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第134話 それは、突然のことだった

 学園祭が終わった。完! とはならない。終わり良ければ全て良しと言っても後始末は残っているものだ。

 水流崎本人とその両親が久奈に謝罪したり、事件を聞いた久奈パパが水流崎を殺そうとしたり、ある意味学園祭より大変だった。やー、あれ程に激昂した久奈パパは見たことがなかったよ。俺や教師が止めに入らなければマジで水流崎を殺していたのでは!? 

 怖い怖い。殺しちゃ駄目だよ。殺すなんて言っちゃ駄目よ~。見事なブーメラン。

 ちなみに俺は久奈の両親から感謝された。そして水流崎は退学処分となり、もう二度と会うことはないでしょう。


「放課後に何もないって最高だなぁ~んふふっ」


 後処理も含めて身辺多忙だった学園祭から数日が経った。

 懐かしきかな、穏やかで無為な日常を満喫しております。語尾が気持ち悪くなっちゃうのはご愛嬌。


「「久土君やっぱりキモイ」」


 女子からシンプルに罵倒された。うおぉい!?

 ほらね、俺はモテません。モテ男は女子からキモイと言われない。あぁん悲しい。ぐすん。


「ドンマイ直弥。良いことあるさ」

「「向日葵君キモイ」」

「僕今普通に励ましただけだお!?」


 お前は普通の状態でも気持ち悪いってことだよ。


「さて、帰るか」

「なお君」


 気を取り直して放課後ライフを楽しもうと席を立った時だった。

 俺の元にやって来たのは久奈。今日もセミロングの髪が綺麗で、整った小顔と透き通るような肌、最強にして最高に可愛い俺の幼馴染だ。

 久奈は瞳を輝かせて、俺の小指に自身の小指を絡めてきた。


「「ごぱっ」」


 重なる吐血音。見れば、男子達が血を吐いて床に倒れていた。

 んだよ俺以外にも吐血する奴いるじゃん。『赤泡の久土』を馬鹿に出来ないぞ。


「なお君なお君」

「聞こえてるよ、なお君だよ、どしたのよ?」

「遊園地のチケット。舞花ちゃんに貰った」


 金城が?

 スーッと視線を横へ流していき、女子グループに混じって雑談する栗色のゆるふわなロング髪のギャルと目が合った。

 金城は片目をパチッと閉じて舌を出して校内放送でSE流したんかって音量で『きゃぴっ☆』と可愛い仕草で反応を返した。あ、ざ、とぅー。


「今ね、夜になるとライトアップされるの。『光害よ覚悟、季節はずれのイルミネーション』ってイベントだって」


 イベント名もうちょっと何とかならなかったのかな。時期的に天の川とかセンスあるワード織り交ぜようぜ。


「ね、行こ」

「いいけどさぁ」

「イルミネーション観たい。それに……」


 小指を繋ぎ合わせたまま久奈が手をゆるゆる揺らす。

 狐のように口をツンとさせて俺に一歩近づき、甘えた口調で、


「なお君と観覧車に乗りたい」

「「がはっ」」


 と言った。直後、男子が吐血。

 野郎共が「誰かブラックコーヒーを箱で買ってこい!」と叫び合う中、俺は……あー、観覧車ね、はいはい。

 恐らく久奈は前回のリベンジをしようと……。


「……駄目?」

「っ、嫌なわけじゃないよ? でも今日は雨でっせ」


 見てご覧と窓を顎で指す。イッツァレイニーデイ。

 ミシン糸のような細い雨が絶え間なく降り注ぎ、冷んやりと湿った匂いが窓ガラスをすり抜けてくるかのようだ。


「今日は無理やめておいた方が賢明だと思われますでございますです」

「んん……んー」

「誠に遺憾であるみたいな声出さないでよ」

「分かった。今日はやめとく」


 六月だもの。梅雨だもの。雨は仕方ないよ。晴れた日に行こうね。


「お買い物に行こ」

「代理案を出すのがお早いですな」

「とにかくなお君とデートしたい」


 ハッキリとデートって言うんだね。おっふ。

 キュンキュンする俺を、久奈は小指で引っ張る。けど力の入れ具合が上手くいかないのか、結局は五指全てを絡めて俺の手を握った。


「「ごぱぁ!?」」

「「男子キモイ」」


 男子が失血死寸前、女子が辛辣にキモイと連呼する中、俺と久奈は教室を後にした。











 ショッピングモールに到着。高校生にとって定番の、あ、これ以前も言ったな。


「ここなら雨でも関係ない」

「だな。んで何を買うつもり?」

「なお君は女子高生のお買い物を分かっていない系男子」

「な、なんかすいません」


 どうやらウィンドウショッピングがしたいらしい。そ、そなのね。男女では買い物のスタンスが違うようだ。

 一階からウィショを開始。ウィショは今俺が造りました。特許出願中。


「あ、『一足遅れた新生活フェア』がある」

「なんでウチの地元は季節はずれを持ち味にしているの?」


 イルミネーションも新生活フェアも時期が大切だろうが! ちょいズラして玄人ぶるその方向性は間違っているって!


「見たい」

「俺らが見てどうするんだよ。一人暮らしを始めるわけでもないのに」

「んーん、二人暮らし」

「……」


 心の瞬間湯沸かし器がオンになった。

 俺の顔は一気に赤く……っ、わしゃチョロインか! うごご! 不意打ちは駄目だって、悶えちゃうってば!

