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第123話 権限に屈する

 実行委員の仕事内容は大きく二つに分類される。

 一つは、自分のクラスで催す模擬店の準備及び進行。調理を要する場合は衛生管理のプリントを提出して調理マニュアルの作成、他にもシフト編成や使用機器の申請、全体の作業の管理。

 もう一つは、実行委員会での仕事。広報部、企画部、装飾部などの班に分けられて作業を進める。


「柊木、資料の整理は進んでいる?」


 実行委員長、水流崎先輩は自分の席に座ったまま動かない。

 その隣には久奈。水流崎先輩は椅子を滑らせて久奈に近寄り、ニッコリ微笑む。


「去年の資料は参考になるからね。大事な仕事だよ」

「はい」

「少し見せてくれるかな」


 書類をまとめている久奈の手元を覗くように水流崎先輩がさらに近づく。

 久奈は椅子を引いて離れようとするが、水流崎先輩は「俺のことは気にせず作業を続けて」と促して距離を空けさせようとしない。

 ……やめろよ。久奈が嫌がっているだろ。男が苦手なんだって。

 でも、そんなことは通じない。久奈は実行委員会の副委員長で、あの人は実行委員長。ああやって共同で仕事を進めるのは当然と言われたら何も言い返せない。


「水流崎実行委員長、質問があります」


 何も言えない。それでも、俺の体は勝手に動いて水流崎先輩に話しかけていた。


「……何かな?」


 水流崎先輩は一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに通常の温厚な微笑みに戻る。

 その一瞬のうちに、久奈は立ち上がると俺の背中に移動。ナイス久奈。

 手に持った資料をせっせと整理する久奈の姿を隠すように、俺は堂々と立って水流崎先輩と向き合う。


「ホームページの開設に関してなのですが、去年のレイアウトを手本にパソコン部と共同で制作しようと考えています。まずは顧問の先生を通じて」

「そんなことはどうでもいい」

「……はい?」

「あぁ、いや、何も言っていないよ。それより君は柊木と同じクラスだったね?」


 水流崎先輩は笑みを崩さない。……薄っぺらい。

 俺には分かる。この人の本性を、厭らしい下衆な顔を。裏側を知っているから上っ面の浅薄さが見えてしまう。


「同じクラスです。ですから、顧問とパソコン部への依頼は久奈と一緒に行きます」

「その必要があるのかい?」


 負けるな俺。黙っちゃ駄目だ。

 この人を放っておけば久奈が危ない。それは間違いないんだ。


「はい。久奈は本来なら俺と同じ広報部になるはずでしたし、去年の資料をまとめている久奈がいれば話し合いが円滑に進むので」

「ホームページ製作に副委員長が同行する必要はないよ。柊木は自分の仕事で忙しいんだ」

「……久奈がやっている仕事を先輩がやれば」

「俺は指示と管理で忙しいんだ。実行委員長だからね」


 水流崎先輩は困ったように手を振って笑う。

 指示と管理で忙しい? 他の部署の作業に指示を出したらそれっきり、まともに見ずに任せきりで自分は座っているだけだ。

 ……いやまあ指示出すのがトップの仕事なんだろうけどさ。それにしても、もっと忙しく見て回るべきだろ。

 少なくても、久奈にベッタリ付き添う必要はない。


「君一人で行けばいい。柊木、立っているより席に座った方が作業しやすいよ」

「大丈夫です。もうすぐ終わるので、なお君について行って広報の仕事を手伝います」

「……はは、柊木はそんな雑用はしなくていいんだよ」


 爽やかな薄笑いが強張りつき、俺を睨みつけた。


「そこの君、許可するから勝手に仕事を進めてくれ。一人で」

「だ、だから久奈を」

「柊木、俺の隣に戻って」

「待ってください!」

「……何かな?」


 っ、負けるな俺! 尻込みしていたら守れない。


「その……さっきから先輩、久奈に近すぎます」

「それが君に何か関係が?」

「だって、久奈は男子が苦」

「さっきから下の名前で呼んでいるけど、もしかして君と柊木は付き合っているのかな?」

「……付き合ってはいないです。だけど俺と久奈は同じクラスだし、俺は幼馴」

「なら問題ないね」


 俺が言い終わる前にピシャリと遮り、水流崎先輩は元の笑顔に戻る。勝ち誇ったようにニヤリと口角を上げた。


「ごめんごめん。もし君達が付き合っているなら気遣うつもりだったよ。まぁそれでも実行委員に私情は持ち込ませないけど。付き合っていないなら万一も問題ない」

「で、でも」

「早く自分の作業に戻れ。実行委員長の指示だ」


 実行委員長の指示。そんな言葉で退いてしまった。……なんて弱いんだ、俺。

 何か言い返したい。でも、何も言えない。この人が言っていることは一応正しい。

 俺と久奈は付き合っているわけじゃない。それも事実だ。実行委員のメンバーに指示を出すのは実行委員長。それも間違っていない。

 だけど……っ、ぐ、だけどさ……!


 アンタの方が私情を持ちこもうとしているだろ。権力を振りかざして好き勝手やろうとしているだろ。久奈にそんなに近づく必要はないだろ!


 言いたい。こんなにも言いたいのに……っ、今の俺は言える立場じゃない。言ったら最後、俺の方が私情を持ちこむ自分勝手な奴になってしまう。


「なお君、先に行ってて。後ですぐに向かうから」


 俺の後ろから久奈が顔を出す。

 書類をまとめ終えようと目にも止まらぬ速さで手を動かしていた。速っ!?


「久奈……」


 ……久奈が頑張っている。なら俺も、


「おう。先に行っ」

「柊木は行かなくていい。資料をまとめ終えたら俺と一緒に予算の打ち合わせとスケジュール調整をやってもらう。実行委員長の命令だ」


 またしても水流崎先輩にピシャリと妨げられた。

 苛立ちを含んだ口調、横暴な命令、それでも、クソ……、っ、実行委員長の指示なら従う他ない……。


「それに、彼には他にも仕事をしてもらう。それぞれ与えられた仕事を片付けないと全体の遅れになる。分かったら、早く行ってこい」

「……分かりました」


 爪が食い込む程に拳を握りしめて血が出る程に下唇を噛みしめて、俺は頷く。

 すぐ傍には久奈。こちらを見る不安げな瞳に、俺は小さく「また後で」と告げてその場を去ることしか出来なかった。


「なお君……」

「彼も自分の仕事で忙しいんだ。さ、柊木は俺と一緒にしよう」

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