第128話 久奈パパは認めている?
「面会時間は五分。体に触れることは許されない」
「だったら会わなくても」
「それも許されない!」
「無茶苦茶言いますねぇ……」
ため息一つ、ノックを二回。ん、と聞こえた。久奈の部屋に入るのは何気に久しぶりだ。
部屋の中にはぬいぐるみやクッション等のいかにも女子!って感じの可愛らしい物がたくさんあった。棚だったり椅子だったりベッドの形だったり全てが女の子っぽい。
すいません、俺の貧困ボキャブラリーでは上手く表現出来ないや。とにかく女子力が高い。同じマンションだから俺の部屋と同じ構造なのにセンスが全く違う。
「なお君……?」
「よっ、なお君だよ」
「ん、なお君だ」
久奈がベッドから上体を起こす。きゃわいい水色のパジャマを着て、顔はやや青白い。体調はまだ優れない様子。
でも大事には至らなくて安心したよ。本当に、本当に良かった……。
「無理して起きなくていいぞ」
「大丈夫。お父さんが過保護なだけ」
「それは否めない」
ふと背後から圧倒的な気配を感じる。久奈パパだ。
ドアの隙間から凝視する血眼が「下手な真似したらその目ごと命を貫く」と物語っていた。じゃあなんで俺を招き入れたんだか。
うがー、鬱陶しい。軽く雑談してさっさと帰ろう。
「何か変わったことなかった?」
「いつも通りだよ。それよか安静にしてなさい。ほら……あ」
ベッドに寝かせようと自然な流れで久奈の肩を押そうとしていた手を直前で止める。危うく触るところだった。
「なお君?」
「は~あ~!」
「なんで念を送ってくるの?」
念動力であなたをベッドに寝かせようとしているんです。あなたに触ると後ろのおっさんが激昂します。
「さ、寝ましょ」
「まだ全然お喋りしてない」
「ガッツリお喋りしちゃ駄目なんです。俺はもう帰る」
「……」
去ろうとする俺を掴む久奈。俺の指を、久奈の手が握りしめ、途端にゾクッとした。慌てて扉を見る!
「こ、これはセーフっすよね!?」
「……」
目を血走らせたまま歯を剥き出す久奈パパは微かに頷いた。
怖い。絶対納得してないよ……。
「っと、離して」
「んーん」
「顔見に来ただけだっての。面会時間は五分だし」
「……お父さんのせい」
久奈が視線を向ければドアの方がガタタッと揺れた。
「ぱ、パパは……」
「盗み見しないで」
「でも久奈のことが心配で心配で心」
「お父さんはどこか遠くに行って」
「うぅ」
しばらく扉の向こうで泣き喚いていたが久奈の視線に耐えきれず、久奈パパが去っていく足音は次第に小さくなっていった。
「今日はお父さんがいて大変だった」
確かにあんな父親がいたら気が休まらないよね。久奈も苦労していらっしゃる。
あ、今がチャンスなり。俺は力を込めて手を引っこ抜いた。
「とうっ!」
「あ……」
「じゃ、これにて。お大事に」
「……やだ」
久奈が呼び止めてくるのはシカト&シカトゥーだ。素早く立ち去って部屋を後にする。
さて、帰ったら父さんを励ますか。ハゲだけに。
「直弥君……あへへ」
久奈パパはゾンビみたいに真っ青。久奈より体調が悪そうだ。特殊メイクいらずでエキストラ出演できまっせ。
「無理なさらずに。さようなら」
「駄目だ」
「……いい加減にしてもらえますか」
見舞いに行けと言われ、なのに触ってはいけないと厳しい監視下で精神を削られる。
いくらなんでも粗暴だ。俺は使い勝手の良い下僕じゃない。
「無茶な要求ばかりで疲れました」
「だ、だって久奈が君を」
「久奈は安静にしていればいいんです」
何度も言わせないでください。
……俺だってしんどい。水流崎に喧嘩を売り、実行委員の仕事に追われて男子に追われて、家に帰ったら父さんのフォローと持ち帰った仕事が待っている。
あなたに振り回されている暇はない。我慢と気力の限界だ。
「どうせ俺はボディーガード程度の存在。それ以外は何もしてはいけない。分かってますよ。もう放っておいてください」
「違う。違うんだ!」
え……?
