんて一切見せない。


 ……そうなんだよ。この頃は普通だったんだ。


「なお君、帰ろ」

「先行ってて。僕うんこ」

「汚い言葉は駄目。めっ」


 普通に怒ったり笑ったり、喜怒哀楽がそこにはある。事あるごとに俺の名を呼んで、笑顔が素敵で、積極的で、甘えん坊で、


「分かったよ。んじゃあ……ひーさなっ。僕ぅ、おトイレ行ってくるねっ。えへへ!」

「ん! 分かった、待ってる」

「後で追いつくから先に帰っていいよ」

「嫌。なお君と一緒に帰りたいのっ」


 ……どうして忘れていたんだ。

 自分の醜態や黒歴史などの断片的な思い出をモンタージュしただけの記憶しかなかった。どうして久奈のことを忘れていたんだ。

 高校のクラスメイトは久奈のことをクールでおとなしくて、感情表現が少なく、温和な性格で楚々とした佇まいと評する。


 違う。本当は違うんだ。

 これが、この久奈が、本当の久奈なんだ。よく喋ってよく笑って元気いっぱいの久奈。こちらに向ける満面の笑顔は可憐で美しく、誰よりも何よりも素敵で、俺の大好きな笑った表情。


 ちゃんと記憶に残っているものがあると言っておきながら俺が忘れていた、本当の久奈の姿がそこにあった。


「ふんふんふーん♪ 今から糞糞ふーん♪」

「お、久土ぉ」


 久奈に注意されたばかりなのに下品な鼻歌でトイレに入った俺を、男子数人が呼び止めた。ニヤニヤと笑っている。


「今日も柊木と一緒に遊ぶのかぁ?」

「よっ、熱々カップル」


 君らは今日も元気に煽ってくるのね。小学生の無遠慮なイジリってすごいや。良くも悪くも子供だ。

 男子に囲まれて、小さな俺は見る見るうちに顔が赤くなる。あ、またムキになって……


「やめろぉ! 僕は今からうんこをするのだ!」


 と思ったらまさかのうんこ優先だった。えぇ……?

 俺は男子の囲いを脱すると個室に入って汚い鼻歌を口ずさむ。ジャー、と水が流れる音の後、清々しい顔で出てきた。


「やーい、こいつうんこマンだ!」

「うんこマンうんこマンーっ」

「そうです、私がうんこマンです。うんこマンですが何か?」


 小学生男子の鉄板『学校で大をすると馬鹿にされる』である。場合よってはガチ泣きレベルのトラウマになる可能性もある。

 しかし俺はどこ吹く風と受け流して平然としていた。呑気か。私が変なおじさんですみたいに言うな。


「こ、この……やーい熱々カップル!」

「な、なななんだとオラァ!」


 うんこマンのイジリには無頓着なくせにそれは過敏に反応するのかよ。メンタルの耐久構造どうなってやがる。

 うんこマンのくだりが失敗した後、男子達は再度改めて俺を包囲した。


「さっきもあーんしてたじゃん。やーいやーい、付き合ってるー!」

「ち、ちちちちゃうわ! 付き合ってないわ!」

「本当かよ~?」

「あ、当たり前だるぉ! 付き合っていないし仲良しじゃないし結婚しようとかそんなことないに決まってるだるぉ!」


 俺の顔は真っ赤。大をした後に声を大にして負けじと叫んで否定の連続。

 おうおう頑張れ。仲良しなのは確かだが、それ以外は君の言う通りだから大丈夫。俺と久奈は付き合っていないし、幼馴染とは言え幼少時に結婚の約束なんてしてない。

 はは、漫画やアニメじゃあるまいし、そんなことわけ



 そんなことは…………あ、っ、え……?



