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第133話 学園祭・フィナーレ

 学園祭は無事に終わった。表向きはね。

 裏では水流崎の一件で大騒ぎ。職員室で緊急の会議が開かれ、一時は学園祭中止になりかけたものの、教師と実行委員がよりさらに頑張ることで事態は水面下で収拾した。


 だがいずれ情報は広まる。職員室の中から学園祭の喧噪を吹き飛ばす怒声が轟いた時点で、水流崎の失墜はもはや揺るがないものになった。

 まさに現行犯逮捕。今までの素行不良も白日の下に晒され、さらには一年生の男子に命令して養護教諭を足止めしようと目論んでいたことも判明。

 奴の処分は追々決めるらしい。少なくても以前のように平穏な学校生活は待っていないだそうだ。

 でしょうね。退学なんて生温い。久奈が襲われたと知ったらあの父親は……あ、水流崎マジで終わったな。

 あと俺も危うい。なぜ久奈を守らなかったんだと真顔で問い詰められてモデルガンや新聞紙レイピアで……あ、俺もオワタ。


 と、とりあえず久奈パパに会ったら土下座から入るか。許してもらえるかなぁ……。

 後の事を考えると気が滅入る……けど、なんとかしてみせる。未来の俺、頑張れ。

 今は、全校生徒の前で喋る幼馴染を見守ろう。


「たくさんの方にご来場いただき教員、生徒共々大変嬉しく思っています。この場を借りて会場の皆さんに御礼申し上げます。本日はありがとうございました」


 久奈の挨拶は完璧だった。自慢の幼馴染です!

 拍手喝采の中、久奈は壇上から降りるとステージの袖にいる俺の元へ一直線で駆け寄ってきた。俺も拍手して久奈を迎える。


「お疲れ様」

「ん、緊張した」


 水流崎の代わりに急遽、副委員長である久奈が学園祭終了の挨拶を読むことに。

 酷いことをされそうになったんだから休んで良かったのに、久奈はやると言った。

 ホント、自慢の幼馴染だ。


 何はともあれ学園祭は幕を閉じた。体育館での総評が終わって残すは後夜祭のみ。

 後夜祭。キャンプファイヤー的なやつを囲んでフォークダンスを踊るリア充なイベントだ。楽しそう。

 実行委員会が発足してから今日までの準備期間中、ひたすら働き続けた俺もやっと気が休めそうだ。


 俺、後夜祭はゆっくりするんだ……。











 完全にフラグでした。ありがとうございます。

 現実はそう甘くない。実行委員の仕事がまだ残っていましたとさ。


「備品もこれで最後か……あひぇ……」


 後夜祭が始まって一時間経過。ようやく、全ての備品を倉庫に運び終えた。ようやく、全ての仕事が終わった。

 ……仕事多すぎぃ! あ、ありえない。働かせすぎだろ。マジで社畜レベルだよ!?


「し、死ぬ……」


 潮が引くように静まり返った廊下で自分のため息が響く中、蛇行運転の如くフラフラと歩く。

 ……なんか聞こえてきた。


「なーおーやー!」


 名前を呼ばれた。というか叫ばれた。続けて聞こえる、ドドドドドと地団駄を踏むような荒っぽい足音。

 前方から、麺太が反復横跳びを織り交ぜつつこちらへと迫ってきていた。


「なんで反復横跳びしながら前進出来るんだよ。分身キモキモンスターやめい」

「後夜祭は始まっているお! 急いで行こうお!」


 溢れるバイタリティー、漲るパワー。その勢いは今朝から衰えることなく、今もハイテンションで俺を担ぎやがった。

 ……へ? 俺、担がれて……えぇ!?


