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第138話 過去へ

 笑うと決めたのに笑えず、笑わせると意気込んだくせに笑わせることも出来ず。

 あれから久奈とは話せていない。謝ることが出来ず、打ち明けることもせず、ただ俯いてばかり。

 ……自分が情けなくて嫌になる。そして、そうやって自分自身をいくら貶し自虐しようと現状は変わらない。限られた時間が減っていくのみ。


「やったっ、ストライクだ!」

「おー、すげぇ」

「ふんっ! ……あ、ガーター」

「おいおい何やってんだよ~」


 学園祭の打ち上げ。独特の鈍くて激しい衝突音が反響するボウリング場。

 クラスメイト達はストライクが出ればみんなで盛り上がり、ガーターだとわざとらしく露骨にため息吐いて投げた人をイジる。


「ひぐぐ……ボール重すぎですっ。えぐぅ」


 火藤さんは両手でボールを抱きかかえたままその場から一歩も動けず涙目で悲鳴を漏らしていた。それ14ポンドあるよ。


「柊木さんファイト!」

「柊木さん!」

「柊木さぁん!」


 泣く火藤さんの横のレーンでは男子達の声援に包まれて久奈が一投。

 コロコロと、車がクリープ現象で進むようにゆっくりと転がっていってピンを数本だけ倒した。


「「うほほーぉ!」」


 それだけで男子達は大いに盛り上がる。走り高跳びじゃね?ってくらいに跳躍して喜びを体現し、受験に合格した並の大声を出す。

 久奈が戻ってくると男子達は一斉に手を掲げる。考察するまでもなく彼らは『ボウリングだからハイタッチがしやすい』を利用して久奈の手に触るつもりだ。


「……」


 久奈はそれらを無視、無表情のまま金城の隣に座った。男子達は肩を落として「だよねー」とハモる。

 当然だろ。久奈は男が苦手なんだ。気さくにハイタッチ出来ると思うな。


 ……そうだなよ。久奈は男子が苦手……。

 賑わい、大いに騒ぐクラスメイト達。泣きながらもボールを運ぶ火藤さんや連続でストライクを取ってニッコリニコニコ笑う金城、その隣で静かに拍手する久奈。

 みんな楽しそう。……そんな中、俺だけ笑えていなかった。

 時が経てば俺はここにはいない。そう考えると心臓が嫌な音を立てて、久奈の傍にいてやれないことが苦しくて。


 俺がいなくなったら久奈は……。




「どーしたんだい直弥きゅん」




 顔を上げた先、俺の肩を叩く麺太が飄々と笑みを浮かべていた。


「……別に」


 少し間を空けてしまいながらも、俺は肩に乗せられた手を弾いて俯く。

 床を映す視界の端にある麺太の足はピクリとも動かない。


「直弥の番だお。投げないの?」

「代わりにやってくれ」

「おーい西大路橋君、僕と直弥の分も投げていいおー」


 麺太の鷹揚な声。その後すぐに、俺の隣に腰かける気配。


「……お前も投げないのかよ」

「まあまあ。そんなことよりさ、改めて聞くお?」

「うるせーな。カップ麺でも食」

「どうしたんだよ、直弥」


 ……知り合って一年以上が経つ。こいつの考えることや奇異な行動、俺をも超えるアホっぷりには辟易としてきた。

 けど、今の声は違った。

 見なくても分かる。俺の隣に座っているのは、真面目な表情をした親友だということに。


「……ごく稀にだけ真面目になりやがって」

「言いたくないなら言わなくていいけどね」

「いや、お前には聞いてほしい。麺太、実は……」




 父親の転勤が決まった。いつになるか分からないけど近いうちに引っ越す。そのことを久奈に告げられず、笑わせることも出来ないでいること。

 淡々と簡単に、俺は話せた。初めて人に伝えたことで少しだけ胸がスッと和らいだ気がした。


「うん。そっか、そうだったんだね」


 俺が話し終えるまで、麺太は静かに聞いてくれた。


「俺はどうしたらいいんだろう」

「少なくても無理に笑わせるのは違うだろうね」


 だ、だよな……。


「何をどうすればいいか僕にも分からないよ。……正直、今結構キツイ」

「麺太?」

「だけど僕のことなんて気にしちゃ駄目だよ」


 おもむろに立ち上がる麺太。

 慌てて俺は顔を上げるも、既に麺太は踵を翻した後でその表情は窺えない。


「いやはや親友ポジってのも大変だね」

「何を言っ、おいどこに行くんだ?」


 麺太はボールも持たず一直線に歩き進む。

 向かっていく先には、久


「柊木さーん! 僕とハイタッチしようお!」


 両手を掲げて久奈に突っ込ん……は、はい?


