第130話 いざ最終決戦へ
わー、きゃー、と普段の五倍は騒がしい廊下には仮装した生徒や着ぐるみ、一般の来客者で溢れかえる。
「いらっしゃいませぇえぇえ! 美味しい即席麺はいかがっすかあぁあ!」
坊主頭にタオルを巻き、黒の半袖で両腕を組む麺太は応援団の如く大きな声で呼び込み。テンション高すぎだろ。その調子でフィナーレまで声帯持つの?
不安要素はそれ以外にもある。声高らかに売り上げ一位を宣言したが、果たして本当にお客さんは来るのだろうか。
非常に不安です。不安な俺は、ウェイターの衣装を着させられています。
「なぜ俺まで……」
「似合ってるよ~」
金城、顔が半笑いだぞ。小馬鹿にしてません!?
ウチの模擬店は、女子が接客で男子は裏方での作業と役割を分担している。女子が衣装を着て男子は普段の制服姿だ。麺太は例外ね。あいつは異端&異常&異質。
ではどうして俺は正装を?
「実行委員なんだし文句言わないの」
「分かったよ……」
恥ずかしさは我慢しよう。周りが仮装だらけで大して目立たない、と思いたい。
「え、もしかして久土君?」
入口でぼんやり立つ俺に、去年同じクラスだった女子生徒が話しかけてきた。目をパチクリさせている。
「そうですよ、久土ですよ」
「へえー……。入っていい?」
どーぞどーぞ。接客業のバイトをする感覚で女子を教室の中へ招き入れる。接客業のバイトはやったことない。言葉遣いの拙さは許してね。
「メニュー表はこちらになります。商品も陳列しておりますので、ご自由にお選びください」
「ありがとっ。……ねえ久土君、一緒に写真を」
テーブル席に案内したら、麺太がすぐに飛んできた。目がギラギラ。
「へいらっしゃい! ご注文は! ラーメン!? うどん!? そば!? 焼きそば!? ワンタンメン!?」
「ひっ、向日葵」
「いらっしゃいませご注文はあああああ! 最高の一杯をご提供しますよおおおおお!」
「きゃあああ!?」
麺太の異様な熱気。女子生徒は悲鳴をあげた。
この子には申し訳ないが俺に麺太を落ち着かせる術はない。今の麺太はマリカでキラーを使用したような、誰にも止められない素敵で無敵な存在だ。
逃げるようにして元いた入口に戻る。ご、ごめんよう。
心の中で謝罪していると、金城が肘でぐいぐい押してきた。
「ほら大成功っしょ」
「何が?」
「客寄せ。久土って普段はアホで馬鹿でどーしよーもないけど、ちゃんとした格好をすればそれなりに……なんだよ~」
楽しげに、そしてどこか自信げに金城は笑う。
は、はあ。どういう意味なんでしょう。とりあえず俺がアホで馬鹿なのは既知だよ。
「ちゃんとすればそれなりに、何? 今の意味深な発言は何さ」
「おーっ、思ったより来客数が多い~」
「そだねー、無視だねー」
別にいいけどさ。ぷんぷんっ。
金城の言う通り、午前中なのに人が結構入ってくる。昼過ぎまで店内はカラカラの進化系のガラガラ状態かなと予想していた不安は容易く拭われた。
恐らく、大きなイベントは午後から始まるし他の飲食店はまだ調理が済んでおらず開店していないからウチの即席麺に赴くのだろう。
あとは、やはり手作り衣装のおかげかな。男子からすれば「ま、まあ俺はラーメンが食いたいだけだし?」のスタンスで入店してメイド服の女子を拝めるから眼福なんでしょうね。
「二名様ですか? どーぞっ、こちらへ~」
「あうぅ……お湯と魔法を注ぎまひゅ! メラゾーマ!」
金城はバイト先でのノウハウを存分に発揮した接客スマイルで男子生徒を大量に捕まえて、火藤さんも必死に頑張っている。でもね火藤さん、上級魔法はやめよう。お湯というか灼熱だよそれ!
ともあれ思いのほか繁盛してビックリ。マジで売り上げ一位も夢じゃないのかも。
俺って有能? えへへっ、商才があるかも。ドヤドヤぁ?
「……なんてな」
またしても女子生徒から話しかけられて教室の中に案内し終えて、俺は教室の壁にもたれかかる。
俺一人の力ではない。
麺太がカップ麺を揃え、金城が衣装を作り、火藤さんを始めとするクラスメイト達が準備してくれたおかげなんだ。みんな、ありがとう。
うん……俺も頑張ろう。そろそろ行かなくちゃ。
「金城」
「どした~?」
「任せていいか? 俺、行かないといけない」
「当然っ」
ふざけた笑みでも小馬鹿にした微笑みでもない。金城は真剣な表情で笑ってくれた。
俺の背中を叩き、耳元にそっと顔を近づける。
「さっき校内を見回っているって連絡が来たよ。今のところ作戦は順調。実行委員の女子が近くで監視しているけど、あの人はしびれを切らして強硬手段に出ると思う」
「……だよな」
「頑張れ久土、負けちゃ駄目だからね」
もう一度、今度は強く背中を叩かれて、俺は一歩前に進む。
負けちゃ駄目だからね、だって? おいおい金城……当然だよ。俺は負けないぜ!
「金城、行ってくる!」
「うんっ」
「麺太ぁ! 後は頼む!」
「僕に任せろ直弥ぁ!」
「マダンテは駄目だぞ火藤さん!」
「わ、分かっていますっ」
大盛況なのはみんなのおかげ。みんながいるからだ。
だから、後も任せた。無責任でごめん! 打ち上げではゲロ芸で盛り上げるよ。え、絶対するな? だよね。
……みんなに支えてもらい、学園祭当日の今日も支えてもらう。俺は行かなくちゃいけない。
あいつの思い通りにはさせない。
「俺が見動き取れないとでも思ったか。……なめんなよ」
イケメンだか女たらしだか知らんが、俺の幼馴染に手を出させやしない。
普段より五倍は賑わって騒々しく人でごった返す廊下を縫うようにして走り抜ける。
久奈、待っていてくれ。
「柊木、こっちに来てくれ」
「でもまだ見回りが……」
「いいから来い」
「や、やめ……っ」
「残念だったな。ここには俺と柊木、二人だけじゃん」
「い、嫌っ、な、なお君助けて」
「あいつは来ない。誰も来ない。さあ、楽しもうか……」




