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第118話 らしくない姿

「久奈を喜ばせる方法を教えてくれ」

「だからあたしは何も教えないってばー」

「むぅー!」

「は? 久土がやっても全然可愛くないし。ちょーキモイ。全ての爪砕けろ」

「はい今日も辛辣ぅ!」


 しばし金城と他愛もない会話をしていると扉が開いてベルが鳴る。お客さんが増えてきた。


「舞花さん、注文お願いね」

「はぁい。じゃ久土、ごゆっくり~♪」


 俺の手元には追加注文した不死鳥のキャラメルバナナワッフルが置かれてあり、金城はスプーンを奪うとバニラジェラートを掬いペロッと食べる。

 こちらが文句を言う間もなく艶美でイタズラっぽい笑みでスプーンをお皿の上に戻し、自らは勤務へと戻っていった。


「何がごゆっくり~♪だ。客のものを食べるんじゃねぇ」


 にしても、つい調子に乗ってワッフルも注文してしまった。

 正直こういった喫茶店は大人向けであり高校生にはキツイ値段設定。お金の心配が……。


「でも手が止まらない。ワッフル美味しい!」

「ありがとう。これサービスね」


 マスターがエスプレッソを置いてくれた。


「え、いいんですか?」

「遠慮しなくていいよ」

「あざす!」

「実は久土君に会ってみたかったんだ」

「俺のこと知っているんですか?」

「舞花さんから色々と聞いているよ。あだ名は『朝昼夕ゲロ男』『究極完全態グレートアホゲロ男』『赤泡の久土』『酸素を吸ってゲロを吐く害悪』だよね」


 改めて俺の酷さを思い知らされた。てか最後のは知らない! 酸素を吸ったら二酸化炭素を吐こうぜ!?

 金城の奴め。マスターに俺のことを面白おかしく喋ったのか。やはり文句の一つでも言いたい!

 ……が、今は仕事中だからやめておこう。

 笑顔を振りまく金城はテーブルを拭いたりオーダーを取ったり軽く雑談したりエトセトラ、忙しなく働いている。


「あいつ頑張ってますね」

「舞花さんは良い子だよ。よく働くし、よくサボる」

「サボるんかい」

「サボり方が上手なのは重要なスキルじゃないかな」


 マスターは噛みしめるように何度も頷く。とても嬉しそうで、そんな姿にも和やかで物柔らかな人柄が溢れている。

 紳士とはこういう人を指すんだろうな。ジェントル麺が恥ずかしくなってきた。


「久土君は舞花さんと同じクラスなんだよね。彼女は学校ではどんな感じなの?」

「男女問わず人気高いっすね。あいつが呼べば女子が集まり、あいつが嘘泣きすれば男子が激怒します」

「ほお、すごいね」


 マジですごいですよ。俺は何回男子から睨まれて女子からイジメられたことか。


「それにしても……そうか、君が久土君なんだよね。なるほど」

「なんすか?」

「久土君のことは本当にたくさん聞いた。というより、舞花さんは君のことしか話さないよ。久土君の話をするあの子は嬉しそうでね。今もほら、あんなに楽しそうな姿は初めて見る。久土君がいるからだよ」


