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第132話 決着

「うがあああ!」


 離せやぁ! オラあぁぁあ!


「な、なんでこいつ暴れるの!?」

「無理矢理にでも押さえつけろ!」


 口が戻った。俺は叫びまくる。

 はぁあ~ん!? 大丈夫なんですぅ! 平気なんですぅ!

 それを説明しても男子二人は俺をどこかへ運ぼうとする。やめろぉ! 余計なお世話なんだよ!


「今すぐ離せ! さもなくばこの場で嘔吐するぞ!」

「は、吐くのか?」

「それくらい重症ってことだ。急いで運ぼう!」


 さらに力を込めてきやがった。正義感の塊かよ! 

 クソが……こうなったら久土流・ナンパ撃退術の応用だ。


「久奈ああああぁ! ひっさなあああああ!」


 とにかく叫べ! 叫ぶんだ!


「久奈……久奈、久奈久奈久奈久奈久奈久奈久奈久奈!」

「「こ、こいつ変だ」」


 ドン引きしている暇があるなら離しやがれ!


「あれが怪我人ね……って、また君かぁ」


 男子二人と格闘していると、養護教諭が小走りでやって来た。

 俺の顔を見て盛大にため息をつく。あぁん?


「勘弁してよ。他にも倒れたって生徒がいるのに。……しょうがない、まずは君を運ぼうか。保健室も近いし」

「必要ねーわ! 俺は……あ痛たたたた!?」


 鼻柱を掴まれた。痛い痛い! ペインペイン!


「手当てしたらすぐに放り出すから。ほら来なさい」

「や、やめろぉ。ぐぐううう、ひさ、ひ、ひ、さ、久奈が……あががが……!」






「…お君…けて」






 ……聞こえた。

 今、久奈の声が……。


 頭の中で何かが切れた。


「あら? やっとおとなしくなっ」

「離せ」

「「え、急に力が……うわぁあ!?」」


 向こうから聞こえた。保健室の中だ。急いで向かえ。且つ冷静になれ。水流崎なら鍵をかけている可能性がある。


「き、君、その怪我で動」

「鍵はこれだな」


 養護教諭から鍵を奪い取る。後は走るだけ。止まるな。走れ。

 久奈が俺を呼んだ。久奈が助けを求めている。久奈が……。






「久奈ああぁ!」






 扉を開く。

 保健室の中。そこには、ベッドの上で水流崎が久奈を押し倒している光景が広がっていた。


「久奈……!」

「な、なお君!」


 久奈は今にも唇を奪われようと……。




 殺してやる。




「離れろ」

「なっ、なぜここが分か」

「離れろ。久奈から離れろ。この、クソ野郎が!」


 脳が、心が、体内の全てが狂う。それでもいい。とにかくこいつをぶっ殺す。

 全身が溢れる力と噴き出る怒り。


「ぐっ、ぁがあ……!?」


 自分が今、何をしたか分からない。その数瞬を全てを見ていたはずなのに何も覚えていないし、荒れ狂う感情は収まらない。

 俺の足元では、クソ野郎が顔面を押さえてのたうち回っていた。ボタボタ、と赤い点が床に落ちる。それがどうした。よくも、よくも久奈を……!

 憎い。憎い。殺す。ぶっ殺したい。死ぬまで殴り殺してやる。

 でも、今はそれよりも、


「久奈!」


 こちらを見て泣く、最愛の人を抱きしめた。


「なお君……っ、なお君、なお君なお君……!」


 遅くなってごめん。怖い思いをさせてごめん!


「何かされたか!?」

「んーん、大丈夫」

「ほ、本当か?」

「本当。間に合った。なお君が来てくれたから……なお君が……なお君、っ」


 久奈も俺を抱きしめ返す。顔をうずめて声にならない声で泣いて……あ、ああぁ、久奈……!!



 ……さぁああぁて?

 覚悟しろよクソ野郎ぉ。遠慮なくぶっ殺してやるよおらああああぁぁあ!


「俺の久奈に手を出すんじゃねぇ、そう言ったよなぁ。ボッコボコにしてやるからなあああぁああああああ!」

「っ、ちっ」


 唾を吐いて水流崎が逃げる。

 しかし、


「男子二人、そいつを押さえて」

「「よく分かりませんが了解です!」」

「ぐぁ!」


 養護教諭の鋭い声が保健室の中に飛び込んできた。続けて男子生徒二人が機敏に反応し、逃げようとする水流崎を床に叩きつけた。おお! グッジョブ!

 水流崎はもがき、唾も悪態も吐いて尚も暴れる。


「どうして養護教諭がここに……! 足止めされているはずだろ!」

「あー、そういう手筈か」


 養護教諭は納得したと言わんばかりに両手を合わせると、水流崎の前にしゃがみこんだ。


「さっき私ね、怪我人がいるから来てくれって呼ばれたのよ。あれは君の差し金ね」

「ぐっ……!」

「その現場に向かえば怪我をしたフリの人が私を足止めして、君は誰もいない保健室で不純異性交遊を楽しむ、と。……危なかったわ、そこのアホな生徒の奇声を優先して良かった」


 ちょ、俺を見てアホを言わないで。確かに俺は空前絶後の超絶怒涛のアホだけど!

