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第137話 笑えない

 離れ離れになってしまう。お別れしなくちゃいけないことが、辛くて寂しくて悲しい。

 そんな言葉では言い表せない程に、胸に突き刺さって絶え間なく痛む。



 それでも笑うと決めた。笑わせると決めた。



「だーれだっ? 正解は……なお君でちたー! でびゅびゅば~!」


 背後から久奈の目を両手で覆う。何事かと振り返った彼女に向けて、舌を出して白目を剥き、眉間にシワ寄せてグロさとキモさをブレンドした変顔でお出迎え。

 辛くても寂しくても悲しくてもどんなに胸が痛くても、笑って笑って笑いまくる。


「……」


 対する久奈は無表情。ま、まあね。俺が変顔しても通じないのは経験済みだからね。

 んじゃま続いては、


「とーぅ! なお君ベンチ!」


 その場で四つん這いになり、背を床と水平にまっすぐ伸ばす。その名もなお君ベンチ!

 ふっふ。久奈を笑わせる即ちは喜ばせることなり、ってのも把握済みなんでな。加えて最近の久奈は俺を椅子にすることに凝っている。

 以上二点より、俺自らが率先して椅子にトランスフォームすれば久奈は大いに喜んでくれて笑ってくれるとキューイーディー!


「……」

「ん? 久奈? 座ってもいいんだぞ?」


 あれ? 喜んで座ると思ったのに、背中に何も感じないんだが。

 なお君ベンチ状態を解除し、顔を上げてみると、


「なんで直弥は四つん這いになってるの。女王様待ち?」


 そこには坊主頭の男子生徒、麺太がいた。

 床にクーラーボックスやバケツやザルを並べ、鍋を置いたガスコンロに火を点けている。


「勘弁してよー、学校で何しようとしているのさ」

「いやお前の方こそ何するつもりだよ!」

「昨日『まだまだ先だけど夏の準備フェア』があって素麺があったんだ。そりゃ素麺は年中売ってあるけど僕も季節の趣を感じたいお年頃でさ、やっぱり夏に食べないとねっ」


 麺太は得意げに素麺を湯がき、バケツとザルで湯切りするとクーラーボックスで冷やした水でもみ洗う。

 湯きりした熱湯ともみ洗う冷水が飛び散って、四つん這いになっている俺の顔面に……


「熱っ! そして冷たっ!?」

「うーんおいちぃ。素麺最高っ」

「最低の間違いだろ! お前が得意満面に食べている横で俺の顔面は高低温の水飛沫攻撃を受けているぞ!」

「僕が得意満麺で麺を食べて直弥の顔麺がなんだって?」

「漢字変換やめろぉ!」


 ってそうじゃない! なんで俺は麺太と生産性がlim(n→∞)1/nな会話をしているんだ。数式あってる?

 顔を左右に動かし辺りを見渡すも、久奈の姿はどこにもなかった。


「柊木さんなら教室から出て行ったよ」

「それを先に言、あがが今度は麺つゆが飛び散って顔にかかってる!」

「麺つゆが飛び散る豪快な勢いで食べるのが僕のやり方さ」

「あぁそうかよだったら次は俺がお前の殺り方を決めてやる!」

「漢字変換やめてよ」


 クッソおおぉこの麺キチがああ。麺のことになると爆発的なウザさを発揮しやがって。今日という今日は成敗してや……っ、違うだろ。何してんだよ、馬鹿か。今すぐ探しに行け。

 それに、久奈がいないなら、もう、






「でも珍しいよね。柊木さんが直弥を無視するなんて。まるで逃げるように、って直弥もいない!」

「久土なら真顔で久奈ちゃんを追いかけていったよー」

「ふぁ!? それを先に言ってよ金城さ…………直弥が、真顔?」

「うん。久奈ちゃんも今朝から様子がおかしいし。……何かあったのかな」

「……」






 久奈は中庭のベンチに座っていた。


「そこのお嬢さん。そんなベンチに座らなくても君専用のなお君ベンチがあるよ? ドヤ?」


 再びトランスフォーム。再び笑顔。

 今回は四つん這いになっても目線を下げず久奈を凝視する。逃がしやしないぜよっ。

 久奈は俺を見つめ返し、口を開こうとしない。


「へいへ~い。もしや無口属性も加えちゃった? 無口で無表情って、あらやだ最強ぢゃない!?」

「……」

「代わりに俺が喋るぜぇー? レインアッパーの青空でベンチが喋りまくるぜぇー?」


 久奈の周りを四足歩行でグルグルと回っても反応はない。無口無表情で無反応。


「喋るベンチってまるでトーマスみたいだ。なーんちゃって、えへっ♪」


 ……無口で、無反応?