 マスターは嬉しそうに語り、当人の俺としては渋い顔になってしまう。

 金城が嬉しそうに話すぅ? そりゃあ自分がイジメる奴の話は面白いだろうさ。俺はどぉーせネタキャラですよ。はいはい嘔吐嘔吐おろろろ。


「久土君、また遊びに来てね」


 窓から見える色が暗くなっていくにつれて店内は賑やかになり、コーヒーの香りに包まれる中で金城がお客さんに笑顔を振りまく。

 俺の傍を通る度に頭を撫でていき、視線と合わせるとウインクしてあざとく舌を出す。

 ホント、良い性格してるよ。しっとり甘いワッフルを口に運び、俺も自然と頬が緩んでいた。


「次来る頃にはあだ名がさらに増えていそうですね」


 コーヒーを淹れるマスターが白い湯気の奥で優しく微笑んだ。











「ん~っ、今日も働いた。営業スマイルも大変でさー」


 灰青色の薄い雲に覆われた月が金城のやりきった顔を照らす。続けて「やっぱあたしってコミュ力高い、楽して稼げる~」とニヤついている。


「来てくれてありがとね。あたしが上がるまで居てくれたし♪」

「帰ろうとしたらお前が勝手に追加注文して逃がさなかったんだろが!」


 結局金城と一緒に帰ることになった。

 ファミレスのドリンクバーじゃないだから何杯も飲んだせいで財布の中身は空っぽだ。


「何か言った~?」

「こ、この野郎」

「野郎じゃないもん女子だもーん」


 駅へと向かう金城の足取りは軽快そのもの。

 トン、トン、と先へ進んで時折後ろを振り返って俺を見る。なんとも楽しげで面白いものを見る目をしよって。


「また遊びに来てね」

「マスターにも同じこと言われたよ」

「そういえば結構マスターと話してたよね。何話したのー?」

「金城が俺の話ばかりしているって言っていたな。つか金城テメー、学校での俺の醜態をバラしただろ! マスターほとんど知っていたよ!?」

「あははっ、だって面白いも~ん。……ん、久土?」


 軽快な足取りがピタッと止まる。


「マスターは、あたしが久土の話ばかりしてるって言ったの?」

「んあ? そうだよ。いつも金城が俺の話をしたり、あと今日のバイト中は普段より楽しそうと言ってたな」

「……」


 ほんの数秒前まで聞こえていた金城の笑い声が聞こえなくなった。

 新しい雲で月が隠されて金城の表情は見えず、車のヘッドライトがすうっと壁を駆けるついでに一瞬だけ俺らの姿を照らす。

 舞花さーん? なんで顔が赤いのさ。口をパクパクさせて珍しいですね。

 俺が呆けていると、金城がズシン!と大きな一歩を踏みしめて突撃してきた。


「あああぁぁあマスターの馬鹿あああぁ」

「急に何!?」

「あたしは久土の醜態を面白おかしく話しただけだし! それだけだから!」

「お、おう言われなくても分かってるって」


 ど、どうしたんだ。お前らしくないぞ。

 唸って睨んで、弱々しくしゃがみ込んだ。恐らく初めて見る金城の焦燥した表情。ワタクシ困惑です。


「うう~……。マスターの馬鹿、アホっ、ジジイ!」

「やめろぉ! 素敵なお店で美味しいコーヒーを淹れるマスターを中傷するな!」

「二度とウチの店に来ないで」


 えぇ!? さっき言ったことと真逆じゃん!


「絶対に来るなし! 来たら大量に注文してやる」

「それは今日もだったろ!?」

「諭吉が吹っ飛ぶスペシャルメニュー『不死鳥の丸焼き』を頼んでやるーっ」

「とうとう不死鳥自体を調理するのかよ!? 不死鳥を焼いたら不死鳥のとまり木がただのとまり木になっちゃう!」

「あーくどいくどい久土のツッコミくどい!」

「いたたたっヘッドロックかけないで!」


 金城が両腕で俺の頭を絞めてくる。痛い痛い頭蓋骨が嫌な音を奏でている!

 あと胸当たってる! え、柔らか。


「セクハラ発言するなし」

「発言はしてねーよ! ヘッドロック極めながら思考読むな!」

「うるさーい黙れーっ。久土の声ウザイキモイ全然好きじゃない!」

「はい辛辣ぅぅ! どうしたんだよ、急に不機嫌になって」

「不機嫌になってない! 黙ってあたしを家まで送れしーっ!」

「ひ、ひでぇ……」


 これが俺のゴールデンウィーク最終日? な、なんか微妙……。

 あ、ミルミル買ってない!?

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