 養護教諭は一度大きくため息を吐いて天井を見上げ、乱暴に水流崎の髪を掴む。


「君は実行委員長だったわね。学園祭当日になんてことを……はぁ、大問題だわ」

「は、離せ」

「いーや離さないわ。この手も、この問題も。私は教師だから。学園祭の顧問と学年主任に生活指導、というか全教師か。今すぐ会議を開く必要があるわ」


 養護教諭は今まで見たことない形相で水流崎を睨みつける。水流崎も悔しげに口を歪ませながら睨み返す。

 だが最後は「君、どうなるか分かるよね?」と恐ろしい程に冷たい一言を突き刺されて、水流崎の顔は見る見る青ざめていった。


「さて、こいつに協力した生徒も捕まえないと。あ、君達そのままこいつを職員室まで連れていってくれる?」

「「了解しました」」


 状況を理解したのか、男子生徒二人は精悍な顔つきで養護教諭に返事する。先程は拘束されて超ムカついていたけど今は感謝しているよ! 正義感の塊ナイス!

 持ち上げられた水流崎は俺と同じ高さの目線になる。爽やかな笑顔は見る影もなく、獰猛な目つきも俺様節全開な態度も完全に消え去っていた。やつれた顔で、凍えるように口を震わせて惨めにブツブツと言葉を垂らす。


「ど、どうして。俺は完璧だったはず。俺の思い通りにならないことなんて……」


 こいつが久奈に襲いかかろうとした。こいつが久奈を押し倒して無理矢理……。

 怒りが再燃する。心の中で燃えて広がり、殺意が俺に命令する。こいつを殺せと。


「水流崎ぃ!」


 今この場でこいつを殴り殺したい。斬首したいし絞殺したいし撲殺したい。憎くて仕方ない。

 ……しないけどな! だって今は久奈を抱きしめるので忙しいし、何より言いたいことがある。

 お前、久奈の唇を奪おうとしていたな。


「よく聞きやがれ。久奈のファーストキスはなぁ、俺が予約済みなんだよ! 分かったかこんのボケが!」


 全力で抱きしめて、全力で腹の底から叫ぶ。

 大好きな久奈を、久奈のファーストキスをお前なんかに奪われてたまるか。絶対に渡しやしない。

 叫んだ。叫んでやったぜ! 叫んで……室内はシーンとなった。


「「……それ今言うこと?」」


 男子生徒二人がきょとんとして、


「ぷっ、あはは! 本当に君はアホだね」


 養護教諭がケタケタと笑う。

 ……あ、あれ? なんか予想外の雰囲気になった。


「くくっ、男子を二人も突き飛ばした時は怖いくらいすごい剣幕だったのに。それに見てよこいつの顔、たぶん鼻が折れてるわよ」


 養護教諭が水流崎の顔を持ち上げる。鼻が痛々しく大きく腫れて、鼻血が縷々として流れて止まらない。

 うわっ、せっかくのイケメンが台無し。誰がこんな酷いことを……あ、俺か。


「そこの絶賛抱きしめられている女子生徒。アホが怪我しているから手当てしてあげてね。それと、机のゴムは使っちゃ駄目よ。罠だから」


 養護教諭が先導し、保健室から去る。

 水流崎は赤く腫れた鼻と真っ青な顔で無抵抗。男子二人に連行されて、扉は閉められた。

 保健室に残されたのは俺と久奈。ちなみに今も絶賛抱きしめ合っている。


「なお君」

「あ、悪い。もう離れていいか」

「それは駄目。あと二十三分」


 どういう算出の仕方をされたんですか?


「と思ったけど、なお君怪我しているの? ならそっちが最優先」


 久奈はパッと離れる。俺はベッドの上でぽかん。

 ……今になって頭が痛くなってきた。手も痛い。あ、ヤバ、激痛がぁ!? 全身が尋常じゃなく痛みまくりゅ!

 そ、そういや俺、階段から落ちたんだった。痛くて当然か……あ痛たた。


「なお君、ファーストキスを予約済みってどういうこと?」


 っ!? 痛みで悶えている場合じゃありませんでした!

 あわわ、つい口走ってしまっ……!? ヤバイよ、俺ヤバイ。なぜあんなことを叫んでしまったんだ!

 もっと他に言うことあったはずなのに、決め顔でファーストキスは予約済み宣言て……アホか。俺はアホなのか!?


「え、えっと、や、ぁ、そ、そのぉ」

「私、まだ誰ともキスしていない」


 久奈がベッドに戻ってきた。両手にガーゼと消毒液を持ってきて、俺の前に座る。


「なお君もまだだよね」

「お、おう」

「ん。私も予約する」

「……にゃにを?」

「なお君はすぐそうやって噛んじゃう。分かっているくせに」


 久奈は俺の額にガーゼを当てる。

 その顔は、少しだけ微笑んでいたように見えた。


 久奈だ。久奈がいる。

 心が安堵する。安心して、目の奥が熱くなって……。

 なんとか間に合った。でも、後少し遅れていたら……。


「久奈」

「ん?」

「遅くなってごめん」


 もう一度、抱きしめる。


「ど、どうしたの?」

「ごめんな。久奈、久奈ぁ……!」


 あんな奴と二人きりにさせてしまった。

 怖かったよな。不安にさせてしまったよな。

 俺がもっと早く着いていれば、傍にいてあげれば……ごめん。ごめんね。


「本当、本当に良かった。久奈に何かあったら俺は……!」

「なお君……。もう謝らないで。私は大丈夫。なお君が助けてくれた」

「うぅ、ぁあぁ……!」

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