第117話 不死鳥の喫茶店
楽しかったゴールデンウィークは今日で最終日。悲しす。
序盤はすごかったなぁ。久奈の暴走がヤバかった。デートしたり、猫ランジェ着たり、温泉に行ったり等々、ドキドキするイベントが多くて心臓が鍛えられた。
さて、最後の今日も楽しく過ごそう! と思っていたら母さんにミルミルを箱で買ってこいと命令されました。
「面倒くせぇ……」
高校生にもなっておつかいに行くハメになるとは。
こんな時、久奈がいれば一緒に行くのだが生憎、久奈は両親と外出中だ。仕方ないので一人こうして街中を歩く。虚しいGW最終日でございます。
「およ? あの無駄にサラサラな髪は……おーい久土~!」
俺の名を呼ぶおっとり伸び伸びとした声。明るい栗色の髪と小麦色の肌のギャルが俺の頭を撫でてきた。
「なんだ、金城か」
「ゴールデンウィークにおつかいとは久土も大変だねー」
「当然のように思考を読むな。お前はペガサスか」
その能力ホント便利だな。事件が起きても疑わしい人の頭を撫でて即解決だ。
「残念ながら久土専用の能力なのだ~。他の人には効かない」
俺だけなの? それは俺が単純だから思考も読み取りやすいってか? 悲しす……。
「まーまー、そう落ち込まないでよ。そういえば久奈ちゃんと温泉行ったんっしょ?」
お、知っていたのか。久奈と会ったの?
「会ってないけど毎日連絡取り合ってるよー」
なるほど。じゃあお土産はまだ受け取っていないのね。
「お土産あるんだ。ふむふむ、お饅頭かー。ベタだけど嬉しいよっ」
「さっきから俺喋ってないのに意志疎通が捗りすぎぃ!」
便利だなと思う一方で金城相手には隠し事が出来ないと気が萎えちゃう。やだなぁ、怖いなぁ、とか考えている今も思考を読まれているんだよね恐ろしい! なんだこの謎の相性は……。
金城はニシシと意地悪く笑って撫でる手を加速させた。
「だね~、あたしら相性が……なんでもない」
「んあ?」
「それより久土が元に戻って良かった。久奈ちゃんに嫌われた時の久土は死人でちょーウケたっ」
ああ、それね。
仲直りして結構経つが、まだちゃんとお礼を言っていなかった。俺は深々と頭を下げる。
「その節はどうもあざした」
あと一歩で死ぬはずだった俺を金城や麺太が助けてくれた。俺と久奈が仲直り出来たのは二人が裏で根回ししたおかげ。本当に感謝しております。
「いーよー。久奈ちゃんの為にやっただけだし」
「久奈に聞いたんだがあの頃って毎日久奈の相談に乗っていたんだよな」
「そだよ。夜遅くまで電話してね、久奈ちゃん泣いてばかりで励ますの大変だった」
「マジで感謝しております! 金城が友達で本当に良かった。ありがとう!」
「はいはい。助けるのは当然っしょ。あたしは、友達だから」
友達だから。そう言った金城はほんの少しだけ俯く。
その小さな動きが、どことなく寂しそうに映った。
「金城?」
「じゃ、あたしバイト行くねー」
金城はすぐに顔を上げた。いつも通りの快活で屈託のない笑みで手を振り去っていく。
歩いていき、ふと止まって俺の方を振り返った。
「せっかくだし、来る?」
とある喫茶店。茶色の扉の傍には植木鉢や洒落た置物があってノスタルジックな趣を感じる。ちなみにノスタルジックってどういう意味?
「ここがあたしのバイト先、名前は『不死鳥のとまり木』ね」
「奇抜なネーミングセンスですこと」
「入って入って~」
ドアを開くと小さなベルが鳴った。初めて聴く音なのに心地良くノスタルジック。だからノスタルジックってどういう意味だよ。
店内はほとんどが木製で作られた物ばかり。ランプの灯りに照らされて木が活き活きと輝いて見える。
「舞花さんおはよう。そちらの方は?」
「お疲れ様でーすマスター。友達連れてきました」
カウンターの奥から顔を出した初老の男性がにこやかに微笑み、金城は「どこかテキトーに座ってて」と言って店の奥へと入っていく。
ほえー、金城がバイトやっていると耳にしていたがこんな純喫茶で働いているとはね。
パッと見たところテーブル席は五、六個。カウンターには数人しか座れないスペースのみ。個人経営の、ちょっとした隠れ家的なお店なのだろう。
「どうぞメニュー表です」
カウンター席に座ると、マスターと呼ばれた初老の男性がメニュー表とお水を渡してくれた。
「ありがとうございます」
こういった純喫茶に来たのは初めてだ。
どんなメニューがあるのか楽しみワクワクでっす。えーと、
『不死鳥の和風みぞれオムライス』
『不死鳥のスタミナチーズカレー』
『不死鳥のケーキセット』
『不死鳥のクリームぜんざい』
……。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「あー……じゃあこの、ふ、不死鳥のマンデリンをください」
「かしこまりました、マンデリンですね」
いや略すなよアンタも言えよ! 俺は恥を忍んで言ったんですけどぉ!?
マスターはカウンターの奥へと戻り、入れ替わりに金城がやって来た。服装が変わっている。
「じゃーん!」
俺の横に来るとその場でクルリと回ってポーズを取る金城のあざとさはK点突破。水色のギンガム・チェックのエプロンは胸元が開いて白のシャツが上品で且つ可愛さも引き出されている。あと胸が揺れた。たゆんと。
「どう? 可愛いっしょ?」
「あーはいはい可愛いよー世界二位だよー」
「気持ちこもってなーい。久土減点っ」
減点されちゃった。
金城が俺の頭を掴んで揺らしてくるのに耐えているとマスターがコーヒーを持ってきた。
「どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
「マスターっ、あたしも何か飲みたいな~」
「ああいいよ。待ってて」
気さくに応じたマスターが再びカウンターの奥へ戻り、金城はやたーっとバンザイして上機嫌。
「仕事しろよ……」
「だって今久土しかお客さんいないし。夕方以降に増えるまでは暇なのー、給料泥棒なのだー」
「口に出して言っちゃ駄目なやーつ」
ノスタルジックな空気に包まれて俺は不死鳥コーヒーの深みに舌鼓しながら金城と会話を楽しむ。