驚いた。久奈パパが、俺に頭を下げてきた。
「直弥君がいないと駄目なんだ」
「俺が、いないと?」
「私だってそのくらい分かっている。久奈の為を思うなら、私が過剰にかまうより秘薬を探すより、直弥君との時間を作ってあげるのが一番だって分かっているんだ!」
いきなりどうしたんだ。娘が好きで大好きで、あれだけ俺のメンタルを削り脅してきた久奈パパが深々と頭を下げて……え、ええぇえ?
散々見てきた娘バカのテンションを全く感じさせない真剣な面持ち。俺は困惑が止まらない。
「私は娘を溺愛してきた。久奈に近づく男子は圧殺したくなる衝動にかけられて、直弥君にキツく言い放つことも多々あった」
圧殺て……。あ、溺愛している自覚はあったのね。
「無茶な要求をしてきてすまなかった。面会時間とか触ってはいけないなんて言わない。頼む、久奈の傍にいてほしい!」
「ですから、その必要はないですって。安静にしたら」
「私の娘にとって一番の秘薬は君だ。ボディーガードでもただの幼馴染でもない、直弥君は久奈に必要不可欠な大切な存在なんだよ!」
久奈パパは断言した。
そう言って、言った後、歯をギリギリさせて……
「うぎぎ……! お義、父さんと呼んでも、いい、よ……!」
「む、無理していますやん。殺意を我慢していますやん!」
「ぎ、ぎぎ、私のことはいいから、ぎ、久奈の傍に、頼む、ぎぎ!」
私はどこか遠くに行くから、と付け加えて久奈パパは新聞紙レイピアで俺の背中を刺す。結局刺すんかい!
俺は体を押さえて、再び久奈の部屋に押し込まれた。
「うおお?」
「なお君っ。なお君こっち来て」
すぐさま久奈が起き上がる。あぁもう起きなくていいんだって!
……俺はどこにも行かないよ。
「約束したからな。傍にいるって」
「ん」
「横になって。はい、手」
「んっ」
俺はベッドに腕を乗せ、布団の下から差し出された久奈の手を握る。
金城も麺太も久奈ママも、ついには久奈パパまでも言った。
俺がいた方が久奈の為になる? 風邪なら外野はおとなしく見守って安静にしてもらった方が良いはずなのに。
「なお君だ……」
「そうですよ、再びなお君ですよ」
「なお君、なお君っ」
久奈が嬉しそう。声が弾んで必死になって俺の手を掴む。
……みんなの言う通りだったよ。こうするのが、一番良い。俺がすべきなのは、この子の傍にいること。
「なお君ごめん。実行委員のお仕事、大変だったよね」
「気にするなよ」
「なお君やつれてる……」
「平気だっての。久奈こそ仕事が忙しくて体調崩したんだろ? 自分の心配をしなさいな」
「んーん、なお君が心配。……どうしてなお君が辛い目に遭わなくちゃいけないの」
繋いだ手。久奈が自分の方へ引き寄せようと力をこめた気がして、俺は空いた手を毛布の上に乗せて近づく。
「いいんだよ。俺が頑張っているのは久奈の為なんだから。久奈と俺、二人の為だ」
「二人?」
「久奈が言ったろ? 学園祭当日は一緒にいようって。その為ならどんなことでもやるし、どんな邪魔にも負けない。仕事のことは気にするな、なお君にお任せあれ!」
俺はニヤッと笑う。
今朝、水流崎に向けた全力の嫌がらせスマイルとは全く違う。自然と綻んだ笑顔だ。
「補充いるか?」
「でも風邪がうつっちゃう……」
「知らないのかよ。馬鹿は風邪をひかないんだぜ」
「ん。じゃあ、ぎゅー、して?」
「もちろん」
ベッドに寝る久奈を思いきり抱きしめる。久奈も、ぎゅーと抱き返した。
「んーっ。もっと」
「はいはい」
大切な人と一緒にいる。だから俺は笑える。力が溢れる。
あれだけしんどかった疲れは簡単にぶっ飛んだ。俺も久奈も、補充しまくった。
もうすぐで、学園祭だ。




