第12話 作戦失敗、反省、猛省、手を繋ぐ
飛び蹴りを食らって気絶したらしい。意識が戻ったら、俺は洗面台に顔を突っ込んだ状態で水責めを受けていた。
「がぼがぼがぼっ!?」
「さっさとそのグロメイクを落としなー」
そ、その声は金城? あ、待っ、これ息ができな……がぼぼぼっ!?
「ぷぱぁ!? し、死ぬ!」
「久土は一度死んだ方がいいかもね~」
「俺ゾンビ! 俺一度死んでる! これ二回目!」
「それただのメイクじゃん。甘えんなし」
「がぼぼぼっ!?」
水責めによって自慢のゾンビメイクは落とされた。今は金城に言われて涙目で手に塗った血のりを洗っているところです。シクシク。
「で、どうしてあんなことしたの」
男子トイレ、俺は正座して目の前には仁王立ちの金城、のさらけ出した足。健康的な小麦色のスラッとした脚線美に目が奪われちゃう。ミニスカ素晴らすぃ。
とか思っていると再び怒鳴られる。金城は怒っていた。目を細めてギロリ!と睨んでくる。あひぃ、怖い。
「あ、あの、久奈を驚かせようと思って。えっと、久奈って笑わないからまずは驚かせてみようと思って」
しどろもどろになりながらも弁明する。金城の顔は変わらないひいぃやっぱ怒ってる!
トイレに入って来た男が「うおっ!?」と声あげて驚く。そりゃトイレにミニスカポリス女子と水浸し正座男子がいたら驚くよね。ははっ。……わ、笑えねぇ。
「はぁ……あんさー、それ間違っているよね」
「な、何がぁ?」
「久土は久奈ちゃんを笑わせたいんでしょ。じゃあなんで怖がらせようとしたの」
「だから、まずは恐怖から」
「それがおかしいって言ってんの。驚かせたから何? それが久奈ちゃんの笑顔にどう繋がるのよ!」
「ひいぃ!?」
な、何も言い返せない。おっしゃる通りです。
目的が笑わせるから反応を求めるに変わっていた。それでいいと思ったけど……う、うん、普通に考えてそうじゃないよね……。
「すみませんでした……」
「あたしに謝ってどうするのさ。久奈ちゃんに謝りなよ」
「ご尤もです……」
「それに、あたしが怒っているのはもう一つあるんだから」
へ? もう一つ? 他に何か……っ、うお!?
金城は俺の鼻柱を摘まむ、結構な力で。痛い痛い鼻柱が痛い! 取れちゃうよ!?
「痛いってごめんてぇ!」
「久奈ちゃんを一人にしちゃ駄目じゃん」
「ど、どゆこと?」
「なんで分からないし。もっかい蹴ろっか?」
「やめてっ、俺のライフはもうゼロなのよ!?」
「あと一発くらい耐えられるでしょー。なら大丈夫」
「何が大丈夫!? 一発耐えられるからなんだよ。ダクソ脳やめろ!」
というか今だって鼻が痛いんだってば! 鼻もげるっ、もぎもぎフルーツの如くもげちゃう! 遠足で持っていく人気上位のお菓子!
「はぁ~、ホント久土って馬鹿。マジでアホ。向日葵君よりアホなんじゃない?」
摘まむのをやめた金城が呆れながら首を左右へ振り、その動きに合わせて彼女自慢の栗色美髪がサラリサラリと流れ揺れた。
よ、よく分からないっす、と目で訴えると金城は真剣な眼差しで返し、俺をしっかりと見て離さない。苛立ちと呆れを混ぜたその剣幕さに、俺の体をガタガタ震える。あわわっ!?
「久土がいなくなって久奈ちゃんが一人になったら、ここぞとばかりに男子が群がるに決まってる。久奈ちゃんが男子苦手なの知っているでしょ? 久奈ちゃんは久土がいない間、心細かったんだからね!」
「うっ……で、でもぉ」
「言い訳しない。分かったら久奈ちゃんのところへ戻る。はいハリー!」
「ハリー? ぽ、ポッター?」
「急げってことよ久土のアホーっ」
ミニスカポリスに連行されて俺はトイレから出る。だから鼻柱を摘ままないで痛い痛い!?
久奈は男子人気が高い。入学当初からモテモテだった。そして久奈が男子と話すのが苦手なのは知っていた。
俺がトイレに籠り嬉々としてメイクしている間、久奈は他の男子達に話しかけられて困っていたのだろう。実際、俺が突撃した時も久奈の周りを男子が囲んでいた。
「……」
「……」
ハロウィンパーティーは途中で帰った。今は帰路を歩いている。カラオケ店を出た後、電車の中も現在も、俺らは会話することなく黙って歩いている。
時折聞こえるのは、俺と久奈が鼻すする音。久奈は泣いて、俺は鼻柱の調子が悪いから。
……もう一回謝っておくか。
「そのー、驚かせてごめんね」
「……」
「あと一人にさせてごめん」
「……」
パーティルームに戻って土下座した先程と同じ反応。久奈は何も言わない。うぅ、怒っているのかな……。
ホント俺って馬鹿だ。冷静に振り返ると、まったくもって意味不明な奇行をしてしまったんだと恥ずかしくなる。猛省だよ猛省、厳しく反省だよ!
「……」
「本当すまん。怖かっただろ……俺のメイクと、一人にしちゃって……」
「……ん」
久奈が手を出す。何も喋らなかったのに、急に手を出してきて……ふえ?
困惑していると、久奈が俺の手を握ってきた。ぎゅう、と強く握る。
「手、温かい」
「そ、そうか」
「……」
「あー……えっと、その、ごめん」
「ん、もう平気。男子は怖かったけど舞花ちゃんが助けてくれた」
金城マジグッジョブ。俺のせいで変になった空気を和ませて今もみんなを盛り上げていることだろう。すごいよ金城っ、さすがギャル!
「なお君のメイクすごかった」
そ、そっか。ありがとう……なのかな?
「でも怖かった」
「わ、悪かったってば」
「……カラオケ行きたい」
「んん?」
「明日、カラオケ行こ?」
ついさっきまでカラオケ店いましたよ。まだ歌い足りないってこと?
「俺はいいけど明日はハロウィンだぞ。仮装したゾンビが徘徊してるし、ナンパとかされるかもよ」
「平気。なお君がいるから」
「そう言われちゃあなぁ……」
「行きたい」
「分かったよ。……一緒に行くぞ」
「ん。二人きりで」
俺と久奈は帰路を歩く。ぎゅっと繋いだ手は、マンション七階でエレベーターが開くまで離れることはなかった。