「イェーイ! たまには僕とも絡んでお~! 麺だけに絡む、なんちゃって!」


 な、何やってんの? 久奈がスペアを決めた際に他の男子達が同様のことをしてスルーされた光景見てなかったのかよ。それなのに突然ハイタッチを要求しても久奈が了承するわけがない。


「……」


 ほら見ろ! 久奈完っ全に沈黙してるよ。完っ全に拒否の意を示してるだろ!?

 だが麺太はお構いなしに久奈の周り360度をぐるぐる回り、下唇に舌を這わせて唾液を垂らす。


「さあ僕はどこからハイタッチをするのかなー! 柊木さんも手で迎え撃たないと体のどこかに触られちゃうお?」


 完っ全にセクハラじゃねぇか! ハイタッチじゃなくてタッチする気かよ!?

 と、即座に男子達が立ち上がる。瞳に殺意を宿し、拳の骨をパキパキ鳴らす姿は二組の天使にセクハラはさせないと言わんばかりの剣幕だ。

 ……しかし誰も麺太に向かおうとせず直立して立ち尽くすのみ。聞こえてくるのは、


「……向日葵を相手にしでもなぁ」

「んだべ、返り討ちにされるのは目に見えでるだ」

「んだべんだべ」


 なんで全員訛ってるのか知らんけど!

 こいつら以前麺太一人に蹂躙された経験が脳裏をよぎって躊躇っていやがる。戦意失ってやがるよ!


「ぐへへ。僕が新たに見つけたパスタのお店でディナーしよっ、直弥?」


 俺は麺太の腕を捉える。

 男子は使いものにならないし、なぜか金城は止めに入らない。

 だったら、俺が止めるしかない。


「俺の幼馴染に変な嫌がらせするんじゃねー!」

「ぼんごれ!」


 両手で麺太を押す。すると麺太は奇声をあげて後方数メートルに吹き飛んでいった。

 ……吹き飛んでいった、だと?


「久土が向日葵を倒したべ!?」

「あいづ強かったんだな!」

「やるべや!」


 だからなんで唐突に訛ってるのぉ!?