「な、何してんの?」

「X-麺は大盛況だったお! 完売したお!」

「お、じゃねぇよ。お!じゃねーよー!?」

「嬉しいおー! 直弥も盛り上がろう!」

「盛り上がるっつーか持ち上がっているんだが!?」


 どこかの砂漠の民族みたいに頭上運搬でわっせわっせと俺を運ぶ麺太は廊下を突き進む。


「時オカで爆弾を持ち上げたリンクみたいに持ち上げるな。降ろせえぇ!」

「確かに悔やまれる! 完売したのは喜ばしいが! 時間的にはまだ余裕があった!」

「会話というツールをアンインストールしたのか!? 話聞けよ!」

「くっ、もっと用意しておけば! くっ用意!」

「それは用法はあっているの!?」


 俺がどれだけツッコミを入れても麺太は聞かない止まらないうるさいの三拍子。

 ……はぁ。どうせ体は限界突破して動かないし、抵抗せずにされるがままでいるか。


「直弥ぁ!」

「んだよ。勝手にしろよ」

「お疲れさん! すげー頑張っていたよな!」


 麺太は走る。止まらない。うるさい。

 最後に叫んだ言葉は乱暴でもなくユーモアもなく、熱誠な思いが伝わってきた。


「学園祭は大成功だお! それは直弥頑張ったからなんだお!」

「……そんなことねー。模擬店にほとんど顔を出さず、お前や金城に任せっきりだった」


 責任者のくせして無責任。模擬店の仕事をクラスの人達に押しつけてしまった。


「不満な人もいるよ。俺はダメダメだった」

「歩くのも覚束ない程に疲れ果てているくせに何言ってんだおー。誰よりも働いて頑張っていたのは間違いなく直弥だお。みんな知っている。誰も責めないおー!」

「そうなのかな……」

「そうだお!」

「変な喋り方で言われてもなー……」

「まあ僕が言うべきじゃないよね。だからさ、会いに行こう。後夜祭は始まっているよ。急いで行こうよ」


 麺太はひたすら走る。階段を飛び降りて、廊下を疾走し、グラウンドの地に着地。

 小さな点の星が散らばる藍色の空の下、担がれた状態でも数多の陽気な声が耳に入ってきた。


「えーと合流地点は……おっ、あそこだ」

「合流地点?」

「直弥は気にしなくていいお。ささ、もうすぐ会えるおー」


 麺太に運ばれていた俺は急に降ろされた。足が地面につく。視界は前を映す。

 そこには金城がいて、久奈がいた。

 久奈が、俺を見つめていた。あ……。


「向日葵君あんがとねー」

「お安い御用さ金城さん! じゃ、僕は県外に新たなカップ麺を探しに行くからこれにて! バイバイお!」


 何が起きているのか、麺太や金城が何をしてくれたのか、理解し終えた。

 感謝したい。お礼を言いたい。けれど麺太は瞬く間に走り去っていく。


「め、麺太、待っ」


 言い終える前に麺太はいなくなったし、続けて金城が俺の前に立つ。


「後片付けお疲れ~」

「金城……」

「事の顛末は聞いたよ。久土、頑張ったねっ」


 金城は笑って俺の頭を撫でる。

 いつものように撫でて、いつものようにニッコリと笑って、


「でも階段でコケるなし。肝心な時にドジするのやめろし」

「いだだだ!?」


 いつものように頭を鷲掴みにされた。

 アイアンクロー!? あががが揺らさないでっ。


「まっ、頑張った久土に免じてもう何も言わないよ。今は二人でゆっくりしてくださいなー」


 撫でられて鷲掴みにされて、ポンと優しく叩かれた。

 ぁ、ま、待って! お前にも麺太にもお礼が言えていない。感謝してもしきれない恩が……!


