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第124話 頑張れ、立ち向かえ

「久土~、備品関係のプリントは提出した~?」

「工藤君っ、材料を買ったら領収書は貰ってください!」

「直弥きゅん、僕が頼んだ『月刊 麺の道』は経費で落としてくれた?」


 ……放課後、俺は教室であらゆる仕事に追われていた。

 息を吸い、出来損ないの頭をフル回転させて、息と言葉を吐く。


「金城、プリントは提出済みだ。もし訂正を要求されたら一緒に書き直してくれるか?」

「オッケー」

「次に火藤さん、領収書は会計ノートに挟んであるしコピーも控えてある。君が衣服の材料と間違えて買った楔帷子は俺が自腹で払った」

「あ、あうぅ」

「最後に麺太、テメーは帰宅しろ」

「うおぉい!?」


 今のなんて序の口、実行委員としての仕事はまだある。山積みだ。


「直弥きゅーん、週末は一緒に遠征しようぞよ。美味しいカップ麺を探しに」

「ごめ、俺休憩するわ……」


 教室を出て、俺は一人外の空気を吸いに行く。

 渡り廊下の小さな中庭。古びたベンチに座ると同時に全身から力が抜けた。

 ……正直、かなり参っている。


「実行委員なんてするんじゃなかった」


 自然と漏れた言葉に、ああそうだなと相槌打つ。一人、閉ざした目で空仰ぐ。

 久奈と二人なら頑張ってもいいかな、なんて思った。その久奈は副委員長に任命され、今も実行委員長の隣で仕事をしているのだろう。

 言い返そうと水流崎先輩に立ち向かった結果、俺の仕事は増えた。明らかに他の人より多い。完全に当てつけだ。

 加えてあの人は常に久奈を自分の隣に置く方針を徹底し、俺は一人でクラスの模擬店の進行をしなくてはならない。

 久奈と離れ離れになってアホな頭を必死に使って働いて一日中……。

 ……はぁ、何やってんだろ。


「柊木、今から先生を交えての打ち合わせだ。ついてきて」

「分かりました」


 久奈の声が聞こえた。俺の体は反射的にベンチへ深く沈み込む。耳を澄まし、隠れるようにして渡り廊下の方を覗く。

 書類を持つ久奈と、機嫌良さげに笑う水流崎先輩が並び歩いていた。


「重たいか?」

「大丈夫です」

「貸して。持ってあげる」


 水流崎先輩は笑顔で久奈の手からプリントの束を取る。


「平気です……触らないでください」

「遠慮しなくていいじゃん。俺に任せて」


 久奈の手に自身の手を重ねて、そっと、ねっとり。不必要に無遠慮に、何度も撫でる。


「っ! ひさ……っ」


 たまらず声を出したくなった。

 けど口は途中で閉じてしまい、二人が歩いていくのを見ることしか出来なかった。

 ……っっ、あぁ! 話しかけろよ俺。なんでコソコソしているんだ。馬鹿か。こんなにモヤモヤしてイライラしているくせに! 我慢してどうする。


『水流崎先輩、女たらしで有名だよ』


 関さんの言葉が脳裏に浮かぶ。保健室で見た水流崎先輩の姿が思い浮かぶ。

 あの人はカッコイイ。誰もがハンサムと言う。

 ろくに見もしないが一応は各部署に指示を出してリーダーシップを発揮し、質問されれば優しく接して答えている。優しいのだろう。先生方からの評価は高いのだろう。

 でも本当は違う。

 よくよく観察すれば優しいのは女子生徒だけで男子が質問すれば簡潔に説明してあしらっていた。権限を使い、久奈に何かしようと目論んでいる気がしてならない。

 俺は知っている。保健室で俺に見せた顔は怖くて偉そうで自分勝手な物言い、何よりやっていた行為は……。


「このままだと久奈が……」


 考えただけで吐き気がこみあげる。

 優しいフリして久奈の手に触れたあの人が、あの薄っぺらい仮面のような笑みが、その奥に潜む本性を想像させてしまう。

 なんとかしなくてはいけない。このままだと久奈が危ない。

 分かっている、分かっているけど俺に何が出来るんだよ。


「久奈……」






「なお君」

「…………んお?」


 俺一人だけ、それなのに返事が聞こえた。

 顔を上げると、久奈が俺を見つめていた。


「……え? な、なん、うえぇ!?」


 ついさっき水流崎先輩と一緒に歩いていったはず。どうして一人で戻ってきたの!?

 聞きたいのに口はパクパクと動くのみ。久奈はそれをしっかりと読み取って答えてくれた。


「なお君の姿が見えたから戻ってきた。水流崎先輩にはトイレに行くって嘘ついた」

「そ、そうなのか」

「ん。なお君と一緒にいる」


 久奈は俺と同じベンチに腰かけるとノータイムで身を寄せてきた。小さく「んっ」と呟いて両腕を広げる。


「な、なんだよ」

「ぎゅってして」

「うぎゅ?」

「うぎゅ、じゃない、ぎゅっ。不足してる。補充する」


 何を言っているのか分からないうちに久奈は俺の返答を待たず抱きついてきた。

 いつもの、久奈の匂いと温もりに包まれる。さっきまでの自虐し荒んで落ち込んでいた心が満たされていく……。


「あ、ち、ちょ」

「んー。……実行委員、大変だね」

「……そうだな」


 最近はこうして久奈とゆっくり話す機会もない程に忙しかった。俺はクラスや下っ端の仕事で忙しいし、久奈は副委員長として常に水流崎先輩の隣。


「なお君、頑張ろうね」

「頑張れるか分からないや……」

「どうして?」

「……久奈は頑張れるのか?」

「なお君と離れて寂しいけど……今は頑張る。嫌なことでも嫌がらず、耐えてみせる。だって」


 だって。

 その先の言葉は俺の耳にだけ落とされた。久奈は顔を近づけて俺の耳元でそっと息を吹きかけるように言葉を紡ぐ。


「なお君と一緒に学園祭を回りたいから」

「へ……?」

「当日はなお君に思いきり甘える。だから今は我慢してお仕事頑張る。……私そろそろ行くね」


 久奈は名残惜しそうに目を俯かせて俺から離れる。

 離れて、また抱きついた。


「やっぱりもうちょっと居る」

「不意打ち!」

「まだ補充不足」


 そ、それなら仕方ないな。もう少し、一緒にいような。

 ……そうだよ。久奈は頑張っている。男子が苦手なのにあの人の隣で耐えている。

 一緒に学園祭を回りたいと言ってくれた。これを聞いて、俺も立ち向かわなくてどうする。奮起しなくてどうする!


「実行委員でも当日は少し自由時間があるらしいぜ」

「ん」

「もし時間がなくても後夜祭ならゆっくり出来る」

「ん」

「一緒に、二人で、居ような」

「んっ」


 抱きついた久奈は何度も深く頷く。

 俺も頑張らないとな。実行委員の仕事も、そして、あの野郎に対しても……。











「怪しいと思って後をつけてみたら……ちっ、やっぱりあいつら付き合っているじゃん。……まあ関係ないけどな。無理矢理にでも、奪ってやるよ」

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