 いや、そんなことより……急にいつものアホ麺に戻ったと思いきや、あのフィジカル馬鹿のアホ麺太が俺なんかの突き出しでこうも容易くやられるなんて……。


「やるじゃないか直弥。僕の負けだお。仕方ない、じゃあ代わりに金城さんを誘おうかな!」

「元ストーカーになびくわけないっしょ。いいからこっち来いし」

「ひいぃ!?」


 冷ややかに嘲笑った金城が麺太の服を掴んで連行していく。

 麺太の悲鳴と男子達の訛った雄叫びが響く中、



 気づけば俺と久奈は二人きりになっていた。



「……」

「……え、えっと」


 久奈は俺を見たり見なかったりを繰り返す。俺の様子を伺っているようで、けれど自身の顔色は一切変えない。

う、狼狽えている場合か。なぜか事が転じて二人きりになれたのだから、やるべきことをしなくては。


「その、昼間はごめんな。俺らしくなかったよな」


 やるべきことはいっぱいある。

 笑わせようと強要したことを謝罪したり、それでもやっぱ久奈を笑わせたいし、言わなくちゃいけないこともある。

 いつかは告げなくてはいけない、引越しのこと。


「お詫びになんでもやるよ! 『一日なお君を服従させる券』を贈呈しようか!」


 包み隠さず言うべきだ。分かっているのに、口が勝手に違うことを話す。

 ……そうさ、俺に事実のみを素っ気なく伝える度胸はない。かといって感懐を混ぜても言えないだろう。


 分かっているのに、思索する時間も残されていないのに、いつものをようにを再現しようと無理に笑って誤魔化してばかり。

 結局最後は昼間と同じ渇いた笑い声しか出なくなる。


「あはは、は、は……っ、ごめん」


 俯いてしまう。またしても俯いてばかり。

 久奈を前にしたら何も言えなくて……。




「なんでもはしなくていい。なお君がいてくれるだけでいい」




 久奈が返した言葉に、重たいものを感じた。

 見上げた先、目の前の幼馴染は顔色を変えないけど……必死に言葉を出しているのが伝わった。


 まるで……そう、まるで久奈も俺と同じように堪えて、奥底から溢れる気持ちをなんとか告げようとしていて……。


「無理して笑わなくていいの。私は、約束を守ってもらえるだけでいいの……」


 約束。久奈の口からよく聞く言葉。心のどこかに引っかかって心の中をかき回す。


「でも、それも叶わないかもしれないね。どうしようもないことだし、何よりなお君が覚えていないから……」

「お、覚えているぞ! あれだろ? 悲しい思いをさせないとか」

「それ以外にも、大切な約束」

「お、おう、あれだ、えっと……そ、その、そうだ! 一緒にいようって…………ぁ」


 一緒にいよう。傍から離れない。

 それとは違う。きっと久奈は別の約束のことを言っているのだろう。

 別の約束、それすらも思い出せない俺は、一緒にいるって約束も守れなくなってしまう。


「忘れてるよね」

「わ、忘れてない」

「んーん、いいの。もう、いいの」

「そんなこと言うなよ……俺は久奈との約束を守りたい」

「覚えていないのに?」

「だ、だけど」

「……引っ越し、するんだよね」

「っ! 久奈、知っ」


 ゴツン。


「……痛っ、え?」


 俺の足に何かがぶつかる。

 ゴロゴロと音立てて転がるのは、14ポンドのボールだった。


「ひぐゅぐゅうぅ、ふ、ふえ? ボールどこ?」

「ちょっと燈ちゃん!? よりにもよって久土達のとこに……!」

「僕と金城さんの作戦を一投で崩壊させちゃったよ!?」


 黒を混ぜた赤い顔でキョロキョロ見渡す火藤さんの背後で、なぜか金城と麺太が大慌てで騒いでいて、え、な、何?


「ちょ、今は邪魔しない、で、あが?」


 鈍い痛みと違和感が足を駆ける。

 不意の衝撃に耐えられなかった片足は崩れ、下半身がバランスを失う。


「ぉ、うぉっ?」


 慌てて踏み込んだ先に火藤さんのボールが丁度転がって、俺は思いきりボールを踏む。あ。


「ああぁぁこの浮遊感知ってるこの浮遊感はヤバイやつ!」

「なお君っ」


 久奈が手を伸ばすの見えた。

 完っ全に制御不能な体が後方へと倒れていく流れに逆らって俺も手を伸ばすが、届かず。

 俺の視界は徐々に天井を映しだす。


 ヤバイ。ヤバイと考えられている程にヤバイ。日本語どうした俺。

 この感覚は知っている。後はこのまま倒れるのだろうと冷静に予知しちゃいました。

 ……あーあ、なーんだろうね。俺は定期的に強打する運命にあ


「ぼんごれ!?」


 口から出た奇声に続いて凄まじい衝撃が後頭部に響く。

 視界に映るのは天井のみ。白のような銀のような色の光は照明なのか、または意識が途絶えていく前兆の現象なのか。


「な、なお君?」


 すぐ近くで久奈の声が聞こえる。俺の名を呼んでいる。


「なお君? なお君っ、な……」





















「……お君、ねぇなお君! 一緒に帰ろうよ」

「嫌だ! 女子と一緒に帰ったら笑われちゃうだるぉ!?」


 んあ? 俺は頭を打って倒れたんじゃ……。ここは一体……?

 ふわふわと浮いた足。まるで雲の中に飛び込んだような感覚は、もしかして……。


「私なお君と一緒に帰りたい。一緒に、ぐす……」

「うぉおおぉぉ!? ご、ごめんよぉ泣かないでよぉ。一緒に帰るから!」

「ほ、本当?」

「本当ホントマジマジリアルガチ! 僕が久奈ちゃんに嘘を言うわけないだるぉ?」

「うんっ」


 目の前を駆けていく小さな影が二つ。

 一人はアホ面で笑うサラサラ髪の男の子で、もう一人は涙を拭って太陽にも負けない素敵な笑顔をした女の子。

 この二人は……もしかして俺は夢を見ていて、これは、


「なお君、おてて繋いで帰ろ?」

「や、でも手なんて繋いだら……」

「うぅ……」

「はぁい手! つーなぎまひょ!」

「ありがとなお君っ」


 俺と久奈の、思い出……?

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