 人の心を絶妙にくすぐっている自覚がないのか、久奈は無邪気にウィショする。


「カーテンは何色が良い? ベッドは普通のサイズでいいよ、密着すれば問題ない。ダーツボードがあったらお家でお手軽に出来るね」

「ちょいちょい久奈ちゃん?」

「ちゃん付け嬉しい」

「落ち着こうぜ。まだ早い。俺らまだ高二!」

「ん、もう高校二年生」

「半分のワイン理論再び!?」


 新生活グッズを熱心に眺める久奈をなんとか引っ張って『一足遅れた新生活フェア』のエリアから去る。

 もう遅れるな! 再来年は三月にやれよ!


「キュンが×8くらいに達したわ……」

「なお君見て、『先取りした七夕イベント』がある」

「今度は少し早いパターン!? ジャストタイミングで開催する気サラサラ皆無か!」


 一階の広場に長い笹が立てられており、その存在感はぱない。

 君の出番は七月よ? 新生活フェアと七夕が同じフロアで開催されるってどういうことだ。


「書こ」

「なんとなく嫌なんだが」

「駄目……?」


 上目遣いは反則、それはラブコメ漫画の原則。断れないっす!

 ペンを持ち、短冊に願い事を書く。何にしようかな。


『世界平和 久土直弥』


 ……書いちゃった。書いた直後に後悔しております。俺、恥ずい。普通だし面白味ないし、え、やだ、恥ずかしい。


「なお君普通」

「うぐっ。そ、そういう久奈はなんて書いたの?」

「ん」


 久奈が持つ短冊には丁寧な字で『久土 久土 久 久奈』と書かれていた。


「あの、何それ?」

「字の練習」

「短冊で字の練習する!?」


 願い事を書くんだよ!? 例えば世界平和とか、ってだから俺は凡庸な発想ぉ!


「これでいいの。願い事はもう約束してもらった。字の練習する」

「いやいや、字の練習なんてしなくても十分に綺麗だろ」

「んーん、もっと綺麗に書けるようになりたい。だって将来は今の二倍書くことになる」


 久奈はペン先で『久』の一文字をトントンと叩く。

 『久』。それは久奈の名前にもあって、俺の名字にも入っている漢字。

 今の二倍…………ぁ、あちちっ……っ!? 心の瞬間湯沸かし器があぁ! 心臓がゴポゴポ沸き立ちゅゅぅ!

 お、俺ってばいつも久奈のキュン死に攻撃をモロに食らっているよぉ。俺が脆いのか、久奈の攻撃力が高いのか。

 たぶん両者だろう。キュン×∞!


「いつも練習してる。完璧。サインは私に任せて」

「う、うひ」

「噛んだ?」

「いや、死んだ」


 俺の心が死んだよ。幸せのあまり絶命した。


 ……幸せだ、俺。


 毎日一緒なのに、いつもキュンキュンして飽きもせず悶え苦しむ。

 久奈と一緒。それがたまらなく嬉しい。

 ああ……俺やっぱり、この子のことが好きだ。


「もっと書く」


 久奈が短冊の空いたスペースにペンを走らせる。

 俺は自分の書いた名前の下に、新たに名前を書き加えた。


「ほれ、どうせ書くならこっちの方が効率良いだろ?」

「ぁ……ん、私もそれ書く」

「将来役に立つからな」


 悶え苦しみキュン死にそうになってもいい。もっとキュンキュンしたい。いつまでも一緒にいて、いつまでも笑っていたい。

 久奈が傍にいてくれる。それだけで俺は幸せだ。俺は笑える。

 気の早い笹に短冊をくくりつける。そこには普通で面白味のない『世界平和』と、その下に、


『久土直弥』

『久土久奈』


 二つの名前が寄り添うように並んでいた。











「楽しかった。水着も試着出来た」

「そ、そうだな」


 短冊を書いた後は『まだまだ先だけど夏の準備フェア』に寄った。

 久奈は水着を見ると言って実際に何着か着て、っ、鼻血が出る! 思い出しただけでヤバイ! 久奈の水着姿は素晴らしかったです。


「プール行こうね」

「お、おっす」

「お祭りにも行きたい。夏休みはいっぱい遊ぼうね。あ、遊園地も忘れないでね」


 エレベーターが七階に着いて、俺と久奈は手を離す。

 それぞれの家の前に立ち、


「なお君バイバイ。また明日」

「じゃあな久奈。遊園地、絶対に行こうな」

「ん、約束だよ」

「もちろん」

「んっ」


 それぞれの家に入っていく。

 あ、つい勢いで遊園地行くって言っちゃった。……あの子攻めてくるよ? 前回出来なかったことするつもりだよ?

 っ、よ、予約はしたし、今度こそは額じゃなくて唇に……ぁぅぁぅ。か、覚悟を決めるにょ! にょ!? 噛むなよ俺!


「おー、おかえり愚息」


 心の中で噛んだ俺は靴を脱いで扉を開く。

 リビングでは母さんが何年も前の韓流ドラマを観て屁をリズミカルに放っていた。屁を奏でるな。


「へーへー、ただいま」

「ふざけた返事をすんな。へーへー言うなや」

「屁ー屁ーの母さんに言われたくねーよ」


 ふざけているのはどっちだ。

 ったく、今日は早めに帰ってきたんだから晩飯は残っているんだろうな。


「おい愚息」

「んだよ」


 母さんが俺を呼ぶ。

 それは、突然のことだった。











「父ちゃんの転勤が決まった。引っ越すことになるわ」






 え……?

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