「嘘つけー! 久土帰ったフリして柊木を待ってただろ」

「手を繋いでいただろ~」


 あぁもううるさいな! 今とても大切なこと思い出そうとしているから邪魔するなよ。

 何かとても大切な俺と久奈の……。


「柊木のことが好きなんだろ?」

「っっ、す、すすす好きじゃない!」

「本当かよー」

「本当だ! 久奈なんて全然好きなタイプじゃねーし!」

「やーい久土の顔真っ赤ーっ」


 ……いやいや、こいつらしつこいな。子供は加減を知らないとは言ってもさすがにイラッとしてきた。どんだけ俺と久奈をからかいたいんだよ。

 相も変わらない男子達の単調でウザイ冷やかし。俺を囲んで大笑い。

 我慢の限界なのか、小さな俺は震える。それすらもお構いなしに男子達は執拗に攻めてくる。


「やい久土、じゃあ柊木と口聞くなよ」

「好きじゃないなら出来るよな~?」

「あぁもううるさい。分かったよ無視すればいいんだろ」


 はあ……またこの展開か。

 小さな俺はこの後、男子に従って久奈を無視するのだろう。久奈に嫌な思いをさせて、下手したら泣かせてしまうかもしれない。最低かよ。


「言ったな? 柊木が話しかけても無視しろよ」

「しつこい。分かったって」

「絶対だからなー!」

「……」


 ま、そうなっても二人きりになったらフォローするんだろうけどね。そこはちゃんとするはず。久奈に謝って、そしたらまた二人イチャコラするはずだ。


「いいか、絶対だぞ! 絶対に口聞くなよ」

「付き合っていないなら当然だよなぁ久土?」

「本当に好きじゃないのか~? 嫌いって言ってみろよー」




「……せるな」

「何か言ったか久土~?」


 小さな俺は震えていた。


「しつこいんだよ……何回も言わせるな」

「どうした久土、怒ってるのか?」

「やーいやーい」

「……」


 男子がニヤニヤと笑い、俺は震える。

 顔を赤く染めて必死にムキに躍起に、そうやって声を大にして久奈との関係を否定し続けてきた小さな僕が、一人の男子を突き飛ばした。



 …………え?



「痛っ、な、何するんだよ!」

「お前らしつこいんだよ」

「え……く、久土?」


 どれだけ煽られても、アホ面浮かべて過剰なリアクションを見せていた俺が静かになる。それは嵐の前の静けさのように、潮が引いて次の瞬間には大波となって押し寄せるかのように、溜め込んでいた怒りが、爆発するかのように。

 俺、もしかして……本気で怒っている……?


 ……自分のことだから分かる。いや、たった今、思い出した。

 この時の俺は文字通り、我慢の限界を迎えたんだ。


「な、なんだよ久土のくせに怖い顔して」

「じょ、冗談だって」


 突然の剣幕に狼狽える男子。声ではまだ粋がっているも、俺が睨むと「ひっ!?」と悲鳴を漏らして後ずさりする。

 そんな男子達を見下ろす、無表情が一つ。いつものアホ面、馬鹿なことをやらかして、煽れば顔を紅潮させて声を震わせる、そんな俺の姿はどこにもなかった。


「いい加減にウザイんだよ。馬鹿にしやがって。俺を見てニヤニヤ笑いやがって……!」


 執拗な煽りと際限ないイジリによって溜めてきたストレスが一気に爆発した。

 今なら分かる、思い出した。

 俺はこの時、本気でキレていた。ついやりすぎてしまう子供間でのマジギレ。だから仕方のない事故かもしれない。

 だけど、怒った俺の顔は無表情で、男子達を睨みつけて、


 怒り任せに、叫び散らす。


「言ってやるよ。お前らも久奈も、嫌いだ。俺を見て笑う奴なんて嫌いだ」




「久奈なんて大嫌いだ!」






「なお君……?」


 逃げていく男子達。トイレを出ると、そこにいたのは久奈。

 こちらを見つめる瞳は不安げに悲しげに潤み、雫となって目の端から零れる。

 今のを、聞かれ…………。


「ぁ……ひさ……」

「今、大嫌いって……」

「っ、うるさい」


 狼狽える久奈の横を、俺は走り去っていく。

 久奈が泣いていたのに。嘘だよね……?とすがるように俺のことを見ていたのに……俺は無視した。無表情のまま、無視して……。




 場面が変わる。


「なお君、怒ってるの……?」


 自分の席に座る俺の前に立つ久奈。涙を流して何度も何度も俺の名を呼んで肩を揺する。


「なんで……なお君、なお君? どうして私を見てくれないの……っ」


 対する俺は、笑わない。無表情を崩さず久奈の手を弾くと席を立ってどこかに向かう。


 久奈のことが大嫌いだと叫んでしまった。カッとなって、久奈に大嫌いと言ってしまった。

 久奈のことが嫌い? 嘘だ。そんなわけ絶対にないのに……。

 ごめんと謝れば済む。それなのに、俺は言えなかった。意固地になってしまい、謝るタイミングを逃した。


「ま、待ってなお君」

「ついてくるな」


 つい口走ってしまっただけ。子供だから仕方ない。そんな言葉では取り返しのつかない最悪の態度。


 やめろよ。やめろよ俺。

 自分が今、何をしているのか分かってるのか? 俺は思い出したぞ。その態度が久奈の笑顔を……。

 やめてくれ。お前を笑顔にしてくれる人を不安にさせるなよ……!

