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第136話 いつもと違う笑顔と無表情

 昨日の雨が嘘のように晴れ上がった空から朝日が差し込む。

 目を開き、体を起こし、意識は定まる。


「よぉクソ愚息。おはよーさん」

「……」

「あ? 無視すんなや」

「……」

「今日は朝ご飯作ったで。食べんのか?」

「……」


 食卓の朝食を一瞥し、ソファーに寝そべる母さんの横を通り、冷蔵庫からミルミルをひったくると一気に飲み干す。

 容器が空になっても喉の嫌な渇きは拭えず、両腕が力なく垂れ下がる。


 それでも前を向かなくちゃいけない。


「……いつまで拗ねてんねん」

「うるせー」


 ようやく返事をした素っ気ない一言。拗ねているのが見え見えで、我ながらダサイ。子供じみている。


 ……母さんの言う通りだよ。

 いじけても、駄々をこねても、引っ越しすることは確定した未来であり、覆ることのない事実。

 そんなことは昨日のうちで散々思い知らされた。頭の中で何度も拒絶してはその度に現実を叩きつけられた。


 靴を履いて玄関を出る。

 時間にして数秒、歩いて数歩のエレベーター前。そこが俺達の待ち合わせ場所。


「おはよ……なお君」


 いつもと変わらず久奈が俺を待っていた。

 目と目が合い、心の奥が軋む音を立てて痛む。

 俺は……っ、


 引っ越せば久奈と一緒にいられなくなる。今のように、当たり前のように、会えなくなってしまう。

 何より、その事実を久奈に告げることが耐え難く辛い。辛くて、悲しい。



 それでも前を向かなくちゃいけない。意識は定まっている。昨日決めたんだ。いつまでも落ち込んではいられない。

 俺は両手をバンザイして大きく左右に振るといつものように、当たり前のように、久奈に向けて全力で笑顔を浮かべた。


「グッモーだぜ久奈っ。今日は晴れだぜ!」


 昨日のうちで何十回と拒絶しては散々思い知らされた。駄々をこねるのも黙って拗ねるのもやめだ。

 もう泣かない。この子の前では普段と同じよう接すると決めた。泣く暇があれば精いっぱい笑おう。

 それが今の俺がすべきこと。離れ離れになる、最後の時まで。


「おいおい、テンション低いぞい。あ、いつものことか。あっははは~!」


 全力で笑う。笑って、おどけて、笑い続けて久奈の隣に立つ。

 いつか訪れてしまう別れの瞬間まで俺のやることは変わらない。悲しくても辛くても前を向け。いつもの日常を送るんだ。この子に届けるんだ。


「新作のモノマネ、カンチョーされたトゲピーの真似をやりまぁす。ち……ちょ、ちょ、チョッゲブリブリィィィ! って、脱糞してるやないかーいっ」

「……」

「え!? 脱糞したのにノーリアクションんん!? リトマス紙みたいな露骨な反応じゃなくていいから少しは表情筋を動かそうぜーい。おっ、表情筋と言えば今日は学園祭の打ち上げだな。って、表情筋関係ないやないかーいっ」


 いつものように。いつもの……っ、


「あー面白い! さすが俺だぜ。あはははー!」


 ああ、駄目だ。……何がいつものようにだよ。

 声が掠れる。喉が震える。全力でやっても笑顔が引きつる。それどころか気を抜いたらまた涙が、っ……


 泣くな馬鹿。この子の前では笑い続けろ。


「エレベーター来たぜ! 行こうぜ! 一狩り行こうぜ! イェーイ!」

「……なお君」


 制服の端を掴む彼女の手。細くて白い指先がきゅっと小さなシワを作る。


「な、何?」


 久奈は動こうとしない。俺の手を掴み、いつもより弱々しく握って、俺を見つめる。


「……」

「どしたの? エレベーター来たよ?」

「……ん、分かった」

「お、おう。うん?」


 それだけ言って二人エレベーターに乗る。

 え、えーと何か話題を……! 考えろ、いつもの俺らしくあれ!


「雨上がりの匂いって独特だよな!」

「……」

「雨上がりって英語で言うとレイン、えー、あー……レイン、レインアゲアゲ?」

「……なお君、あのね」

「レインアッパー! そんな感じな気がする!」

「……」

「おっしゃー! 英検4級も夢じゃないぜ! ぶわっははは!」


 笑え。笑うんだ。

 いつか言わなくちゃいけないし、いつかお別れの日は来る。

 その時までは笑い続けよう。そして、その時までには……


「おいおい久奈ちゃんテンション低くな~い? せっかくの晴天なんだから俯いちゃノンノン~!」


 決めたんだ。現実は受け入れる。もう泣かない。

 そして、なんとしても、君を笑わせてみせる。どんな手を使ってでも。

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