「ぶわっはは、久奈ママの真似~」

「……」

「あっははは!」

「……」

「あはは、は…………久奈?」


 無表情なのはいつものこと。だけど……ノーリアクションでテンションが低くて、俺を見つめるだけで喋らないのが、おかしいと思った。


「な、なあ?」

「……」

「無口ではなかったでしょ。なんで今日は何も言わないの」

「……」

「変だって。久奈……なんかおかしいぞ」

「なお君だって変」


 俺が、変?


「別に俺は……」

「違う。全然、いつもと違う」


 こちらへと伸ばされた手は俺の頬に添えられる。そっと撫で、今にも飛びつきそうな距離で俺を見つめて見つめて、表情を一切崩さず口だけ動かす。


「笑い方が違う」

「笑い方?」

「……なお君、無理矢理笑ってる」

「っ、そ、そんなことない」


 口では否定するくせして目を逸らす自分の態度、慌てて必死に作り直す笑顔。どれも強張って不自然で、動揺が容易く表れる。出てしまっていると自覚してしまう。


「いつもの俺ですよ! このなお君スマイルを見よ!」


 でも、それでも。俺は笑う。笑顔で久奈の傍にいる。無理にでも笑うし、無理矢理にでも笑わせるんだ。


「あははっ。さぁ久奈も笑おう!」

「……」

「一発ギャグでもモノマネでもやってやるぜ。ベンチが嫌なら座椅子になろっか?」

「……」

「あ、久奈の喜ぶことは何? なんでもやるからさ!」

「……」

「あはは……笑ってよ」


 俺に残された時間は少ない。離れ離れになる前に、せめてこの子を笑顔にすると決めたんだ。

 だから笑ってよ。なあ、頼むよ……!


「どうして笑ってくれないんだ」

「……それはなお君が」

「俺のことなんてどうでもいいだろ。久奈が笑えばそれでいいんだよ!」

「……」

「笑ってよ。……笑えよ」


 添えられた手の手首を掴み、引き寄せる。

 俺が出来ることならなんでもやってあげるから。お前の為ならどんなことだってやってみせるから。

 だからお願いだ。笑顔を見せてくれ。最後に一度でいいんだ、お前の笑う姿を……。


「やめて」

「っ、ひさ」


 手を弾かれて俺の体は後ろに数歩下がる。

 久奈はもう、俺と目を合わせてくれない。


「おかしいよ。なお君らしくない。なお君はこんなことしない……」

「俺らしさってなんだよ。久奈こそ様子が変だろ」

「……」


 俺はこんなにも必死に頑張っている。ずっと笑顔を浮かべて、辛い思いを押し殺しているのに……。

 いつか引っ越しのことを伝えることになる。それを伝えたら、俺は笑えなくなってしまう。

 だからその前に久奈を笑わせないといけないんだ。絶対に、どんなことしても。


「笑ってくれよ。頼むからさ」

「……」

「おい。いい加減に笑えよ!」

「なお君おかしいよ……なお君……」


 目を合わせず、久奈は俺から離れていく。その後を追おうと足が動くも、すぐに立ち止まる。

 後悔の念が、押し寄せてきた。


「ああぁ! ……何やってんだよ」


 焦りすぎだろうが馬鹿野郎。

 無理矢理笑わせてどうするんだよ。そうじゃないだろ。

 ずっと想ってきたのは、あの子の嬉しそうに笑う素敵な笑みだろ……っ。


「ごめん、久奈……」


 久奈がいなくなった途端、胸の痛みはさらに増す。辛くて寂しくて悲しくて、その場に崩れ落ちてしまう。

 ……何が笑わせるだよ。自分が笑えていないくせに。

 どんなに笑っても、心の底からは全く笑えていなかった。











「ここにいたか。昼は部室に来いって言っただろ月よ……中庭を見てどうしたんだ?」

「やれやれ……あの二人は何をやっているんだ」

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