 声に出しても届かない。拳を振るっても過去の自分には届かない。


「な、なお君……っ」


 久奈の瞳に涙が浮かぶ。あっという間に雫となって頬を流れて落ちる。

 それでも俺は笑わない。何度も名を呼ぶ幼馴染の方を見向きもしなかった。


 笑わなくなったのは、俺が先だった。




 場面が変わる。


「なお君、ぐすっ、なお君……」

「柊木、そんな奴放っておけよ」

「そうだそうだ。僕らと帰ろうぜ」

「……なお君と私の邪魔しないで」


 俺が笑わなくなって数日が経った。

 男子達は以前の調子を取り戻して俺と久奈をからかう。久奈は男子を無視して、俺は久奈を無視する。


 だから、俺は……っ、俺の馬鹿。何やってんだ。以前の時みたいにフェイントを入れたりして久奈に話しかけろよ。男子の目なんて気にするな、変な意地を張っているんじゃねぇ。

 本当はそんなことしたくないだろ。久奈を無視したくなんてないだろ……なぁ、そうだろ……っ。





「最近さ、久土君カッコイイよね」

「あっ、分かるー。なんかクールになったよね」


 場面が変わる。

 女子達はヒソヒソと楽しげに俺の話をしており、俺に視線を送る。

 すぐにやって来たのは、久奈。


「だ、駄目! なお君を取らないで!」


 必死になって俺と女子の間に割っている久奈。懸命になって女子を睨んで、俺にすがるように見つめる。


「なお君のこと馬鹿にしてたくせに……! ね、ねえ、なお君?」

「……」

「な、お君……」


 でも俺は何も言葉を返さず黙ったまま。


「っ、うぅ。や、約束したよね……? 私となお君は……」




 場面が変わる。目まぐるしく変わっては、また変わる。

 どれだけ変わろうとも、いつも一緒だった俺と久奈は、笑い合っていた俺と久奈の姿は、なくなっていた。



「ねー久土君。好きな女子のタイプを教えて」

「はあ? なんでだよ」

「いいじゃんー。どんな子が好きなの?」

「……なお君」


 場面が変わる。

 俺は女子に挟まれて帰路を歩き、その後ろでは久奈が俯いて歩いていて……。

 女子の質問に対しぶっきらぼうに答える俺、クラスの女子達と一緒に帰る俺。その後方では、久奈が涙を堪えて弱々しく歩いていて……。


「……おとなしくて静かな子が良いかもな。髪が長いのも駄目かもな」

「えー何それ」

「別に。どうでもいいだろ。あとは……俺を見て笑わない奴が良い」

「久土君変なのー」

「ほっとけ」





「おとなしくて静かな子になればいいの……? 笑わない子なら、なお君に好きになってもらえるの……?」



「わ、私がそうなれば、なお君と一緒にいても……なお君との約束を守って……」




「ねえ、なお君…………なお君、っ……」









 場面が変わる。

 見慣れた自分の部屋。

 部屋の中にいるのは俺と久奈。小さな、小学生より小さな小さな俺と久奈がいた。


「なお君、約束だよっ」


 小さな小さな俺と久奈は互いの小指を絡ませ、誓い合っていた。


「もちろん! 約束は守ーる! 大きくなったら僕と久奈は、結婚しまぁす!」

「約束だよ? 絶対だよ?」

「うんっ約束だ。絶対の絶対だ! 大きくなったら結婚しようね」




 約束。それは、俺と久奈の最初の誓い。


 俺は無垢な笑顔でニッコリニコニコと笑って、



 久奈も、幸せそうに笑顔を浮かべて……








 そして、


 場面が変わる。


「行ってきまーす!」


 小学四年生になった俺。

 無駄にサラサラの髪をした、アホ面で間抜け面の俺。


 待ち合わせのエレベーター前。


「うっす。おはよう久奈!」


 柊木の下家の玄関が開き、出てきた久奈の顔は、






 目が開く。

 まず最初に天井が映り、自分が寝ていることに気づく。


「ここは……?」

「なお君」


 名前を呼ばれた。その名で呼ぶのは世界に一人しかいない。

 視線は声のした方へ。そこには、


 あの頃の笑顔は完全に消えた、無表情で俺を見つめる久奈がいた。

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