 振り返る。金城は、もういなかった。






「あっ、工藤君が帰ってきてる! 工藤君、向こうでダンスやっていますっ、私の華麗なステップを見せてあげ……ひゃう?」

「はい燈ちゃんストップ。邪魔しちゃ駄目よー。イチャラブ&ピースさせてあげようねー。二人だけの、時間を作ってあげなくちゃ」






 火藤さんの声が聞こえたがすぐに消えた。


「座らないの?」

「あ、あぁ、うん」


 そ、そうだね。座ろう。

 グラウンドの中心に設置されたステージから離れた場所で、久奈と肩を並べて座る。

 後夜祭は最高潮。遠くの方ではカラオケ大会やフォークダンスが行われている。


「なお君、お疲れ様」

「久奈もね。俺より大変だったろ」

「んーん。私なんかよりなお君のが頑張ってた」


 久奈が身を寄せてきた。触れた部分から温もりが伝わる。


「私が風邪で休んだ時、私の分も働いた。私が水流崎先輩に絡まれないよう仕事を受け持ったりたくさん無茶して……」

「べ、別に。平気だっての」

「んーん。絶対に違う。こんなにボロボロになってやつれて……なお君ばかり辛い目に遭ってる。なお君頑張りすぎだよ……」

「お、俺はいいんだって。俺なんかより、久奈や金城の方がすごいだろ」


 久奈の方が副委員長として活躍していた。金城はクラスの模擬店を仕切ってくれるだけでなく、時間を見つけて俺を手伝ってくれた。麺太や火藤さんも頑張っていた。

 さっきだってそうだ。金城や麺太に、俺はずっと助けられている。

 俺なんて全然だよ……。目の前の仕事を必死に片付けることしか出来なかった。


「アホで馬鹿で、必死にやって人並みの仕事しか出来ていない。俺よりみんなの方が」

「そんなこと言わないでっ」


 言葉を遮る、久奈らしくない大きな声。

 久奈が身を寄せてきた。俺の顔や腕をぺたぺたと触る。

 無表情だけど、目を細めて小さな口をきゅっと結ぶ久奈の顔はどこか沈痛な面持ちで俺を見つめていた。


「俺より、なんて言っちゃ駄目。なお君は頑張った。なお君が一番頑張った」

「……久奈にそう言ってもらえて嬉しいよ」


 自然と手を重ね合い、当然のように互いの頭をくっつけて髪の毛が触れ合う。摩擦で匂いが増長したような気がした。

 ステージの喧噪が、夜空の星々が、消えていく。俺と久奈だけが包まれた世界になる。

 全身の疲れが、和らいでいく。


「あーあ、久奈の衣装姿見たかった」


 間違いなく可愛いだろ。衣装を着た久奈がいたら模擬店はさらに人気だっただろう。

 見られなかったのは残念だったなぁ。


「私はなお君のウェイター姿、少しだけ見た」

「ああ、そうだったか」

「……なお君、モテた?」


 俺がモテる? あはは、何を言っているんだーい。


「なわけないでしょ」

「女の子に話しかけられなかった?」

「んあ? あー……確かに女子に何度か声をかけられたかも」

「……」

「な、なぜ服の下に手を突っ込む。どんな感情表現の仕方?」

「なお君は普段はアレだけど」


 あ、アレって……。


「ちゃんとした服装にすると似合っているしカッコイイ。だから普段とのギャップで女の子にモテる」

「え、そうなのん?」

「んっ。だからなお君はホストをしちゃ駄目」


 ホスト? そういや以前そんなこと言っていたね。

 ……あの、肌を直接触るのはなぜだい? この子ものっそい触ってくるんだけど!?


「みんなズルイ……。いつもなお君を馬鹿にしてるのにカッコイイって気づいたら近寄ってくる。小学校も、中学校もそうだった」

「さっきからあなた普通にカッコイイって言ってくれるのね」

「なお君はカッコイイ。私は知ってる。ずっと昔から。ずっと……」


 刺激するような強い久奈の香りがさらに増す。

 久奈は、俺の横から前へと移動した。「ん」と小さく呟いて、俺は自然と足を広げて久奈はそこにスッポリはまるように座った。


「なお君座椅子」

「座椅子なんかい」

「私専用。誰にも渡さない」

「はいはいそうだよ。あなただけのなお君ですよー」

「……ありがとう」


 ん?


「水流崎先輩に押し倒された時、すごく怖かった。襲われそうになって、酷いことされると思って、私……」

「っ……ごめん。ごめん、ごめんな。怖い思いをさせてしまった」

「んーん、なお君は来てくれた。私を助けてくれた。嬉しかった。約束を守ってくれた」


 俺の上で久奈はとろけるような声で甘えてくる。


「約束って?」

「私に悲しい思いをさせないって言ってくれた。傍にいてくれるって言ってくれた。私となお君の、大切な約束の一つを守ってくれてありがとう…………んっ」


 っ!? び、ビックリしたぁ。

 久奈が俺の手を持つと手の平に、き、キスを……え……えええ!?


「手の平だからファーストキスじゃないよ?」

「そういう問題!? あなたはお姫様に忠誠を誓う騎士ですか!」

「んーん、騎士はなお君。……約束、守ってくれる?」

「当たり前だ。俺は久奈との約束は絶対に守るよ」


 まあ麺太曰く、人と人との関係で絶対なんてありえないらしいが。うるせーっ! 知るかーっ! 俺が絶対と言えば絶対なんだよ!

 俺は守る。久奈との約束は必ず守ーる!


「んっ……待ってる」

「待つって何を?」

「他の約束」


 他の約束……。

 …………えーと、


「ふぁ、ファーストキスの件?」

「それ以外にもあるよ?」


 …………今、かなり焦っています。

 あ、あれー? 俺達って他にも約束していたっけ? キスの予約や仲違いした時に決めたやつ以外に、俺と久奈は約束を……?

 ……お、おっふ。ヤヴァイ。この空気で「覚えていないや、てへっ」とは言えない。え、他の約束って何!?


「楽しみ」

「お、おーう! 楽しみに待っていやがれ!」


 楽しみって言われたら素直に頷くしかありません!

 ひぃ、俺の馬鹿ぁ、なんで覚えていないんだ。うぐぐ。


「んっ、嬉しい」


 ……覚えていなくても、俺は果たす。久奈との約束だろ? それで十分だ。


「最近『ん』じゃなくて『んっ』が増えたよな」

「んっ。気づいてくれたご褒美に、んーっ」

「手の平にキスしなくていいってば!」

「じゃあ予約したの今する?」

「そ、それはまたの機会に……」

「なお君のビビり」

「う、うるしゃい!」


 学園祭とは何か。それは、青春である。

 級友と助け合い、取り組む作業は大変ながらも甘酸っぱく、時間をかけた分だけ達成した時の喜びは人生においてトップクラスの満足感を得られる。

 自由に、闊達に、少年少女は一生の思い出となる学園祭を準備から当日まで謳歌するのである。


 うん、俺は今、謳歌しているよ。

 今こうして二人でいられる。最高に幸せだ。

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